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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 後編

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”フェバルを真に殺す者”

[人工生命の星『エルンティア』 ティア大陸 大雪原]


 この星でも、『星海 ユウ討伐部隊』による強襲が始まった。

 迎え撃つにあたっては、ヒュミテもナトゥラもほとんどいない不毛のティア大陸。

 極力そこへ敵を引き込み、被害を出さないように戦う作戦が取られた。

《マインドリンカー》による想いの力は環境毒からも身を保護する力があるらしく、そこに蔓延する放射能は問題とならない。


 『星海 ユウ討伐部隊』の隊長および副隊長、さらに敵主力に関しては、ダイラー星系列の艦隊が辛うじて侵攻を食い止めているようだ。

 トーマス、ブレイ、ザックス、ラミィの四人総がかりで、何とか相手している状況。それもいつ破られるかはわからない。

 エルンティアには悪夢のバラギオン以下多数の兵器と、部隊の主力未満が主としてなだれ込むことになった。

 かつてたった一機で星全土を追い詰めたバラギオンの姿が、多数空に現れる。

 エルンティア陣営にも恐怖の記憶は古びておらず、皆騒然となるが。

 既に戦いのレベルは、焦土級など置き去りにしている。

 それほどまでにあれからのユウの旅の経験と、そうして得た想いの力のバフは凄まじいものがあった。

 ユウとリルナを信じて、まずはステアゴルが先陣を切った。

 パワーアームの一撃で見事バラギオンを破壊してみせたことから、一気に流れが変わる。

 自信を得たラスラたち他も動き出す。連携して機械兵器群や部隊雑兵と応戦し、次々と戦果を挙げていく。

 もはやシステムや兵器の支配に脅かされていた星の姿はどこにもなかった。

 だが彼らでは犠牲の出かねない思わぬ伏兵もおり、ヴィッターヴァイツは陰ながら彼の足止めに力を注いでいた。

 かつて旧エストティアを恐怖の底に陥れた男――【逆転】のワルターである。

 数年前、エルンティア独立戦争の後始末としてウィルにコテンパンにやられ、能力も封じられて惨めに彷徨っていたのだが。

 星々を渡っていたアイに偶然目を付けられ、能力封じを解除された上に大幅パワーアップを遂げた。

 全盛期以上の強さになって、三度この星へ舞い戻ってきたのである。

 並みのフェバルより数段は強い相手だったが。元より武闘派であり、『異常生命体』として想いの力を纏った今のヴィッターヴァイツならば互角に打ち合うことができた。

 ワルターは星海親子への積年の恨みを隠そうともせず、声を張り上げる。


「あんな雑魚どもになど。本来この力をもってすれば、やられるはずはなかったのだ!」


 油断していたために母には魔力銃で撃ち抜かれ、子には出し抜かれ。


「ホシミ ユウなど。あんな奴、この手で簡単に捻り潰してくれる!」


 実力ならば決して負けるはずはないのだと、復讐心に燃える男は吼えるも。

 拳を交えていたヴィッターヴァイツは可笑しくてたまらず、大笑いしてしまった。


「はーっはっはっはっは!」

「何が可笑しい?」


 ひとしきり笑った後、戦士は哀れなものを見る目で言った。


「貴様にはあの人間の本当の強さがわからんから、そうやって馬鹿にしていられるのだ」


 何度打ちのめされても、執念で立ち上がり。常に心を尽くし、やれるだけのことをする。

 だからこそ数々の不可能を可能にしてきた。

 力の大小、目に見える強さだけがすべてではない。そんなものであいつは戦っていない。

 単に見かけの実力で測ろうとするから、思わぬしっぺ返しをくらうことになる。

 ……かつてのオレのようにな。


「ホシミ ユウを舐めるな。あいつは強いぞ」


 あいつは大人しい外見と甘ったれの泣き虫ぶりから、一見するとそうは見えないが。

 どんなに弱かったときでも、誰かのためにどこまでも戦う心を持った戦士だ。

 その気高く尊い心に反して、ただ経験値だけがずっと足りなかった。

 もどかしいほどに、現実の強さが追い付いていなかった。

【神の器】は最高のポテンシャルを秘めるが、どうやら動き出しは鈍い。

【器】をそれなりの中身で満たし、育てるにはどうしても時間がかかる。

 ユウに与えられた【運命】は、決して適切にあいつ自身を成長させないよう仕向けてきたのだろう。

 安易にも薄汚れた『黒』の力を求めれば、戦う強さは得ても可能性は閉ざされてしまう。

 そしてユウ自身、残酷な世界に向き合うには。あまりにも無垢で、優し過ぎた。

 今、過酷な旅を経て。切なる想いに心身が追いつき――ようやく花開きつつある。

 元々すべてが足りないにも関わらず、遥か格上に心一つで食らいつき続けたあいつが。

 まともに戦える段階まで実力が追い付けば、どうなるか。どれほど末恐ろしいことになるのか。

 この世で最初にそれを思い知った彼だからこそ、確信していた。


「あの男はもう止まらんぞ。覚悟するがいい」


 フェバルでありながら、フェバルを超え。

【運命】に立ち向かう者の第一歩を、彼は心待ちにしていた。

 今、そのときが来ようとしている。



 ***



[トレヴァーク トラフ大平原]


「俺たちを超えるだと……? お前などにできるものか!」


 ガゼインは得体の知れない相手に底冷えするものを感じながら、虚勢で声を張り上げた。

 この男の「強さ」が見えない。まるで理解できない。

 なのに、なぜ先ほどから震えが止まらないのだ。なぜ俺は畏れているのだ!?

