エピローグ2 それぞれの世界で
[エルンティア]
リルナたちは既に故郷へ帰還しており、その関係でユウが地球を離れて最初に向かった世界はここになった。
彼女のいる場所になら、いつでも《エーテルトライヴ》で飛べるためである。
ユウに時間はほとんど残されていなかったが、既に皆と語らい呑み交わしたりもしたので、心残りはない。
一方リルナはフェバルではないため、行動については完全に自由である。
彼女はこれからもたまには里帰りすることを約束し、二人は仲間たちに冷やかしとともに送り出された。
「しっかりやれよ!」
「素敵な土産話、待ってるわよ」
「末永く仲良くね♪」
「「うん(ああ)」」
エルンティアは緩やかに、ナトゥラとヒュミテが融和する未来へと進んでいく。
その戦いの名残に、『救世の戦姫』リルナと『知られざる英雄』の記念碑を残して。
***
[トレヴァーク]
トレヴァークはラナソール事件の果て、星そのものが『異常』になってしまっている。
星脈とも完全に断ち切られてしまったため、他の世界よりも相当に【運命】の縛りが緩いことがわかった。
極めて強力な『異常生命体』となったユウは、延長された滞在可能時間も年単位で大きいことが判明し。
この世界に関しては、特段焦って別れを告げなくてもよさそうだった。
「当面はここを旅の拠点にすべきだな」
リルナが提案し、ユウも同意する。
もはや星脈を使えず、《エーテルトライヴ》頼りになってしまう以上、何かあったときにいつでも帰れる場所の存在は重要である。
ちなみにレンクスだが、『異常』化したと言ってもさすがにユウほどではないので、もう先に旅へ出ている。
無事ユイを取り戻したと伝えたら、また元気な変態が大復活していた。
色々とぺろぺろしそうな勢いでさすがに身震いしたので、会うのはもう少し先でもいいかなとユウは思っている。
またいつでも会えるしね、とは『姉』の談。
「ということで、またちょくちょく遊びに来てもいいかな」
「水臭いじゃないですか。いつでも来て下さいよ!」
「ん。構わない」
リクとシズハはもちろん大歓迎だった。
中でも感無量だったのがハルである。
「ボク、嬉しくて泣きそうだよ。素敵なアフタータイムだね」
「たまにリハビリの調子を見に来るよ」
「うん。励みにするね」
またいい感じの空気になってきたところ。
「おっほん」
リルナがわざとらしく咳払いしたので、二人はたじたじになってしまった。
「お前な」
「いや、これはそういうのじゃなくって……」
「はあ……しょうがない奴だ。わたしもただ狭量にはなりたくないからな」
やってしまったものは仕方がないと、今後も会える彼女については特例として扱うことにした。
本当に例外はこれきりにしてもらいたいものだと、内心ぼやきつつ。
「ハル。ちょっとこれからの相談をしよう」
「はい。望むところですよ」
「まず分担だが――」
何やらごにょごにょと女の話を始めてしまったので、蚊帳の外のユウはただ見守るしかない。
『私が戦っている間に、随分とまあ面白いことになっちゃって』
ユイはもう可笑しくて笑っている。
アイもはっきり言葉に出せるほど状態が回復していないが、『これが人の心ね』を冷ややかに突っ込んでいる感じがする。
内側に突っ込み役二人も抱えると賑やかだなあと、ユウは苦笑いするしかなかった。
『もう。人のことだと思って』
『だって人のことだし。でもよかったね。ちゃんとリルナさんに謝れて、ハルにもまた会えて』
『そうだね』
やがて結論が出たか、リルナはふうと一つ溜息、ハルはにこにこしていた。
「お姉さん、そういうの好物よ♪」
野次馬根性全開の受付のお姉さんも、楽しくて仕方がない様子。
「と、そうだ。アニエスは」
先ほどから、ずっと姿が見えない。
女の話だというのに、一切割り込んでも来ないのは不思議だった。
真剣に彼女の心の気配を探ったけれど、もうどこにもいなかった。
