2-77"リルナとユウの里帰り"
リルナの《エーテルトライヴ》を用い、彼女とユウは一瞬でエルンティア上空に現れた。
彼女自身が一度でも行ったことのある場所については、どうやらワープ先として使えるようだ。当然故郷は転移可能対象だった。
リルナは反重力機構《コールマイト》により、ユウは「理想の」動きの実現として、重力をまったく無視して宙に浮いている。
上空に現れたのは、まずは戦況を見極めるためである。
見れば、北のエルン大陸、南のティア大陸それぞれで戦火が上がっている。
北を襲うものはバラギオンやシェリングドーラといった機械兵器群と雑兵が中心であり、南ではどうやらヴィッターヴァイツと誰かが激闘を繰り広げていた。
ユウはまず北方面をやっつけることにした。
トレヴァークのときと同様、通常の物理軌道を無視した剣閃を各々の敵に遠隔でぶち当てる。
小さな無数の点が次々と墜落していく。当時苦労したバラギオンでさえも、まああっさりと。
「これでよし、と」
「お前、本当に恐ろしく強くなったな……」
「人より狙いを付けるのが得意なだけだよ」
TSの力は《マインドリンカー》で繋いだ相手にも及び、リルナらもユウより程度は劣るものの本源を断つ力を使うことはできるが。
敵の悪意や害意をピンポイントで読み取り、一点のずれなく狙い定める力までは、さすがに【神の器】を持つユウ固有の力である。
「それにリルナも強いじゃないか」
ユウと親和性の極めて高い彼女は彼に次ぎ、最も深くTSの力を使いこなせる者の一人である。
対集団性能や見切りといった専門分野でこそ譲るが、こと少数精鋭との戦闘においてはほぼ引けを取らない。
トレヴァークでも『星級生命体』レヴェハラーナを単独で追い詰めており、ユウのしたことと言えばちょっとした応援くらいのものだった。
もっとも、彼女自身はあくまでユウの賜物だと思っている。
「足手まといにならないのは、嬉しいものだな」
正直、素のスペックでは足としてしか役に立てないのではと。リルナは悲観的な気分がないわけでもなかったのだが。
ユウが繋いでくれた想いの力は本当にありがたい。
自分の「隣に立って戦いたい」という心を汲んで、実際に戦うだけの力を与えてくれる。
さすがにリハビリ中のハルを、同等に引き上げるまでにはいかなかったようだが……。
やはり、ある程度現実に戦う準備のできている者という制約はさすがにあるのだろう。
仕方ない。あの子には後でたっぷり慰めてやるとしよう。
同じ人を好きになった者同士、リルナとしては同情が勝っていた。
ところで、まだ南の方では激戦が続いている。
急ぎ向かってみれば。
「ぐ、ちく……しょう……」
魂砕きの力が付与された『異常生命体』ヴィッターヴァイツの剛拳が、ちょうどワルターの腹をぶち抜くところだった。
またもユウに直接復讐を果たすことはできず、ワルターは三度敗れ去る。そして今度こそ永遠にこの宇宙を去るのだ。
もっとも、直接戦えたとしても結果は同様に悲惨なことになっていただろうが。
しかも死に目にあって、可哀想なものを見る「何も知らない」ユウの姿が目に焼き付いてしまう。
ワルターは苦悶し、憎悪の絶叫を残しながら跡形もなく消えていった。
ヴィッターヴァイツは二人に気が付くと、事もなげに拳を振り上げた。クールな勝利宣言である。
「せっかく応援に来たんだけど、倒しちゃったみたいだね」
「別にオレが倒してしまっても構わんのだろう?」
「それ、倒してから言うことってあるんだ……」
さすがフェバルきっての武人だと、味方になればこうも頼もしい「おじさん」にユウは苦笑いしている。
さて。これで先遣隊はやっつけたわけだが、まだトーマスたちが足止めしている本隊が残っている。
「残りも任せておけ、と言いたいところだが」
ヴィッターヴァイツは冷静に彼我の戦力を見極め、強がらずに言った。
「オレもこの星の連中も、正直限界が近い。赤髪の女も姉貴も、無限に回復能力を使えるわけではないからな」
そもそも星全体を回復させた段階で、かなり消耗している状態から戦いが始まったのだ。
