1-72"必ず助けに行く”
惑星エラネルにて、孤独な潜伏を強いられていたミリアとエイミーだったが。
【無限の浸透(インフィニティ=ペネトレーション)】と【神の器】の相乗効果によって強化された心の声は、遥か星の彼方までピンポイントに届く。
既に操られてしまった人間にまでは、さすがに声は届かない。だから直接触れて治してやる必要はあるが。
今最も助けが欲しいところには、はっきりと届いた。
『ミリア。聞こえるか』
「その声は、まさか……! ユウ、ユウですか!?」
あのとき自分を護ってくれた『声』は気のせいではなかったのだと、彼女は確信して。
子供のエイミーの前に気を張っていても、やはり心細かった現状。
懐かしく温かい声に、つい涙ぐんでしまう。
隣ではエイミーがわけもわからず、きょろきょろしていた。
「え。ユウって、例のユウさんですか? どこ!?」
『君はエイミーだね。話は聞いているよ』
アニエス(ユウとはお互い「思ったよりずっと早い再会になっちゃいましたね」と苦笑いした)が最低限にと教えてくれた情報から、この世界にとって極めて重要な人物であることだけは伝え聞いている。
また、アリス先生の最初の生徒であるとも聞いている。
実際、彼女の朗らかな性質を健やかに引き継いでいるようだ。
「わーお。これはびっくり体験です」
根からの研究者気質が、平時であればすぐにでも原理解明に取り掛かりたいところだと好奇心を撫でる。
『二人とも、思うまま念じて欲しい。そうすれば伝わるから』
『こうですか』『こうですね』
ミリアもエイミーもすぐにコツを掴んで。
頷いたユウは、時間もないので手短に事情を説明する。
『いきなりなんだけど。今宇宙ではとても大変なことになっててね』
『アイって奴ですか』『ですね!』
『そうなんだ。アリスも他のみんなも、そいつのせいで操られてしまっている』
ユウは残された仲間を集め、宿敵アイと存亡を賭けて死闘に臨もうとしていることをすらすらと明かした。
ミリアは話しながら、とても奇妙な、不思議な気分に浸っていた。
あのユウがすっかり大人びて、堂々としていて。時の流れを嫌でも感じてしまう。
……それはまあ、お互い様かもしれませんが。
何よりも。
もう二度と会えないと思っていたのに。こんなにも遠くにいるのに。
心はずっと近くに感じて。
……なのに。
やっぱりもう、ずっと遠くて。
話すうち、ミリアにはわかってしまった。
よく知っていたはずの「可愛い子」は、もうそのままではあり得なかった。
かつてずっと近くで触れていたからこそ。今も愛しているからこそわかる。
彼の話すこと、心の動きの端々にほんのりと滲む――壮絶な『痛み』と『覚悟』を。
ユウ。あなた……。
優しさや話す雰囲気は変わらないでいて、でも奥底ではどこまで変わってしまったの?
いったい何があれば。どんな旅を経れば。そこまで……。
ユウはきっと、「そこまで」は決して語りはしないのだろう。相当抱え込む人だから。
とても思い出として伝えられるものではないのだろうとも、彼女は薄々悟っていた。
旧友と再び語らえた、懐かしさと嬉しさはそのままに。
どうしても感じてしまう一抹の寂しさだけは、本人には直接伝えない。ぐっと胸の内にだけ秘めて。
『あなたって、前々から巻き込まれ体質だとは思ってましたけど。やっぱりとんでもない星の下に生まれてますよね』
『はは。そうみたい』
ミリアは感心と呆れ交じりに溜息を吐く。
世界、世界、世界と来て。今度は宇宙だって。
まるでバカみたいな、絵に描いたような英雄人生。
「普通」を誰より望むユウには、ちっとも似つかわしくなくて。
あなたは本当は、私たちの隣にいて穏やかに笑っている。それだけのささやかな幸せで十分だったのに。
本当に可哀想で……。
でもあなたは度を超えて優しいから。人の想いを諦められないから。
きっと。ここまで来てしまった。
『フェバルなのに、来ても平気なんですか?』
『それがね……。今ちょっとフェバルなのかも微妙な状態になっててさ。時間制限もないみたいだから』
これは「時間切れ」だったイスキラ始め、トレヴァークにいても何ともないことからの推定的証拠ではあるのだが。
おそらくエラネルも同様だろうとユウは考えている。
『つまり、変なユウってことですね』
『すっかりバグっちゃったみたい』
『まあいつも通りと言えば、いつも通りですか。ユウが変なことなんて』
『そうかもね。だからさ、また会いに行くよ』
それを聞いて、ミリアは不謹慎にも喜んでしまう自分がいた。
アリスと敵対したときは、ひどく哀しい気分になりましたが。
また大好きな人と会えるというのなら。
これも悪くない巡り合わせかもしれないですね。
『で、あのさ……。ミリア』
『はい。何ですか』
ユウもまた、ミリアが感じてしまっている心の距離感だけは薄々伝わっていた。
ただ、どうにもならなくて。あのときのままでは、もういられなくて。
どうしても言葉に詰まる。
『俺も……あれから色々あってさ。本当に、たくさんのことが』
『ええ。わかっていますよ』
『今だからわかることも……。きっとあって』
『…………』
これ以上は、いけない。
こんなときなのに。きっと人目も憚らずに泣いてしまう。
ミリアは胸いっぱいに込み上げる気持ちを抑えて、どうにか言った。
