0-86"受け継ぐ者"
「わたしに本気で挑むつもりなの。愚かね」
「人様の娘を奪って、ユナに似た面だけしやがって。むかつくんだよ!」
「これはわたしのものになったの。だからもうわたしなのよ」
たった一丁の銃で挑みかかるセカンドラプターの攻撃を、軽く捌きつつ。
未だ内側で必死に抵抗し続けるユイを苦々しく思いながら、アイはあくまで強がった。
アイは、まだ完璧にはユイと融合できていなかった。
カラダは完全に融け合っても、まだ心とやらが融け合っていないから。
ユイの記憶と感情は読めても、それ以外のことはわからない。
すっかりひとつになってしまえば。
「大好き」な『弟』のユウと甘美に、滅茶苦茶に犯して愛し合いたかったのに。
きっと相性最高の姉弟なら、この世の何よりも極上の体験ができたでしょうに。
そうして、みんな奪われて。絶望したユウをねっとりと受け入れて、ひとつにしてあげたかったのに。
『弟』と「くっつく」のが大好きなあなた。愛しているのでしょう。恋人に嫉妬もするのでしょう。
もっと素直になればいいものを。「家族愛」なんてものが邪魔をする。
だから、口惜しい。女の子になれば可愛いのにと、精々メスにして痛めつけることしかできなかった。
「何浸ってんだ。舐めてんじゃねーぞ」
口だけは威勢良く煽りながら、セカンドラプターはクレバーな立ち回りを続けていた。
とにかく命を大事に。一分一秒でも長く引き付けるために。
アイは面倒臭そうにあしらい、触手や『封函手』による念動力を繰り出して彼女を攻撃する。
セカンドラプターは度々瞬間的に加速し、アイの超能力などは不思議と一切を退けていた。
身のこなしだけは中々のものだと感心するが、そもそも根本がお話にならない。
「あなたの攻撃が眠たくってね。こんな茶番、いつまで続けるの?」
「うるせえ。こっちは一生懸命やってんだよ!」
戦士が決死の想いを込めて撃ち出すものは『凍れる時の弾丸』。
確実に対象へ命中するそれも、到達するより早く弾いてさえしまえばまったくの無力だった。
いかに地球と言えど、加速した銃弾ごとき見切れなかった不完全な姉とは違う。
リデルアースにいた頃なら、ちょっとは手を焼いたでしょうけれど。
『女神の五体』を得た今、あくびが出るほど遅い。
こんな下らないもの。もうただの一発だってもらってはやらない。
ほら。せっかく不意打ちで開けた傷だって、もう塞がろうとしている。
姉には持ち得なかった『至天胸』の素晴らしいこと。メリッサがわたしに尽くしてくれている。
そして――。
――――――――
「結局風穴を開けるどころか、一つだってまともにダメージを与えられなかったわね」
アイは心底嘲り、息も絶え絶えのセカンドラプターを見下す。
【完全なるハートフルセカンド】の酷使により、致命傷だけは辛うじて避けていたが。
やはり『女神』とたった一人の人間では。
いかに地球の許容性の低さが程度の差を埋めようと、元より圧倒的な実力差は如何ともし難い。
シャイナと戦ったときとは、悔しいが現実まるで比べ物にならない。あまりに強さの次元が違っていた。
しかし最悪の姉に挑んだあの日の惨めさなど、彼女には微塵もなかった。
「はん。揃いも揃って間抜けだな。テメエら姉妹はよ」
「……わたしをあんなのと一緒にしないで」
「そうやってすぐ不機嫌なるところもそっくりさ。大間抜け」
テメエが最初っから油断したときから。もう勝負付いてんだよ。
たった一発の弾丸。
本当に貫いたのは、テメエの身体なんかじゃない。
『道』は通してやったぞ。
それはあえて言わないが、セカンドラプターは内心ほくそ笑んでいた。
あとの戦いはすべて、ただの時間稼ぎだ。
「ざまあみろ」
アイは彼女がどうしてやけに勝ち誇っているのか、まるでわからなかった。
困惑に包まれたまま、しかしこいつを生かしておいてはならないと初めて強く感じた。
触手を伸ばし、彼女にトドメを刺そうとしたとき――。
ついに一人の戦士が現れて、颯爽と彼女を抱えた。
「――ユウ」
星海 ユウが、正面からアイを見つめている。
「ふふ。わざわざわたしを追いかけて。こんなところまで来てしまったの」
アイはあくまで余裕の態度は崩さずに、しかし内なる冷徹な部分が警戒を強めていた。
特徴的なのは青白いオーラ――ラナソールで、TSと呼ばれていたものだ。
魂あるいは本源を断つ、厄介な力。しかしそれだけではない。
今までのユウとは、何かが――何かが違う。
セカンドラプターはにやりとして、自分を抱き上げた彼に気安く声をかけた。
「よう。遅かったじゃねーか」
「すみません。色々あって遅くなっちゃいました」
「ま、間に合えばいいさ。ヒーローはそういうもんだってな」
彼女は、熱い眼差しでユナの子を見つめていた。
星海 ユナは誰が見ても、完成された戦士だった。
あいつに『異常生命体』としての才があれば、とっくにこの戦いは終わっていた。
たった一つの武器が――【運命】に通用するだけのものが欠けていた。悲劇の女だ。
星海 ユウは誰が見ても、決して戦うべきではない「普通の子」だった。
たった一つ、異常なほど【運命】に呪われていた。可能性の塊だった。
だから分不相応にも、色んなものを背負わされた。悲劇の子供だ。
それでも彼(彼女)は、ひたむきに己の【運命】と向き合い続けた。
その真っ直ぐで、そして母親譲りの負けず嫌いな心で。
数多の人々の想いと壮絶な経験を背負って。ついにここまで来た。
ありし日の母が持っていたもの。
何者にも、いかなる苦難にも敢然と立ち向かう「強さ」を携えて。
くっく。面影以外、あんま似てないとは思っていたけど。
やっぱ血は争えないもんかねえ。
最高だ。あいつに――ユナにそっくりないい目をしていやがる。
お前、泣き虫だったくせに。とうとう追いついたんだな。
「もう子守りはしなくてよさそうか」
「――ええ。今まで、本当にありがとうございました」
受け継ぐ者から、さらに受け継ぐ者へ。
母から子へと。随分長いバトンになっちまったけど。
お前から受け取ったもの、きっちり繋いで。確かに渡したぜ。ユナ。
「んじゃ、美味しいとこは任せたぞ。ユウ」
「はい。ところで、立てますか?」
「大丈夫だ。まだガキに迷惑かけるほど落ちぶれちゃいねーよ」
このまま居残れば、必ずひどい手で利用しようとしてくるのは火を見るよりも明らか。
オレは足手纏いだけにはならねえ。そう決めてんだ。
セカンドラプターは自らのこめかみに銃口を向け、空っぽの弾丸を自分に向けて放つ。
アニエスの『異常』な(ゆえに許容性を無視し、かつ妨害されない)転移魔法を予め受けておき、効果を止めておいたものを今解除したのだ。
安全な場所へと、彼女の姿が薄れてゆく。
「あばよ。クソったれの化け物」
「この女……」
最後の最後まで綺麗にコケにして、セカンドラプターはクールに去っていった。
最悪の姉妹共々鼻を明かして、彼女はようやく胸のすく思いだった。