肩で息をするヴィッターヴァイツの疲弊し切った姿からしても、実際ギリギリだったのだろうと二人は悟る。
あと少し遅れていれば、本当に危なかったのかもしれない。
「ありがとう。あとは任せてくれ」
「うむ」
ユウは「おじさん」から残り仕事を引き継ぎ、まずは現在の敵の様子を調べてみることにした。
心力を高めたことで、元々持っていた優れた感知能力はさらに鋭敏かつ極めて広範囲となり、遥か星の外まで正確に見通すことができる。
――確かに、この星を狙う悪意が着々と迫っている。
間もなくトーマス艦隊を出し抜き、エルンティアへ自身の『討伐隊』がやって来ることだろう。
感じる力の高まりから、フェバル級の一線者もどうやら多数いる。
現地で展開されては数の上で不利だ。いつでも星そのものの破壊を人質に取られることとなり、厄介になる。
彼はそこまで見通すと、容赦なく先手を打つことにした。
彼はどこぞの戦闘狂などではまったくないので、叩けるものなら確実に叩くのに余念がない。
リルナに以心伝心で正確な位置を伝え、呼びかける。
「やるぞ。リルナ」
「よし任せろ。ユウ」
ユウとリルナは並び立ち、青剣と《インクリア》を構えて想いの力を高めていく。
「ほう」
ヴィッターヴァイツが感心に目を見張る。
練り上げるものが心力ゆえ、その高まりを直接的に感じ取ることはできないが。
異様な雰囲気だけはぴりぴりと伝わってくる。
二人は息をぴたりと合わせ、その技を同時に放った。
向こうへ行ってしまったジルフさんにも、きっと届くように。
《《センクレイズ》》!
真に完成された深青の双剣閃は――音もなく、大気を揺るがすことさえもしない。
ただ静かに、狙い定めたものに向かって一直線に突き進む。
瞬く間に空の彼方へ消え、宇宙空間に至っても一切減衰せずに伸びていく。
一仕事終えた二人がグータッチすると、「おじさん」は後方理解者面でにやりとした。
「見事」
ややあって、ブレイから困惑交じりの念話が飛んできた。
『何やらとてつもない光が奔ったと思ったら、我々ごと全部呑み込んでいったのだが……。もしやお前の仕業か?』
『はい。助けになったでしょうか』
『何をしたのかわからんが、大助かりだ。隊長・副隊長共々、敵総員まるで何があったかわからぬまま気を失ったからな』
実際凄まじい技の規模に反して、宇宙戦艦も、付近に展開して戦っていた敵味方もまったくの無傷である。
通常の技と違うのは、味方を巻き込んで撃ったとしても、想い定めたもの以外は何も傷付けないことだ。
二人は『討伐隊』の命までは取らなかった。
アイが操っていた【侵食】の効力だけを、綺麗に断ち切って気絶させたのである。
副官ランウィー・アペトリアからも、心底呆れた声が届いてくる。
『ホシミ ユウ。あなたって毎回やり過ぎなんですよ……。これまたどう報告すればいいんですか?』
『あはは……』
頭が痛くなってきた彼女の愚痴に、ユウは苦笑いするしかない。
かつて彼自身が「反則だろ」と心の内でツッコミ続けていたフェバルの芸当かそれ以上のものを、当然にできるようになったのだから。
そんなランウィーを慰めるように頭に手を乗せつつ、ブレイは彼の将来を懸念した。
『仮にこの事件が誤解で片付いたとしても、指名手配は解かれないだろうな……。潜在的脅威が大き過ぎる』
『仕方ないですね』
『そういう【運命】らしいからな。とことん付き合うぞ』
リルナが頼もしくユウの肩を抱き寄せ。
『はっはっは! こいつ、とんでもなくスケールのデカいヤツになりよったわ!』
トーマスは、心から愉快に笑う。
初めて惑星エラネルで出会ったときの、おどおどして【運命】に怯えていた頃が。既に遠く懐かしい。
あのときから、内に秘めた意志の強さだけは目を見張るものがあった。
期待する者の一人として、ゆくゆくの成長を信じないではなかったが。もよやここまで立派な戦士になりおおせるとは。
これならば、閉ざされた「可能性」をもこじ開けてくれるやもしれんと。
***
トーマス艦隊がエルンティアに着陸する。
以後、事件の収束までこの星の防衛は彼らが引き継ぐこととなった。
