エピローグ3 また来るよ
[心の世界 リデルアース]
自らの手で『心の世界』の内側に再生したリデルアースに、女の子になった彼女は降り立っていた。
残酷だが、救えなかったこの世界にもう未来はない。
どこにも繋がらず、緩やかに滅びへ向かって進みゆくのみ。
無理に永遠に続けようと願えば、それはラナソールと同じ過ちに繋がってしまうから。
だからせめて、静かな日常の中で健やかにあって欲しいと。
コピーアイに呑まれた者たちの魂だけは取り返し、彼らはアイのことは忘れて何も知らずに平和を過ごしている。
……オリジナルのアイに殺された者たちだけは、どうしようもなかった。
隣で笑っているはずだった巫女たちもアルシアも、もういない。
過ぎ去った者は返らない。本当に死んだ者はどうやっても戻っては来ない。
それは【運命】にも、それに抗う者にもどうすることもできない――この世の真実の理なのだ。
平和祈念碑の前で、ユウは亡くなったみんなのために黙祷を捧げた。
そして、この身を大切に抱きすくめて。改めて感謝を告げる。
「ありがとう」
彼女の五体は、見た目こそ元の彼女のままであるけれど。本質はすっかり変わってしまった。
その身には、アイが奪い得てひとつになった『女神』の性質が宿っている。
アルシアが。アマンダが。イプリールが。メリッサが。
もうこの世のどこにもいないけれど。
その名残だけは、ずっと私の中で生きている。
これからの永きに渡る戦いに立ち向かう力を与えてくれる。
あの日、無残にも途切れてしまった歌を引き継いで。
ユウは人知れず、祈りを込めて歌った。
ずっと向こうへ行ってしまったあなたたちへ。どうか届きますように。
アルシアの『声』を受け継いで。本当の彼女がそうしたかったように。
心に沁みる綺麗なソプラノが、昼下がりののどかな空に響いて溶けていく。
今日 空は青く綺麗に澄み渡り 街には明るい調べが聞こえます
あんなことがあったなんて まるで夢のようです
けれども ちょっと思い出してみて下さい 想いを馳せてみて下さい
あの日 わたしたちは引き裂かれました あの日 わたしたちは自由を失いました
世界には 怒りと憎しみが溢れていました
人々は武器を手に取り 誰かを傷付け 誰かに傷付けられました
たくさんの血が流れました とてもたくさんの望まない血が流れました
争いは終わりません 怒りが怒りを呼び 憎しみが憎しみを呼び
絶えることのない痛みが 消えることのない叫びが どこまでも覆っていました
それでも いつかは平和が来ると信じて 救いが来ると信じて
わたしたちは わたしたちは……
そして すべては過ぎ去りました
恐ろしい敵はもういません 痛みはもうありません
わたしたちは手にしたのです 平和を掴み取ったのです
けれど 忘れてはなりません 決して忘れてはなりません
災いに飲み込まれた人たちがいることを 救えなかった人たちがいることを
彼らの犠牲の上に 今日という一日があることを
だから 伝えましょう 未来あるすべての人たちのために
忘れてはならない痛みがあることを 繰り返してはならない悲劇があることを
そして 祈りましょう 歌いましょう 失われたすべての人たちのために
どうか届きますように この声が届きますように
手の届かない遠くへ行ってしまった あの人へ
もう二度と帰らないあの人たちへ せめてこの想いが届きますように
ありがとう どうか安らかに
心配しないで
この声が 祈りこそが 歌こそが わたしたちの生きる証
いつかまた会えるその日まで 人生という旅を続けていきます
「……また来るよ」
ユウは祈念碑を後にする。再び旅を始め、前へと歩み出す。
救われない者たちを救い、それでも救えぬ者たちへせめてもの綺麗な終わりをもたらすために。




