0-85"見つけたよ"
「ここは……」
一見何の変哲もない路地に現れたユウは、そこがあの日地球を去った場所と同じだと悟った。
いきなり見つからないよう、気を消して慎重に行動しようとしていたが。
あのときエーナが寄りかかっていた電柱と同じ場所に、誰かが立っている。
「ここにいたらお前が来るって、ミズハさんから聞いてな」
ウィルに付与された強力な隠蔽と、セカンドラプターからダメ押しで撃ち抜かれた「いっときの存在感」(永遠だと不便だからって器用なことをした)が、彼をどうにか無事にアイや操られた人々から覆い隠していた。
それに三十路のおっさんにもなって、すっかり貫禄が付いてしまったが。
それでも、心の眼を持つユウにはわかった。
「ケン兄……ケン兄なのか?」
「はは。マジであのときと変わらねえでいやがる。俺だけ、すっかり歳食っちまって」
ケンは懐かしいいとこの姿に胸いっぱいになり、目尻にはもう涙が浮かんでいた。
「おかえり。ユウ」
「ただいま。ケン兄」
顔をしわくちゃにして、ケンはユウを目一杯抱き締める。
「お前さあ。おまえっ……ほんっとに、いい顔になったなあ……! 俺、全然詳しいことはわかんねえけど……!」
あのときのお前、とても見てられなかったから。
けど俺じゃどうしようもなくて、ずっとずっと心に引っ掛かってたんだと。
ケンは溜め込んだものをすべて懺悔するように、ほとんど泣きじゃくっていた。
抱き締められたユウも、つられて目に熱いものが滲む。
「心配かけたよな。ごめんね。あのときはちっとも余裕がなかったから」
「よせよ。何を謝ることがある。一番つらかったのは、大変だったのはお前じゃないか!」
ユイだけじゃない。
ここにもちゃんと身を案じてくれた『家族』がいたのだと、ユウは心から嬉しくなった。
「そうだね……。本当に、大変なことがいっぱいあってさ」
「色々と世界が大変だったんだろう? そりゃ並大抵の苦労じゃなかっただろうなあ」
わからないなりに思いを馳せ、ケンは目の前の可愛い『弟』が愛おしくて仕方なかった。
「とにかくユウ。お前とまたこうして会えた。こんなに嬉しいことはないさ……!」
「俺も嬉しいよ。ケン兄」
もうしばらく、別離の期間を惜しむように抱擁を続けて。
ようやく一安心したケンは、ユウの肩を叩いてひひっと笑った。
「そうだ。Switcherとか知らないよな。お前、ゲーム好きだったろ? あれからすっげえ色々進化してんだぜ。2とかすごくてな」
「ケン兄。相変わらずだね……」
「俺さ、あれから一応そこそこ有名なプロゲーマーになってよ。と、すまん。こんなこと呑気に話してる場合じゃないんだよな」
「また今度ゆっくり聞かせてよ」
「おう」
袖で涙を拭ったケンは、手短に現在の状況をユウに説明する。
「セカンドラプターさんがアイを引き付けて、命懸けの『おにごっこ』をしてくれてる。でももう見つかるのも時間の問題だ」
彼女自身は上手く隠れているが、人海戦術で『神の穴』が見つかる方が早そうなのだと言う。
「そうなったらもう、おしまいさ。あの人が出て戦うしかねえんだよ」
「なるほど。状況はよくわかった」
「早速行くのか」
「いや。一つだけ、寄りたいところがあるんだ」
「構わねえけどよ。それって間に合うのか?」
「たぶん大丈夫。そんなに時間はかけないから」
ユウはここまで、たくさんの想いを束ねて戦ってきた。
たった一人、大切な『家族』を仲間外れにするわけにはいかないから。
ユウは一つも迷うことなく歩みを進め、人気のない裏通りへと入り込んでいく。
そこは一見何もない場所であったが。
青剣に想いを込めて斬ると、「ずれた」世界から何かが――誰かが現れた。
苦しげな表情で、永遠に眠り続ける青髪の少女。
ユウの見つめる眼差しが、切なく細められる。
あのときはあんなに頼もしくて、ずっと大きく見えたのに。
今見れば。こんなにも小さくて、儚い。
いつも一生懸命背伸びして、俺を守ろうとしてくれていたんだね……。
自縄自縛の呪いによって、死後も魂はそこに留まり続け。救われることがなかった。
細菌や微生物すら一切寄り付かず。変わらずそこにあり続けた亡骸に寄り添って。
とても言い尽くせない感謝とともに呟く。
「やっと見つけたよ。クリアお姉ちゃん」
今、解放する。
ユウが祈りとともに斬ると。彼女は綺麗な海色の光となって、ゆっくりと空へ溶けて消えた。
そうしてまた一欠片、『去りゆく者』の願いを受け取って。
クリアお姉ちゃん。ありがとう。
みんなと一緒に、どうか向こうで見守っていて下さい。
トレイターが――「おじさん」が始めたあの日から。ずっと戦いは続いている。
みんなのやり残したことを、今こそ果たすときが来た。
すっきりした顔で戻ってきたユウを、ケンは温かく迎える。
「もういいのか」
「うん。行ってくるよ」
「しっかりやれよ。ユウ」
ケン兄に送り出され、ユウは因縁の宿敵アイの元へ向かう。
決戦のときは近付いていた。
***
[神の穴 前]
「やっと見つけた」
アイは人海戦術を駆使して、とうとう見つけ出した『神の穴』を前にほくそ笑む。
どうやら封印を施されているようだけど。こんなもの、わたしの前には無力。
すぐにでも解いて、みんなアイにしてあげる。
期待とともに、彼女が一歩踏み出そうとしたとき。
「待てよ」
振り返ったときには、何かが――彼女の中心を貫いていた。
銃弾。一発。
――開いた傷穴が、すぐには塞がらない。
「そこ通すわけにはいかねーんだよな」
一人無謀にも立ち向かい、銃を構える。
オッドアイが特徴的な金髪の女。お姉様が無様に敗走した相手。
そう言えばいたわね。そんな奴も。
こんなかすり傷。何だと言うの。
「あなただったの。薄々予想はしていたけれど」
「『女神様』がオレなんかをご存じとは。光栄じゃないの」
皮肉たっぷりに言うと、アイはくすくすと嘲るように嗤う。
「ネズミが一匹。無駄な抵抗だとわからないの」
「それでも女には、やらなきゃならねえときがあるのさ」
この託された戦いを――受け継ぐ者として。
"I'm 'the' Second Raptor. "
どんなクソみたいな強敵が相手だろうと。
彼女の名乗り口上は堂々として、一つもぶれることはない。
"I'll make lots of holes in you like your sister."(テメエの姉のように風穴たくさん開けてやる)
アイが思わず不機嫌に顔をしかめるほどの、キレッキレの煽りをかまして。
地球最後の戦士は、猛き吼える。
"Bite you!"