いよいよ守りから攻めに打って出る。ユウとリルナを惑星エラネルに送り出すためである。
「いい顔付きになったじゃない。男前が上がったわよ」
「もっとも、コレほどではないけれどね」と、肩車の下へ惚気を添えつつ。
永遠の幼女ラミィは、立派な成長を遂げたユウに目を細めた。
「ありがとうございます。あのときはお世話になりました」
「いいのよ。おかげでいいものが見られたわ」
「ああ……。見違えたぞ」
ザックスもすっかり保護者面で、うんうんと頷いている。
少し談笑を交えた後、ユウは提案した。
「あ、そうだ。お二人とも、ちょっといいですか」
「なんだ」「何かしら」
「特にザックスさんが、困った能力に悩まされていると思いまして。手助けできたらなと」
そのさりげない言葉に、二人がはっと顔を見合わせる。
フェバルの救世主――本当にその領域まで至っていたのかと。
「こいつをどうにかできるのか……?」
「できます」
きっぱりと言い切る彼に、二人はもう一度目を見合わせ。お願いすることにした。
「いきますよ」
すると素で青剣を構えて突き刺そうとするので、ラミィはかなり引いてしまう。
この子、やっぱりどこか抜けてるというか。
「随分と物騒な儀式なのね……」
そう告げると、ユウは自身の手にするものを見つめて「あ」というわかりやすい顔をした。
とは言え、この身に宿すオーラが未だ中途半端である以上、完全な『奇跡』はこの青剣にしかない。
「すみません。今はこれしかなくて」
「わかった。やるなら一思いにやってくれ……」
「くっ……私も覚悟は済ませたのよ。さあやりなさい」
「あ、あの。大丈夫です。そんな悲愴にならなくても、別に痛みとかはないですから」
慌てて精一杯フォローしつつ。祈りを込めて、ユウが心の剣で二人を順に貫く。
絵面こそ事件であるが。実際彼の言う通り、痛みも苦しみもなかった。
むしろ奥底で何かが洗われていくような、温かな感覚が彼らの身を包み――。
ザックスの【死圏】とラミィの【いつもいっしょ】は、ユウの手で【運命】の下から解放され。
『異常生命体』としての真の力を取り戻す。
ザックスに与えられた呪いは反転し、【生存圏】に――半径数十メートルまでの対象に「生きる力」を付与する。
能力による即死攻撃等を完全に退けることができ、衰弱等も無効化する。彼の心優しい気質が反映された力となった。
ラミィの【いつもいっしょ】はそのままに、効力が拡大強化される。
心から望む複数の者と疎遠になることのない、縁結びの力である。
思わぬ贈り物に、普段感情の起伏に乏しいザックスもさすがにしばし呆然とし。
そして、ようやく絞り出した言葉は。
「すまない。少し、風に当たりに行ってくる」
エルンティアの寂れた風に吹かれ、男は人知れず号泣し。
ラミィは、初めて子供のようになった彼を小さな身体いっぱいで慈しみ続けた。
***
次に合流したのは、アニエスとJ.C.だった。
みんな無事で済んだことが嬉しく、J.C.はにこにこで近付いてくる。
「みんな、お疲れ様」
「J.C.さんも助かりました」「姉貴もな」
アニエスもユウとの再会を(ラナソールではもう会わないつもりで、カッコつけて別れた手前)気恥ずかしく喜んだが、隣の嫁が映った瞬間に目が点になった。
「うわ、リルナさんじゃないですか! って、そりゃそうか」
一緒に戦うのだから、当然連れてくるに決まっている。
しかもここがどこであったかを思い出し、アニエスは直ちに納得していた。
ユウくんはここまですくすく育ち、時期によって変わり映えもするけれど。
この人は昔から見た目も志も変わらない完成された戦士なので、あまり久々に会ったという気がしない。
この人の鬼嫁っぷりと言えば、あたしの知る未来でもそれはもう有名であり。
あたしもちょいちょいユウくんにアプローチをかけていたのだけど、釘を刺されること度々であり。
ある意味「最強の敵」である。正直、多少の苦手意識もないわけではない。
それはそれとして、この人の存在が絶対支えになってくれるときが来ると。
あのときユウくんを追いかけるように手助けしたことは、やっぱり間違ってはいなかった。