 自分でも自分がわからなかった。わけがわからなかった。

 まるで穏やかだったはずのこの男からは、今や対峙した者にしかわからない――凄みのようなものがあった。

 数年前には、まるで感じられなかったもの。もはや人の領域ではあり得ないもの。

 フェバルが持つ特有の雰囲気とも、また違う。

 何がお前をそこまで変えた。どんな馬鹿げたことがあれば、そうなるのだ!


 ユウが慎重に間合いを見極めながら、一歩。また一歩と迫ってくる。

 彼に剣が届く領域へと、堂々足を踏み入れようとしている。


 やめろ。来るな……!


 ガゼインは内心で呻く。

 どうしてか。戦り合えば間違いなく、力は圧倒しているはずなのに。

 今も感じられる気力も魔力も、そこらにいる人間どもとさして変わらない。雑魚のままだというのに!

 まるで勝てるイメージが浮かばなかった。


「消えろッ!」


 精神的に圧されていたガゼインは、ついに伝家の宝刀を放つ。


【消去】


 手をかざし対象に向ければ、たちまち任意のものをこの世から消し去る。

 無論フェバルなど、一定の耐性を持っているが。

 数年前には確実に効いたものだ。足を捥いだ実績がある。

 奴ごときに効かないはずがないと。


 だが。


 ユウはその場で、軽く剣を振り払った。

 ガゼインには、そよ風が吹いたかに等しい風圧だけが届く。

 傍目には何をしたのか、まるでわからない。


 そして、何も起きなかった。


 ユウはまったく健在で、また一つ歩を進める。


 なんだ。何をした……!?


 ガゼインは混乱したまま、二度三度と手をかざす。


【消去】【消去】【消去】【消去】!


 彼が能力を用いた数と同じだけ、ユウは虚空へ剣を打ち払う。

 そしてやはり、何も起きない。


「あ、あ……」


 ついに彼も気付いて、狼狽えてしまった。

 間違いない。


【消去】の力が。直接、発動前に斬られている――!


 なんて奴だ……。

 フェバルの能力を。正確にそれだけを。

 原理も何もかも、まるで見えない。意味がわからない。

 そんな馬鹿げた芸当ができる者が、この世に存在したというのか――。


 ユウは徐々に迫る間も、一つもガゼインから視線を漏らさなかった。

 焦れば何をするかわからない。星を破壊しようとするかもしれない。

 極めて用心深く、慎重だった。

 あらゆる技と能力の本質を見極め、魂すらも見抜く心眼が。

 すべてを見透かす瞳が、じっと敵を見据えている。


 ガゼインは恐怖した。


「うおおおおおおおおおおーーーーーっ!」


 もはややけくそだった。

 放つ。放つ。やたら滅多と全力で撃ち放つ。


 消えろ。消えてしまえッ!


 だがいかに圧倒的に見える魔法も。技も。能力も。

 ひとたび彼が剣を振り払えば。構成そのものが破壊されて、たちまち消えゆく。

 フェバルに対して、只人が何をやってもまったく効かないように。

 完全に意趣返しされている。超越者にとって、彼こそが今ようやく現れし天敵だった。

 己の誇りとするものが何一つとして通用しない現実に、男は打ちのめされていた。


 馬鹿な。そんな馬鹿な……!

 あり得ない。あり得ないあり得ないあり得ない!


