そして辿り着く ― Now Yu gets over the Fate by Luminous ―
海――どこまでも青い海が広がっている。
太陽の光が柔らかく差し込んでくる。
窮地の中。
星海 ユウは、あの日のことを思い返していた。
幼き日、同じように海へ落ちたときのことを。
ユウは自分の名字に入っている海――特に晴れた日の穏やかな青い海が何となく好きだった。
そこにはたくさんの命が溢れているから。
人もそこからやってきた。だからなのかもしれない。
想いは、魂は――いつも海色の光を湛えている。
***
「また会えたね」
『原初のユウ』の残滓は、母なる海を再訪した彼に温かく微笑みかけていた。
「君たちって相変わらず奇抜な訪れ方をするものだから、驚いたけれど」
と、ちょっぴり可笑しく添えて。
「それで。もう答えは見つかったのかな」
「そうだね。やっとわかったよ」
ユウは壮絶な覚悟とともに、深く頷いた。
「そっか。それが君の選んだ道なんだね」
「うん」
『彼女』は切なく目を細め、どんなに険しく厳しい旅になるかに想いを馳せて。
それでも今のあなたが選んだことならばと。笑顔で背中を押した。
「行っておいで」
もう一人の「私」を救いに。
でも最後に。ちょっとだけ、お節介をしようか。
「私たち」だってみんな、あなたに託したいからね。
本当の最後の力を使い果たし、『彼女』が海に溶けて消えてゆく。
すると、去り行く『彼女』に続く形で。
無念と絶望のうちに沈んでいった、星の数のほどの『ユウ』が。
かつての救われなかった「自分」たちが。走馬灯のように駆け抜けていく。
そのすべてが、最後のユウに想いを託すために。あと一押しの力を与えるために。
いよいよ最後になって。『黒の旅人』もまた過ぎ去って行く。
その際に。もう一人の「俺」は、穏やかに問いかけた。
――行くのか。
「うん。行くよ」
まだ「誰」も見たことのない――この先へ。
――そうか。しっかりやれよ。
『彼』は『彼』らしく、颯爽と去っていく。
そうして、すべての『ユウ』の想いを受け取って。
ユウは「向こう側」を見つめた。
セカンドラプターが繋げてくれた『道』が、はっきりと繋がっている。
今なら。手を伸ばせば届く。
ありがとう。って、自分に言うのも変な話かな。
ほんの少しだけ、困ったように笑って。
次の瞬間にはもう、恐るべき覚悟を固めていた。
『奇跡の力』を真にこの身に宿すために、果たして何が足りなかったのか。
それはわかってみれば単純で、あまりにも残酷な答えだった。
やっとわかったよ……。最後の鍵が。
答えはすぐそこにあった。こんなにも近くにあったんだ。
なぜ俺たちは出会い、因縁の果てにここまで戦わなければならなかったのか。
リデルアースは、かくも無残に失われなければならなかったのか。
救われなかった巫女たちは、みんなは。どうしようもなかったのか。
彼女たちの死と苦しみに、せめてもの意味を添えるならば。
……すべては、必要な犠牲だった。
アイ。確かにお前の言う通りだ。
まだ俺もお前も、本当の「アイ」を知らない。
思えば、これはずっと「自分」との戦いだった。
他ならない、お前自身が言っていたことじゃないか。
人の身体では、【神の器】など到底使いこなせないと。
……そうだ。その通りだよ。
このままでは。人のままでは。
どんな強い覚悟をもってしても。いかに気高く強い心を持とうとも。
最初から、どうしたって不可能だったんだ。
そう。今のままでは届かない。
その残酷な事実は、認めなくてはならない。
だから。お前がいなければならなかった。
アイ。
なぜどんなに食べても足りないのか、満たされないのか。
今こそ教えてあげるよ。
お前はまだ大切なものを知らない。
お前の行く道の向こうに、本当のお前などどこにもいない。
なぜなら人は、自分だけでは完結しないのだから。
まず、違う誰かを知らなくてはならないんだ。自分ではない誰かを。
その関係性の中において、初めて君はアイになるのだから。
……ずっと、誰もいなかったんだよな。
お前を認めてくれる者も、変わらず全力でぶつかってくれる者も。
永く孤独だったから。触れる者みんな、すぐに変えて奪い取ってしまうから。
それがお前の生まれの不幸だった。
そのことが不幸であるとすら、何もわかっていない。
ただひたすら奪うことが己の幸せと信じて、欲望と快楽のままに生きるだけ。
アイ。お前は……可哀想な奴だ。本当に哀れな奴だ。
そして。ようやくわかったよ。
いつかお前とわかり合えるかもしれない、たった一つの冴えない方法が。
俺はお前を「倒す」。それは変わらない。お前は止めなければならない。
けれど。もうお前のことだって、ひとりぼっちにはしない。
俺はお前で、お前は俺だ。
この先の運命は一つ。もう何者にも分かたれることはない。
これは――互いの存亡を賭けて。
どちらの「自分」が勝つかの勝負だ。
《マインドリンカー》【侵食】
そのときが来れば。必要ならばどんなことでもする。
ユウはついにまた、その凄まじいまでの覚悟を示した。
深き人の業を背負い。優しさと厳しさ――その矛盾を包含し。
ここまでのあらゆる犠牲すらも、残酷に糧として。
最も禍々しいその力を――最も倒すべき相手に。
最も尊き「繋がる」力を――最も危険な相手に注ぎ込む。
そのとき、星海 ユウは。
誰よりも人と向き合い、人であろうとし続けた戦士は。
救われない者たちを救うために。ついに人をやめてしまった。
二つの【運命】は交わり、恐るべき一つとなり。
もう何者にも縛り止めることはできない。
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***
《セインブラスター》の反動を利用し、月面に着陸したアイは。
突然胸を襲い始めたひどい『苦しみ』に。絶え間ない『痛み』に呻いていた。
『ユウ……なに、これ。お前! 何をした!?』
たくさんのわけのわからない感情が飛び込んでくる。
まったく理解できない「想い」が溢れて、彼女を執拗に苦しめる。
ひどく混乱し、狼狽し。眩暈すら覚える彼女の前に、ユウは降り立つ。
『知らない。そんなもの、知らない……』
アイが、茫然自失と呟く。
彼の背後に、彼女の大嫌いな地球がまざまざと映る。
その身に纏うオーラは、もはや人が宿せるものでは到底あり得なかった。
穏やかな空のように、海のように。青く、青く透き通って。
まるで一切の気を持たず、常に水面のように揺蕩い。
一見して、儚かさすら思わせるほどの静かな立ち姿。
だがアイは、それが『女神』に匹敵するほどの――とてつもない何かであると正しく直感していた。
星霜の果て、星海 ユウはついに辿り着く。
『青の旅人』は、その真の姿をアイの前に顕した。