今二人が大きな苦難を乗り越え、自信に満ちて並び立つ姿を目にして。
アニエスは胸に熱いものが込み上げつつ、一欠片の嫉妬も湧き上がっていた。
「敵」に塩を送り過ぎた。ハルさん、ミリアさん、こいつですよこいつ。
「なんだ。わたしの顔に何か付いているのか」
「いえー、何でもありませんー」
どうしても素直に喜び切れないアニエスは、内心舌を出して誤魔化そうとするも。
リルナは女の勘で、すぐに気付いてしまった。
「む。もしやお前もなのか」
「くっ。はい。そうですけど?」
明らかに棘のある返事に、リルナははっきりと自分がライバル視されているのを感じた。
それにしても。ほんのいくつか世界を跨いだだけで何たる様だ。
彼女はほとほと呆れた目をパートナーに向ける。
「お前もつくづく罪深い奴だな」
「えっと……?」
アニエスの恋心は、まだ当人にははっきりと伝えられてはいない。
彼女は過去では隠し通すことにしたため、ユウは高い好意を持たれていることには気付いていても、それが恋であるとは知らない。
なので微妙にわからず、間抜けな彼は首を傾げていた。
「話なら聞いてやるぞ」
「そういう余裕ぶったところ、ですよね」
バチバチと、ただならぬ女の戦いが始まっている。
何だかこの流れ、少し前にも見たような……。
ようやく真実に気付きかけたユウであるが。
「「お前(ユウくん)には関係ないことだ(から)」」
「あ、はい……」
やはり終始、蚊帳の外なのであった。
***
「「リルナー! ユウー!」」
ディースルオンに到着すると、現地民が温かく出迎えてくれた。
「突然バタバタとバラギオンどもが堕ちていったから、何事かと思ったぞ」
ラスラは驚きとともに、助かった旨を伝えてくる。
信じられないことだが。独立戦争を遥かに凌ぐ規模だったにも関わらず、死者の一人も出ていないという。
アニエスとJ.C.の影ながらの助力、ユウの《マインドリンカー》による繋がり、現地民の奮闘。
どれか一つでも欠ければ、あり得ない奇跡だった。
ルナトープやディーレバッツの面々に二人は揉みくちゃにされた後、プラトーはいつもらしく控えめにやってきた。
「帰ったかリルナ。どうやらちゃんと捕まえてきたようだな」
「ただいま。プラトー。ほら、この通りだ」
リルナは最愛のユウを引き寄せ、白昼堂々口付けをかました。
周りからヒューヒューと歓声が上がる。
相変わらずの大胆さに、ユウは目を白黒させている。
そして、二人にとっては初顔もあった。
「はじめまして。わたし、エレンシアです。伝説の英雄のお二人に会えて光栄ですっ!」
『救世の戦姫』リルナと『知られざる英雄』ユウのお姿に、彼女はもう目をキラキラさせていた。
かつてヒュミテとナトゥラはシステムに支配され、何の意味もなく殺し合っていた。
テオはこの残酷過ぎる真実を伏せるため、ユウの活躍を公にすることはできなかったが。
子供にもわかるおとぎ話として改変し、内々には二人の活躍を語り聞かせていたのだ。
「こんにちは。エレンシア」
「ふふ。礼儀正しいいい子だな。よろしく頼む」
二人とも屈んで握手すると、「わあー」とエレンシアはすっかり感激している。
「あの! ユウさんとリルナさんは、どうやってお知り合いになられたのですか?」
「えーーっと……。どこから話したものかな」
「そんなに素敵な出会いではなかったからな」
「大丈夫です。ぜひ! ぜひ聞かせて下さい!」
殺し合いから始まった奇妙な関係を、子供に話しても問題ないよう上手いことぼかして話していく二人。
一通り話を聞き終えたエレンシアは、素敵な関係に憧れをますます強くしていた。
「そうだ。ところでわたし、誰の子供でしょうか?」
無邪気な笑顔とともに、クイズをかましてくる彼女。
ユウはまじまじと彼女の顔を見つめ、真剣に考えた後。
「その面影は……まさか。ラスラと、ロレンツか?」
自分で言っててまさかの組み合わせに、ユウは心底驚いたのであるが。
「はい。正解です。さすがですねっ!」
「マジか」
リルナも二人の犬猿の仲っぷりは散々見ていたので、さすがに面食らっている。
子供服のスカートを靡かせて、エレンシアは花のように笑う。