『未来に帰ったのかな』
『わからない』
それとも……。
まだ彼女に関しては、「これから」が大変なのだという予感がユウにはあった。
アニエスには数え切れないほど助けてもらった。今度は自分たちが君を助ける番だと。
「いつかくる未来」のため、彼(彼女)はひっそりと準備をする決意を固める。
すると、受付のお姉さんが言った。
「アニエスちゃんのことはわからないけど、ウィルって坊やからは伝言預かってるわよ」
「なんて言ってたんですか」
「気まま旅に出るから、勝手にしろと」
「あいつらしいな……」
やっと自由になれたのだから、これからは思う存分好きなように旅をして欲しいと。
ユウとユイは願う。
それから方針について相談し、ユウには『アセッド』の本店に専用の部屋を宛がうことで落ち着いた。
「ま、大抵のことは何かあっても、お姉さんがぱぱっと片付けちゃうから。気にせず旅しなさい。いつでも帰れるようにしとくわ」
「ありがとうございます。受付のお姉さん」
地球にもトレヴァークにも頼れる戦士がいるのは、本当にありがたい話だ。
「さて。そろそろ行くか」
「そうだな」
何でも屋の面々に別れを告げ、リルナとユウは別の方向へ足を向けている。
これも二人でよくよく相談して決めたことだった。
夫婦水入らず、ともに旅をすることはきっと楽しいけれど。それでは救える世界が半分になってしまう。
またリルナには、自身が別の世界へ活動域を広げることで、いざという時のユウの「逃げ場」を確保する狙いもあった。
これからユウは、【運命】の下に連れ戻そうとする『彼女』と。
常に追い縋る星脈システムとの果てしない鬼ごっこをしなければならないのだから。
だから感情に甘えるよりも、二人にとって本当に必要で大切なことをするのだと。
リルナは強い人だった。
ついに『奇跡の力』を手にしたユウだが、決して思い上がってはいない。
どんな力を得たところで、いきなり宇宙なんてとてつもなく大きなものを相手にすることはできない。
結局は一つ一つの星を地道に救っていくことが、【運命】との大事な局所戦になるのだ。
けれど、その小さな戦いをずっと積み重ねていくならば。いつかは【運命】にも届くかもしれない。
これはきっとそういう、永く泥臭い戦いだった。
そのため、リルナもレンクスも。ヴィッターヴァイツたちも。
星を渡れる者は皆、それぞれのやり方で彼(彼女)の戦いに協力してくれることになった。
普段からまとまって旅をするには、あまりにも手が足りない。それほどに宇宙は広いから。
必然別れ別れの旅となるが、しかしもちろん永遠の別れでもない。
《マインドリンカー》は、ユウと志を同じくする者に想いの力を分け与えてくれる。
【運命】に挑む誰もが、大なり小なり『奇跡の力』を宿す。離れても心は繋がっている。
たとえ一人でも、もう決して孤独な旅ではないのだ。
「寂しがらなくていいぞ。これからはたまに会いに行ってやるさ。《エーテルトライヴ》もあることだしな」
「そっか。また好きなときに会えるんだよね」
「だから。浮気はするなよ。これ以上増やされたらかなわん」
「はいっ!」
『心の世界』の内側では、ユイはもう腹を抱えて大笑いしていた。
アイもまた小馬鹿にして、こっそりと笑っている。
***
[名も無き世界]
トレヴァークからエスタ一家を故郷の森へ連れ戻し、ユウは念のため最後に聞いた。
「いいのか。せっかく向こうに残ることもできたのに」
向こうではたくさんの人に混じり、見たこともない都会にとてもはしゃいで楽しそうにしていた三人。
寂しくはないのだろうかと、ユウはどうしても思ってしまう。
異世界で過ごした時間。それは楽しい夢のような時間には違いなかったけれど。
エスタ、アーシャ、小さなユウの三人家族はよく考えた末に、やはりここへ帰ることを決めた。
「みんなで話した。ここ、アーシャたちのところ」