 気付けば、斬りかかりの間合いに完全に入っており。

 ユウは相手の本質をしかと見定めていた。


 アイに操られているだけならば、まだ救いようがあった。

 だがこの男の本質は、元々があまりにも罪に染まっている。


「お前はもう救えない。この先生かしておいても、無暗に人を傷付けることしかしないだろう」


 今回(・・)のヴィッターヴァイツが外道に堕ちても最低限持っていた誇り高さも、抱え続けていた人としての苦悩もない。

 とっくに人の道を外れ切った、ただの化け物へと堕落している。

 人間としてのガゼインは……とうに死んでいる。


「だから。ここで終わりにしよう」


 ユウは一瞬哀しげに目を細め。ついに決断する。

 これから『終わらせる』者への怒りや憎しみではなく、慈悲の心をもって。

 もうそれができる力を持っているから。

 ここで自ら手を下さなければ、これからもっとたくさんの救われない者たちが出てしまうから。

 アイを倒し切れなかったばかりに、ここまで被害が拡大してしまったように。

 だからユウは、まだ見ぬ人々の未来を守るために。最も残酷な審判を下すのだ。


「終わりだと……!? どう終わるというのだ!? フェバルはそう簡単には死なんぞ! 死ぬはずがないッ!」


 今やすっかり怯え、ほとんど悲鳴のような心の叫びを吐き出す相手を真剣に見つめ。

 青剣がきらめきを放つ。すべてを断つ想いの力が、穏やかに燃え上がる。

 ユウにはとうに視えていた。

 フェバルが持つ圧倒的な力に反して。その魂の輝きのすり減って、いかに弱々しいことか。

 誰の目にも映るものは天を衝くばかりに溢れているのに、内実は赤子よりも儚い。

 かつてラナが言っていた感覚が、今ならよくわかる。


「終わるのは貴様だ! ホシミ ユウ!」


 結局はあくまでも己の誇る力に縋って。ガゼインが飛び掛かる。


 そうすればこれまで、いかなる人間をも屈服せしめてきたのだ。

 この力を振るえば、どんな奴も簡単に消し飛んだ。

 たかが数年前、取るに足らない雑魚だったヤツに。

 この俺が負けるはずがないッ!


 迎え撃つユウは、静かに剣を構え。そして。


 ――――――――


 わからない。

 だが決定的な何かを斬られたと感じたガゼインは、震え慄きながら背後へ振り返る。


 ――交差し、通り過ぎたユウが着地するところが見える。


 横薙ぎに振り払われた青剣の刀身は、今はただ静かに光を湛えていた。


 ユウはもう振り返ることなく。

 一撃で完全に断ち切った魂へ、餞別の念を込めて告げた。


「さようなら。ガゼイン」


 次の瞬間――ガゼインの全身が青い光に包まれて、立ちどころに崩壊する。

 人の範疇である者に対しては、『終わり』をもたらす浄化の光。何ら苦痛をもたらすことはしない。

 だが薄汚れてしまった魂には。彼の罪深さに応じて、壮絶な『痛み』をもたらす。

 ガゼインはまともな声にもならない絶叫を上げ、それが最期になった。


 汚れ切った魂が浄化され、淡い海色の輝きの粒子となって大気に溶けてゆく。

 この青は魂の持つ輝き、あるいは生命の母たる海の色とされている。

 あらゆるものを斬る点において、『青の剣』は『黒の剣』や『白の剣』と類するものがある。

 しかし決定的に異なるのは、その深さ(・・)である。

『青の剣』は魂あるいは本源そのものへと深く刺さり、理や概念――【運命】にすら届く。

 だから、完全に砕かれた魂は。【運命】の下から解き放たれ、もう星脈へ還ることもない。

 この先どれほど宇宙が繰り返そうとも、決して二度と蘇らない。真なる永遠の終わりをもたらす。

 だからこそ。『終わらせる』覚悟を持たなければ、決して振るうことができない。

 ただ『去り行く者』の想いと、『痛み』だけは。もう何者にも脅かされることはないから。

 ユウ自身が、為した業とともにしかと受け止めて。【神の器】に受け入れて。

 この手で『終わらせた』救われない者のために。せめて冥福を祈るのだ。


 だがここは戦場。いつまでも浸っているわけにはいかない。

 ユウは心の剣を構え直すと、念じてこの星を脅かすすべての敵に狙いを定めた。

 そして、振り払う。

 一見すると、ただ素振りしたようにしか見えないが。効果は絶大だった。

 剣閃の青光がまったく物理軌道を無視して、同時に多数の敵へと煌めく。

 大地の敵が輝きに打ちのめされ、空が爆ぜる。

 かつてナイトメア=エルゼムと戦った際、雑魚ナイトメアを一撃で滅ぼしたように。

 他を一切傷付けることなく。想い定めた者に対してのみ、正確に届く。

 これだけですべてが終わったわけではないが、凄まじい足切りを成し遂げて。

 フェバル級未満の者については、もはや相手にもならない。

 それほどまでに、覚醒したユウの力は通常時からかけ離れていた。

『黒』や『白』と違うのは。今のユウはまったく元の心を保ったまま、理性的に力を振るうことができる。

 単純な出力においては、『黒』や『白』には敵わないだろう。

 あらゆる『ユウ』の中で、最も弱い事実には変わらない。

 しかしその力は、完璧に制御されている。余計なものを傷付けず、きめ細やかに届く。

 そして彼を包むオーラは未だ青白く、深青には至らない。人としての限界点を示してもいた。

 青剣に押し込める形で想いを集約し、その恩恵を受けて身体にも力を宿しているが。

 彼自身がすべての想いを受け止める【器】になれたわけではない。

 これでもなお未完成なのだ。無数の星々を呑み込んだ『女神』アイには、まだ及ばないだろう。

 ただ彼には、そのあと一歩ももう少しでいけそうな気がしていた。

 アイと再び対峙するときには、その答えを掴まなくてはいけない。

 ただ、ひとまずは。


 リルナ。受付のお姉さん。

 今助けに行くよ。


 そして。

 想いの力を解き放ったユウがトレヴァークに平和を取り戻すのに、ものの十分もかからなかった。

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