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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 後編

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I

 人の身ではあり得ない力の発露を目の当たりにして、アイはようやく悟った。


【神の器】を真に使いこなせるものは、人を優に超えたわたしだけ。

 この胸を締め付けるような『痛み』。

 いつまでも頭に響いて、鬱陶しく鳴り止まない誰かのノイズ。

 今やずっと近くに感じる、あなたそのものが。


『あなた……まさか』

『そうだ。思う通りだよ』

『ふ、ふふ』


 きゃはははははははははははははははははははははは。


 音を響かせる大気のない月面に、彼女の声なき嗤いがどこまでも続く。

 いつまで終わらないかと思われた矢先、真紅の瞳を昏く据えて。

 彼女は愛憎に満ちた鬼の形相で彼を睨んでいた。


『ユウ。あなた、ついに頭がおかしくなったの。よりによってわたしと繋がり、逆に奪おうだなんて。正気なの?』

『正気さ。大真面目だよ』

『……馬鹿な人。あれほど人であろうとし続けていたのに、何もかも投げ捨てて。とうとう人ではなくなってしまった』


 もう二度とは戻れない。わたしと同じ化け物と成り果てた。

 何が人だ。下らない。

 結局お前は認めたのよ。人の身の弱さを。儚さを。

 だから決して人ではあり得ない、修羅の道を歩み始めたのだと。


 嘲るアイに、ユウは微塵も揺らぐことなく頷いた。


『どう言おうと構わないさ。最後までとことんお前に付き合ってやるよ』


 アイが初めて明確にたじろいだように、ユウには見えた。

 人を攻め、追い詰めるのは得意でも。自分が追い詰められる側になるとは夢にも思わなかっただろう。


『そんなにわたしとひとつになりたいの』

『だからいいと言ってるだろう。ひとつにでも何でもなってやるさ』


 その代わり、俺もお前を逃がしはしない。

 お前の横暴勝手など、もう何一つ許さない。


『…………』


 アイはしばし声を失い、次に言うべき言葉を探していた。明らかに狼狽えていた。

 しかしやがて見つけたらしい。

 奪い取ったユイの――『女神の五体』をひけらかしてほくそ笑む。


『確かに言うだけのことはあるわ。あなたはきっとかつてなく強い。それでもね』

『何が言いたい』

『この姿は全要素吸収オールアブソープションによって得たもの。対するお前は、人の想いとやらだけをかき集めたに過ぎない』


 それが何を意味するか、わかっているの?


 アイはあくまで己の優位は揺らがないと、激しく主張する。


 わたしこそが究極の一にして、すべてなるもの。

 格が違う。存在としての強さが違う。

 今も【神の器】のほとんどを掌握しているのはわたしだ。

 ほんの一部だけでは、完全なる『女神』には勝てない。そんなことは自明の理でしょう。

 なのになぜ。無駄な戦いを仕掛けようとする。意味もなく抵抗する。

 黙ってわたしを受け入れれば、楽になれるのに。


『だったら。どうしてそんなに怯えているんだ』

『わたしが怯えているだって?』


 違う。違う。違う!

 そんなはずがあるものか――!


 アイは怒り、頑として告げる。


『ユウ。哀れな子。あなたは深く傷付いて、とうとうおかしくなってしまった。そして今度こそすべてを奪われようとしている』


 それでも戦って。勝っても地獄、負ければ終わり。

 その先に何が残るというの。

 あとはわたしに任せて、もうおやすみなさい。

 これからのことは、全部わたしがやってあげる。受け入れてあげる。

 わたしが先へ行く。その礎となれ!


『哀れなのはどっちだ』

『…………』


 ぴしゃりと告げられ、憮然とするアイに。

 もう一度。ユウははっきり面と向かって告げる。


『アイ。お前はまだ大切なものを知らない。お前の行く道の向こうに、本当のお前などどこにもいない』


 だから。


『行かせない。この先へお前をひとりで行かせはしない』


 お前はもう、純粋な化け物だったオリジナルのアイではないのだから。

 たとえ一つも理解できなくても、もうたくさんの心に触れている。

 俺たちと源を同じくする本質的に同一の存在――コピーアイなのだから。


『わからないって言うなら、何度でも教えてやる。知りたくないのなら、いくらでも刻み付けてやる』


 まだ、かすかに彼女の声がする。今も必死に戦い、助けを求めている。

 俺よりずっと近くで向き合い続けてきたからこそ、『姉』は深く君を知った。

 ユイもそう願っている。同じ気持ちだよ。

 お前が真に人を理解できるその日を。その不幸と犯した罪を知るその日を。

 そのために。今ここで、人喰いとしてのお前を打ち砕く。

 お前を含めて誰も幸せにしないその力を、完膚なきまでに打ち砕く。

 今じゃなくていい。いつかわかり合えるかもしれない、遠い未来のために。

 その可能性を与えることが、信じることが。俺が君にしてやれるたった一つの贈り物だ。

 だから戦う。


『俺が、俺たちが――すべてを賭して!』

『そう……。ならかかっておいで。全力で叩き潰してあげる!』


 わたしはアイ。

 まだ誰でもない何か。何者でもない何か。

 今こそあなたのすべてを奪い、わたしは本当のアイになる。


 この戦いはもう、どちらかが完全に潰れるまでは終わらない。

 互いのすべてを賭けて。


 勝つのは――。


『『俺(わたし)だ!』』


 月面にて、『青』と『白』の光が激突する。

 地球の地上からでもはっきりと見えるほどの濃い線を描き、絡み合うように幾度も交錯する。

 ユウとアイ。互いの存亡と宇宙の命運を賭けて、本当の最終決戦が幕を開けた。

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