「わたしエレンシア、お父さまとお母さまが深く愛し合って生まれましたっ!」
言葉に一点の曇りなく、愛されて育ってきたことがよくわかる。
ふと見れば、ラスラとロレンツは顔を真っ赤にし。互いにそっぽ向いて、まともに鳴りもしない口笛を吹いている。
勢いで「できちゃった」くだりを、いい感じに誤魔化したのがありありだった。
いつの間にユウの横に忍び寄っていたアスティがそっと肩を叩き、一言。
「まーお察しの通りです」
「やっぱりか……」
かつて酔っぱらって寝ていた女としての自分に、夜這いをかけようとした彼の情けない姿をありありと思い起こし。
見境ないなお前、と内心突っ込みを入れるも。
ただ娘の前でデレデレしている親バカぶりを見てしまうと、幸せならいいかという気分にもなった。
その後、ステアゴルが今度は双子を連れてきてリルナが仰天したりと。色々あったが。
「ひとまずエルンティアは何とかなったかな。次はいよいよエラネルか……」
星のほとんどが敵になってしまっている。一番厄介な状態だった。
しかしここを解放しないことには、地球には辿り着けないらしい。
「どうやって行くつもりだ」
リルナが問うと。
「はい。あたしなら転移魔法で送れるんですけど。さすがにちょっと、だいぶ疲れちゃいました……」
完全に魔力切れを起こしており、アニエスはすっかりふらふらになっていた。
リルナは頷き、ユウに提案する。
「焦っても仕方ない。わたしたちも連戦で消耗していることだしな。今日はゆっくり英気を養い、明日打って出よう」
「そうだね。みんなにはもう少し我慢してもらうことになるけど、万全に体調を整えて行こう」
「だったら祝いだ。こんなときこそだな」
ロレンツがウインクする。エルンティアでは、大変なときこそしっかり祝うのだ。
リルナとユウが里帰りしたという報が駆け巡ると、気付けば盛大なパーティーとなり。色とりどりの料理が振舞われた。
ユウは旅の思い出を語れる範囲で語り、リルナはミック兄妹と過ごした日々を面白おかしく話す。
みんなそれぞれ過ごした月日だけの積み重ねがあり、人生がある。旧交を温めるのは大いに盛り上がった。
また「二次会」にはハルも遠隔で参加し、ユウの恋バナは三人で賑やかになった。
アニエスはユウの過去についてよく知っていたため、ようやく話題を共有できる仲間が増えた気分だった。
***
そして、深夜過ぎ。
アニエスは一人、夜風に黄昏れていた。
もういっぱい泣いた。死ぬほど泣いた。
みんなの前では、せめて弱さを見せないようにと。そうしてる場合じゃないから。
努めて明るく振舞った。いつものようにできていたかな……。
受け止めたつもりになっていても、思い出すとまたひどく苦しくなる。
そこへもう一人、静かに現れた。
「アニエス。起きていたのか」
「ユウくん……。どうしたんですか」
「たぶん、君と考えていることは同じさ。どうしても眠れなくてね」
本当は誰が、この負けられない戦いの先陣を切ってくれたのか。
繋がっているからこそわかる。
二人とも、同じ人のことを想っている。
ユウは、ジルフさんとの約束を果たす決意を新たにしていた。
明日には、きっと。
あなたの愛した人は。先生は。必ず取り戻す。
「あのね、ユウくん」
「わかってる」
あの人はもう何も言えないだろうから。代わりに彼が言ってあげることにする。
それがせめてもの「年長者」としての務めだと思うから。
「気にするな。あの人は、後悔なんてないと思うよ。君を守るために、望んで選んだことなのだから」
「……えへへ。ダメですね、あたし。そんなこと、わかってたつもりだったんですけど」
アニエスは切なく笑い、ユウにもたれかかって。ぽつりと言った。
「すみません。もう少しだけ、泣いてもいいですか?」
「ああ。好きなだけ、泣いてあげたらいい」
彼女はユウの胸に顔を埋め、慟哭を上げた。
物陰で覗く影が一つ。
リルナも起き出したユウに気付いて、こっそり後を付けていたが。さすがに野暮だと判断する。
ただ優しく目を細めて、泣き続けるアニエスを温かく見守っていた。




