3-315”ラナソールから来た旅人”
ついにトレヴァーク襲撃が始まった。
雑兵はほぼ受付のお姉さんが受け持ち、地に空にと縦横無尽に駆け回る。
《お姉さんパンチ》!
《お姉さんキック》!
自慢のお姉さんシリーズが繰り出されるたびに、虹色のオーラが迸り。
バッタバッタと宇宙のならず者たちが薙ぎ倒されていく様は、爽快ですらあった。
もらったバフの具合を確かめて、彼女はにやりと笑う。
「全然萎える気がしないわ。無限に戦えそう!」
彼女は出し惜しみせず、お姉さんシリーズを全力投入し続けることを決める。
おかげ様で、ユウとリルナはそれぞれ強敵に集中することができた。
リルナは、『星級生命体』レヴェハラーナとマッチアップする。
洗脳時、よほど抵抗したのだろうか。
今は物言うことすらできぬほど徹底的に理性を融かされた相手に、リルナは同情心を覚えないでもないが。
彼女の本心が助けを求めていることを、高められた心の力は正確に見抜いていた。
こうして望まぬ者まで残酷な行為に挑ませるとは。
アイとはあまりにもひどい奴だと、リルナは改めて思う。
「心配するな。殺しはせん。この力で元に戻してやろう」
水色の光刃《インクリア》を抜き、星を揺るがす激戦が幕を開ける。
***
そして、ユウは。
かつてまったく敵わなかった相手、フェバルのガゼインと対峙していた。
アッサベルトの旅の初期に、ほんの気まぐれで殺されかけた相手である。
しかもそれが遥かにパワーアップしているというのだから、実に始末が悪い。
当時、全身の骨を砕かれ、片足まで捥がれて。内臓も深く傷付けられた。
あのときアトリアが来てくれなければ、彼は間違いなく死んでいたことだろう。
あれから五年ほどになる。
フェバルの長命からすればほんの瞬きの間であるが、このわずかな期間にユウの得た経験には凄まじいものがあった。
この男には、目の前で鉱山街を壊滅させられた苦い思い出がある。人もたくさん殺された。
因縁の宿敵を前に、ユウは静かに睨みを強めていた。
「お前のことはあの日から忘れもしなかったよ。ガゼイン」
左手に作り出した剣は、通常の気剣とはまるで異なる――深青の輝きに満ちていた。
「お前のことなどすぐに忘れていたのだがな。アイ様が思い出させてくれたよ」
知らぬ輝きを前にしても、ガゼインは本来の気質からまったく敵を侮っていた。
なぜなら、一片たりとも力強さを感じられないからだ。
フェバルならば当然有しているはずの、世界を揺るがすほどの力の興りが。まるでどこにもない。
むしろあのときよりもさらに弱々しく「衰えた」力を鼻で嗤い、ガゼインは嘲りとともに言った。
「そんなちっぽけなパワーで。たった一本の剣だけで、お前ごときに何ができると言うのだ」
「……そうだよな。お前たちには散々打ちのめされて、泣かされて、絶望させられてきた」
「無論だ。アイ様は何をこんな雑魚を気にかけているのか」
「でも、いつまでもそれじゃダメなんだ。もう負けるわけにはいかないから」
「下らん戯言を。勝てるわけがなかろう。あのときと同じだ――死ね」
ガゼインは力任せのままに光の魔力波を放つ。
大気を焦がし、地表に当たれば粉々に砕くだろう。
『世界の壁』も容易に貫く、掛け値なしに星撃級の一撃である。
だがしかし、ガゼインはそこで思わず目を見張ることになるのだった。
ユウが想いの力を込めて拳を一払いすると、いともあっさりと光線は打ち上げられて。
何ら星の脅威となることなく、空の彼方へと消えていった。
なんだ。何をした……?