「僕たちにとっての故郷は、どんなに寂しくてもこの場所ですから」
「ユウ、ここがすきなの」
「そっか」
どんなに厳しい世界でも。
故郷というものは、やはり一言で括れない特別なものがあるのだろう。
それが三人の決断ならば、ただ幸せを願って応援するだけだ。
「元気でね。幸せに暮らすんだよ」
「アーシャたち、元気でやる!」
「僕たちみんなちゃんとやっていくから、心配しないで」
「ばいばい。がんばってね」
四人で固く抱き合って、ユウは温かく送り出されていった。
***
[イスキラ]
「どうだ。『知られざる英雄』のご帰還だぞ!」
ミックはユウが言われてた『知られざる英雄』のワードに厨二心をくすぐられ、図らずもいぶし銀の活躍を示した僕ら兄妹がそうなんじゃないかと思っちゃったりもした。得意満面だった。
妹のメレットはいつもの兄をさらっと流しつつ。
「はいはい。やっぱりうちは落ち着くね。お兄ちゃん」
「まったくだな。妹よ」
それからバタバタしてゆっくりできなかった分を、ユウと兄妹は面白おかしく過ごした。
アイビィは事件も落ち着いたしと、早速商売に精を出すらしい。
久しぶりに数々の発明成果のお披露目をされ、ユウは散々助手役をさせられることになった。
たくさん盛り上がったし、最後には無駄に女の子でやらせるえっちな実験におしおきするなどして。
「ユウ。僕は今回の件で、また人の可能性を見た気がするぞ。この手で世界を変えてやるさ」
「ああ。期待してるよ」
「そんなお兄ちゃんが変な方向へ行かないよう、しっかり支えますので。ユウも負けないでね」
「うん。お土産も色々ありがとう。じゃあ元気で」
三人は和やかに別れた。
やがて、辺境イスキラにミック兄妹ありと。
宇宙商人アイビィのプロデュースもあって、二人はめきめきと頭角を現し、近隣世界も含めて多大な影響を及ぼした。
後に宇宙魔法文明を開拓したエラネルと並び、イスキラは第97セクターにおける二大先進星として名を馳せることとなる。
もっとも、当のミックは名誉などつゆ知らず。
何事にも尽きない興味の赴くままにしばしば暴走し、くだらない下ネタに走るのが玉に瑕であったという。
そんなだから。天才なのに残念で、ちっとも貰い手が付かなくて。
あまりに嘆くので、血の繋がっていない妹が「仕方なく」もらってあげたそうである。
それで特に変な感じになるわけでもなく、仲良し兄妹にはやがて当たり前のように四人の家族が加わった。
ちなみにイスキラにはそういうのをタブー視する風潮はないらしく、アイビィだけは目を丸くしていたが。
とにかくミックという男は、ラノベ顔負けのハチャメチャ人生だったようだ。
***
[ミシュラバム]
アイの影響から解き放たれ、ハッピーキッチンは通常営業を再開していた。
「も、もう大丈夫なのよね……?」
あちこち逃げ隠れ回っていたエーナは、ようやく極度の緊張から解放されて。
せっかくなのでお祝いがてら、近隣宇宙で美味しいと評判のこの店に寄ることにしたのだ。
そこにいた意外な人物に、目を丸くしてしまう。
「げ。ウィル」
どうしてこんなところに、と心底思ったが。
大人しく食卓についているところを見れば、不思議と見た目相応の少年のようにも思える。
かつて地球でワンキルされたときの刺々しさや禍々しさが、まるでない。
憑き物が落ちたようにすっきりとしている。そんな風に彼女には見えた。
「お疲れ様だったな。エーナ」
「……あなたって、結局何者だったの?」
【星占い】でも知ることのできない元『破壊者』の正体に、彼女が真剣な眼差しで切り込むと。
「お前の知ったことか、と言いたいところだが。もういいか」
ウィルはこれまでの種明かしと、自分の本当の役割についてエーナに語って聞かせた。
彼女にとっても驚きの真実だったが、すべての辻褄が合う。裏を知れば、納得することばかりだった。