『大事なことは……直接会ったときに伝えましょうか』
『そうだね……』
ややしんみりとしてしまったけれど。今は互いに切ない気持ちをぐっと飲み込む。
エイミーは「大人の会話だー」と、あえて口は噤んでじっと聞いていた。
『とにかく。今は大変だろうけど、何とか耐えてくれ。必ず助けに行くから』
『わかりました。首を長くして待ってますよ』
『私も待ってますっ!』
最後に護りの《マインドリンカー》を付与して、心通信が切れた。
「あーあ。言うだけ言って、慌ただしく行っちゃいましたね」
「……やっぱり、ずっと戦ってたんですね。あの人」
薄々予想できた話ではあるが。改めて聞けば凄まじいものがある。
平和に暮らしてきた10数年と、過酷な運命と戦い続けた10数年。
どうしたって。あまりにも過ごした日々が違い過ぎる。
それでも。変わらないものも、確かにあって。
「でも何だか、ちょっと安心しました」
「ふふ。そうでしょう?」
周りは変わらず絶望的な状況だと言うのに。少し話しただけで勇気をくれる。
自分だって不安でいっぱいなのに。恐れているのに。誰よりも前で立ち向かう。
ユウとは、そんな人なのだ。
「アリス先生のことも。きっと助かりますよね」
「ええ。絶対に私たちで助け出しましょう」
「ですね。よーし。だったら私、落ち込んでいられないです。負けないぞー!」
エイミーには少しだけ、みんながあの人に抱いていた気持ちがわかった気がした。
はっきり言って、ちょっと話しただけで。強いのか頼れるのかもよくわからないけれど。
ただ、不思議と優しくて温かくて。何より。
きっとどんなことでも一生懸命何とかしてくれそうな、そんな雰囲気を感じるのだ。
***
ミリアやエイミーと同じく、もう一人無事な心の反応を彼は見つけた。
不思議に思いながらも、ユウは敬愛する先輩に繋ぐ。
『カルラ先輩。聞こえますか』
『ユウね。いいところに来たわ』
『……驚かないんですね。逆にびっくりしました』
『そのうちね。声でもかけてくるんじゃないかと思っていたの』
『マジですか。どうして』
『女の勘よ』
本当はあの人がそれとなく教えてくれたんだけどね、とカルラは内心苦笑いする。
ユウから一通りの説明を受けて、カルラも危うい世界の事情を呑み込んだ。
『今はじっと耐えるときってわけね』
『ですね。そのうち助けに行きますので』
仮に《マインドリンカー》の力で、みんなの手で他がどうにかできたとして。
やはりレンクスだけは別格だ。
直接この手で相手しなければならないだろうと、ユウは覚悟していた。
今下手に動けば、彼に悟られるリスクが高いから。
『……でもね。そのときが来たら、一つ任せて欲しいの』
カルラの強い決意に、ユウも息を呑む。
『どうしてもこの手で、叩き起こしたい奴がいるから』
彼女の脳裏で、幻影が揺れる。
――もう俺がいなくても、大丈夫そうか。
ええ。わたしはもう、大好きな人を見つけたから。
――そうか。幸せになれよ。
ごめんね。いつも頼ってばかりで。何もしてあげられなくて。
――気にするな。そんなことはないさ。それに。
すべては、ほんの気まぐれのことだ。
最後に精一杯、恰好を付けて。
彼女の中にわずか残っていた「気配」が、役目を果たしたと今度こそ完全に消えていく。
『彼』の無念が与えることになった護りの力は、今代のユウが繋ぐ確かな《マインドリンカー》へと引き継がれて。
また目の端に浮かんだ涙を拭い、今度こそ今のユウの先輩になったカルラは。強く笑って。
『あいつったら、ほんとさ。しょうがないよね。いつも下らないことばっかで喧嘩して』
少し想ってみただけで。たくさんの思い出が溢れてくる。
結局どんなときも一番に心配して。死刑になるところだったのも、必死になって庇ってくれて。
昔から。互いに思うところがあるからこそ、たくさんぶつかった。
いつだって。誰より真っ直ぐにわたしに向かってきたのは、あなただった。
『だからね。だから、今度も喧嘩で済ませるのよ』
主義主張が違っても。どちらかが闇堕ちしたり、操られていても。殺し合いになりそうでも。
じっくり喧嘩して、仲直りすればいい。アリスがそう教えてくれたんだから。
今は可哀想に歪んでしまったあの子だって、あなたたちが絶対に叩き起こしてくれる。
そう信じてる。
『……わかりました。アーガスのことは――あいつのことは任せます』
『ばっちり任せなさい! こっちはね、まずミリアとエイミーと合流して。それからね』
カルラは「らしく」、努めて明るく話し続けた。心配性のユウを一つでも安心させるために。
そして最後に一つ、先輩として温かい励ましを贈る。切なる想いとともに。
『ユウ。あのとき、わたしを救ってくれたみたいに。今度はもう一人のあなたを助けてあげなさい。ずっと待っているはずだから』
『はい。必ず助けに行きます』
ユウの心強い返事を最後に、声は途切れる。
いよいよ向こうでも本格的に戦いが始まったようだ。
カルラの胸の内を、温かくそして切ない気持ちが満たす。
――ありがとう。『ユウ』。
誰よりも不器用で優しい彼と、誰よりも真っ直ぐで優しい彼に。
――もう大丈夫だから。きっとあのバカを叩き起こしに行ってやるわ。
それぞれの世界で。友たちは再起する。