ガゼインはわけがわからず、ただ困惑する。
だと言うのに。ユウから感じられる力は、未だ超越者の水準からほど遠い。ずっと人間並みに弱々しいままだからだ。
そんな芸当ができるとは、到底信じられなかった。
「なぜだ。お前の一体どこにそんな力が……!? お前、何者なんだ……?」
理屈に合わない。道理に合わない。現実が嘘を吐いているとしか思えない。
仮に操られていなくとも、まったく同様の反応を示したことだろう。
不思議に問うガゼインに、ユウは噛み締めるように語り出す。
「俺は地球で生まれ育ち、いくつもの世界で絆と愛と……運命の残酷さを知った」
エラネルでは、かけがえのない青春と友情を。
ミシュラバムでは、食べることと命の尊さを。
イスキラでは、夢への情熱と人としての限界を。
エルンティアでは、フェバルの力への意志と大切な愛を。
名も無き世界では、そこにある小さな幸せを。
アッサベルトでは、どんなに足掻いても友を救えなかった『絶望』を。
ラナソールとトレヴァークでは、誰も悪くなくても時に残酷なことをしなければならない『覚悟』を。
リデルアースでは、決して消えることのない『痛み』を。
「今はなきリデルアースに残された、たった一人の戦士」
かつて地球では、本当はたくさんの人に愛されていたことを。
そして、自分が本当は何者であるのかを。
今こうして託された、数多の想いを。その輝きを。
ほんの一瞬、寂しそうに目を細めて。
ここに振るう者はいても、君たちはもうどこにもいないから。
『去り行く者』の想いは。『死に行く者』の『痛み』は。
今を生きる者の切なる願いと、祈りとともに。
誰かが引き継いで、前へと向かわなくてはならない。
ただ翻弄され、流されるままの旅から。
確固たる人の意志をもって、【運命】に立ち向かわなくてはならない。
そうしなければ。
この救われないことばかりの世界を、誰が変えられるのか。
彼が剣から視線を離し、改めて敵を見据えたとき。
もう迷いはなかった。
「そして――夢想の世界から来た旅人だ」
「何をごちゃごちゃと意味のわからないことを」
苛立つ目の前の男には答えず、ユウは思う。
決して消えない『傷』と『痛み』を抱えて。俺はたぶん決定的に変わってしまった。
もう純粋だったあの頃には二度と戻れない。
それでも。だからこそ。今の自分にしかできないことがある。
この手に何ができるのかを、もう知っている。
だから。ユウは改めて決意する。
俺はもう逃げない。
過去からも。運命からも。いかに残酷な人の業からも。
優しさだけでは、世界は救えないことも。
甘さだけでは、時に何もかもを奪われることを。
どんなに望んでも。すべてを救うことはできないことを。
神ならざる人だから。どうしても選ばなくちゃいけないから。
けれど。この優しさも甘さも、決して捨て去りはしない。
それでもできることならば。
この救われない世界が、少しでも優しくなるように。
できれば俺は、優しくありたいんだ。
だが必要なことならば。大切なものを守り抜くためならば。
どんな残酷なことだってしよう。
世界だって何だって、この手で斬ってみせる。
「お前たちが未来を覆う壁になるというのなら。【運命】が行く手を遮るのなら。この手で切り拓く。最後まで戦って戦って、戦い抜いてやる」
「甘い。甘いんだよ。そんな覚悟一つでどうにかなるような世界に、俺たちは生きてないだろう!?」
「そうだな」
――確かにこれまでは、そうだった。
今回の彼一人だけではない。
きっとこれまでの報われなかった数多の世界線が。『黒の旅人』の執念が。
この今を願って、たった一度の奇跡を起こした。
『彼』に続く多くの者たちが紡いできた想いは『道』となり、まだこの先へと続いている。
過去から託されたものを今から未来へ届ける者は――ここにいる。
「確かに俺は。宇宙を覆う巨大な【運命】に比べれば、ちっぽけな一つの剣でしかないのかもしれない」
今や【神の器】の力をほとんど奪われて。
当たり前のようにあった無限ストレージも、技の吸収能力も。ほとんど何もかもが使えない。
そんな俺にまだ残されたものは。心だけが。
いっそう高まる想いを胸に。青剣の切っ先を鋭く向けて。
ユウは目の前の男を通じて、これから挑む世界の大きさに想いを馳せ。
【運命】に。その傀儡たちに。
正面から、宣戦布告する。
「だがこのたった一本の剣が――お前たちを貫く」
ユウの身に纏う気の質が、明らかに変わっていく。
白色だったオーラは、次第に青みがかっていき。間もなくはっきりと青白い光を湛える。
日本人らしい茶色だった瞳は、すうっと溶けるように綺麗な海色に変じていき。
フェバル特有の星瞳孔が美しい幾何学模様を描いて、淡く白い輝きを放つ。
欠片残っていたフェバルとしての力の恩恵もすべて投げ捨てて。むしろ等身大の人間へと、見かけの強さはさらに落ちていく。
だと言うのに。測り取れる事実からすれば、自分より遥かに弱いはずなのに。
ガゼインは、今やはっきりと彼を脅威に感じていた。畏れすらあった。
わからない。何をそんなに怖がっているのか。
なぜ俺は震えている。
だがそこには確かに、まったく測り知れない何かがあるとしか思えなかった。
個の想いで灯す《マインドバースト》をまるで違う次元へ昇華させたその技は。
TS能力の見かけに隠された神髄を。
この世の真実を見極め、魂というべきもの――本源に触れる力。
TS能力者としての、真の力を引き出す。
「覚悟しろ。今こそ。この心に、魂に賭けて! 俺はフェバルたちを超えていく!」
その技の名は――《トランスソウルバースト》
もはや一時のものに限らない『奇跡の力』が。束ねた想いが集約され、現実にまで届くとき。
TS能力者ユウの最初にして、鮮烈なる一歩が幕を開ける。