「落ち着いたら、またユウの奴に会いに行くといい。あいつなら、お前の本当の願いを叶えてくれるさ」
「それって……」
はっとするエーナに、ウィルは優しく告げる。
フェバルを救うという大義は、生かすも殺すもあいつが引き継いだ。
お前の願いの通りさ。あいつは死闘の果て、ついに――辿り着いたんだ。
彼はそう静かに、しみじみと噛み締めるように言った。
「お前はもう十分戦った。これからは好きなことのために生きろ」
――――
「あ、はは。まいったわね。せっかく美味しい料理を食べにきたのに。これじゃ、味がわからなくなっちゃうじゃないの」
ぽろぽろと涙を零し。エーナは困ったように、泣き笑いした。
そんな彼女を温かく見守りつつ、ウィルは遠い未来を想う。
いつかアニエスを救うのも、お前たちの大切な仕事だぞと。
円環に囚われた彼女の果てしない戦いは、まだ続いている――。
***
[エラネル]
星屑の夜。ユウは約束通り、女の子の姿で帰ってきた。
「ただいま。みんな」
「「おかえり。ユウ!」」
みんなすぐに集まってきて、ユウは揉みくちゃにされる。
「やっぱりこっちの方が見慣れてるぜ。おい」
「相変わらず可愛い後輩だこと」
「見た目歳取らないって本当なのね。羨ましいわ」
頭をうりうりするアーガスに、頬をつんつんするカルラとケティコンビ。
アリスはまた温かい笑顔でユウを抱き締めた。
懐かしいユウの胸に顔を埋めて、親友マイスターとして一言。
「やっぱこれよねえ。女の子だと安心する、いい匂いがするのよね」
「ちょ、ちょっと」
早速いたずら好きの側面を見せた彼女に、「ぜひ私も」と新顔のエイミーも飛び付いてくる。
「くんくん。なるほど、よきですね。アリス先生ほどではないですけど」
「こらこら」
少しやり返されたアリスが苦笑いしている辺り、中々厄介な生徒を手ずから育てたらしいとユウは可笑しかった。
ミリアは一番最後にやってきて、最も長くユウの感触を確かめていた。
彼女の場合、誰かと違って豊かなので、お互いのものを押し潰してしまうある意味で素敵な光景が見られる。
エイミーなど、黄色くはしゃいで二人とアリスへ交互に視線をやっていた。アリスはちょっぴり悔しがった。
「これはあくまで、親友としてのハグですから」
意地っ張りにそう言って。
彼女の中でも、もう心の整理は付いているらしい。
また残された時間の許す限り、皆存分に語らいつつ。
今度こそ今生の別れになってしまうので、誰もが本当に名残惜しかった。
青春で過ごした時間とは、やはり特別なものなのだ。
最後に一つ、やり残したことのために。そのためにユウは来た。
「イネア先生。最後に一勝負、お願いできますか」
「よし。いいだろう」
宿題としていた真剣勝負。ユウも想いの力なんてずるはしない。
数々の世界で磨き上げてきた個の力だけで、一対一でぶつかるつもりだった。
正面から気剣と気剣がぶつかり、そのまま流れるように立ち合いが続く。
借り物なしでも、もはや弟子は師に一つも劣るところがない。
むしろ押し込む場面も目立つようになり、彼女は冷や汗をかきながら嬉しそうに言った。
「本当に強くなったな。ユウ」
「先生も変わらず、ご研鑽のようで」
真剣に打ち合いを続けていくと、その中で達人同士には伝わるものがあった。
「お前、やはり何か隠し事をしているだろう?」
「それは……」
この一連の事件で、最後に犠牲になった人。先生の最も愛する人。
絶対に何も言うまいとしている彼に、彼女はついに奥底まで察することができず。
イネアは愛弟子の目覚ましい成長に目を細めた。
昔だったら、目を見れば何でもわかったのに。
少しだけ、嘘と誤魔化しが上手くなったなと。
「いいさ。聞かないでおこう。お前も大人になったということだ」
「ええ――そうですね」
昔を懐かしむように、真っ白な気剣のぶつかる音だけが道場へ静かに響き渡る。
この勝負の行方は、二人だけが知っている。




