エピローグ1 ユウ、放浪の旅を始める
ユウ、セカンドラプター、ケン、そして地球に帰ってきたミズハは。
四人で墓参りをしていた。
星海家の墓が、彼らの目の前にある。
ユウの両親、そしてクリアお姉ちゃんを始めとするみんな。
他に墓はないけれど、この日のために『道』を繋いできてくれた数々の戦友たちに想いを向けて。
それぞれが手を合わせ、祈りを捧げる。
ユウはしっかりと、ここまでの旅を胸の内で墓前に報告した。
日本の偲ぶ風景らしく、線香の白煙がゆっくりと空へ立ち昇っていく。
***
「皆さん。ありがとうございました。きっと両親もみんなも、喜んでくれたと思います」
代表して、ユウが深々と頭を下げる。
十六歳の旅立ちのあの日。あまりに突然のことで、何も言えなかったことがずっと心残りだった。
今、ようやく果たすことができた。
「いいってことよ。それより、せっかくテメエが帰ってきたんだ。パーティーしようぜ」
「「賛成!」」
旧交を温め、ささやかな飲み会がセカンドラプターのセーフハウスで開かれた。
どこから仕入れて来たか、日本では珍しいチェリーコークと宅配ピザが振舞われる。
ケンはいくつかお酒を持ち込み、他愛もない思い出話でいっぱい盛り上がった。
また酔って痴態を晒してはたまらないので、ユウはアルコール成分だけを身体の内側でいい具合に断ち切るという『奇跡』の無駄遣いをこっそりかましていた。
そして、縁もたけなわになった頃。
「そうだ。女の子の姿を取り戻したのよね」
「まあ」
「よし。せっかくだし、いっぺん見せてもらうか。いっつも遠目でよくわからなかったからよ」
「別に減るものじゃないですし、いいですけど」
「うわマジか。ドキドキしてきた」
三人が見守る中、ユウは取り返したTS変身能力を披露する。
背が縮み始め、身体全体が丸みを帯びようと変化する。
黒髪はざわつき、艶を増しながら伸びていき。喉仏はなだらかに消失し。
肩幅も少し狭く、肌はよりきめ細やかに、手足は白く細くなる。
お尻の肉付きが増し、腰はくびれ、胸は膨らんでつんと張る。
性器も変化して、男性のそれから女性のそれへと作り替わる。
時間としてはほんのわずかのこと。ダイナミズムと生物的快感に満ちた変化を、早回しで味わって。
ふうと熱っぽい吐息を漏らしたときには、ユウはすっかり女の子になっていた。
ようやく取り戻した「いつも」の感覚を、「私」とともに嬉しく思いながら。
「とまあ、こんな感じです」
彼女は変化した女体をくるりとひけらかしつつ、さらりと言った。
その口から紡がれるソプラノは、アルシアの性質を受け継いで。どこか艶のある魅力を備えている。
ミズハ先生はへえ、と感心しきりだった。
「間近で見ると、すごいイリュージョンみたいね。私を助けてくれた『女神』様そっくり」
「結構な面構えじゃねーの。やっぱユナの娘だわ。テメエは」
「ちくしょう。可愛い……」
ケンがひどく月並みな感想を漏らしたところで、一同温かな笑いに包まれた。
「こんな良い妹がいるんだったら、散々自慢してやったのによ。ユウお前、生まれた性別間違えてんじゃないのか」
「よく言われるね」
【運命】が邪魔をしなければ、女の子として生まれるはずだった彼女は。
ついにその生を奪おうとする最大の試練を乗り越えて、あるべき姿で溌剌として微笑む。
今は”三つ”の心で、一つの身体を共有している。
***
翌日。ユウは最後の後始末にかかる。
『神の穴』を青剣で斬り付けて、完全に閉じてしまった。
随分役には立ってくれた。もったいない気もするけれど。
今はまだよくても、放置しておけばアルがこの穴を通じて復活してくる恐れがあった。
だから総合的に判断し、やれるときにそうしておくことを決めた。
セカンドラプターが、やや名残惜しそうにぼやく。
「やれやれ。異世界の旅もここまでってわけかい。実は結構気に入ってたんだけどな」
「すみません。どうしても放っておくわけにはいかなくて」
「ま、いいさ。本当はあり得ないはずのことだったんだ」
未だ地球から、異なる世界へはずっと遠く。
本来誰も行けるはずのなかった奇跡。
ユナの足跡をなぞってみたのも、それに留まらず様々な世界を旅してきたことも。
大変なことも数えきれないほどあったが。悪くない、楽しい夢の時間だった。
「それでは。俺はこれで」
「もう行くのね。寂しくなるわ」
「時間ですからね」
涙ぐむミズハ先生に、ユウももらい泣きしそうになりながら頷いた。
「元気でな。俺、ずっと旅の無事を祈ってるからよ」
「ありがとう。ケン兄も元気でね」
アイと「くっついた」とき、ユウは【神の器】のすべてを取り戻した。
ただしもはや『異常生命体』としてすっかり変質し、想いの力を宿すためにキャパシティのほとんどが振り分けられている。
『心の世界』の無限に近しい容量は、これからはほとんど人の想いを受け取り、その力を引き出すための【器】になる。
したがって、取り戻せたのは完全記憶能力と、旅に使える申し訳程度のストレージ性能であり。
最もフェバルの特典らしい無限ストレージや、技や魔法を借り受けて留め置き任意で使う力、技や魔法を『心の世界』に引き受けての吸収などはすべて捨て去らねばならない。
実質的に星海 ユウは、TS一本で戦う者となった。
それと同時に、フェバルとしての因果もまた返ってきた。
それはつまり、各世界に滞在できる時間制限も戻ってきてしまったということ。
『異常生命体』としての抵抗力が滞在時間を引き伸ばしているが、それも限界に近い。
今度こそ、この地上を永遠に去らなければならなかった。
星脈が――『彼女』が手ぐすね引いて待っている。
今も意識すれば、ユウにはもうはっきりと「視える」。
真に『異常生命体』として覚醒した今、時間切れや死して星脈に一度でも呑み込まれれば。
せっかく細い細い糸を辿って得たこの『奇跡の力』も、簡単に失われてしまうだろう。
それは大変な制約であるが、きっと悪いことばかりではない。
【運命】と――『彼女』と繋がる『道』がまだ残されているということでもあるから。
『彼女』と戦うためには、【運命】から逃げてはならない。どんなに残酷でも向き合い続けなくてはならない。
星脈は使えないから、もうフェバルと同じように流されるだけの旅はできない。
そうしようともユウは思わなかった。
自らの意志をもって【運命】に立ち向かい、誰かの助けを求める声に応じて星々をさすらう旅へ。
最後にセカンドラプターが、サムズアップで送り出す。
これからどんなに過酷な【運命】が待ち受けているとしても。度々世界や絆が脅かされようとも。
誰も知らない未来は拓かれた。決してつらく苦しいことばかりの旅ではないのだから。
楽しいことや温かい日常だって、きっとたくさん待っているから。
「地球のことは任せろ。気を付けて――めいっぱい旅を楽しんでこい!」
「はい!」
ユウはついに母なる地球を永遠に去る。
今度は星脈が彼(彼女)を捕まえる前に、自分の意志で旅へ向かう。
奇妙にも男と女、二つの身体を持ち。時と場合によってどちらともなり。
人の想いと魂に触れることのできる、不思議な力を持つ旅人。
その力はこの世の何よりも残酷で、けれど同時に何よりも優しい。
TS能力者ユウの異世界放浪記は、今本当の意味で始まったのだ。




