2-76"再起動"
エルンティア全滅。
それはほんのわずかの間の出来事だったので、ほとんどの当人たちにとっては悪い夢のように捉えられたようだ。
実際は痛々しく傷付いた建物や大地が、それが一切夢ではなかったことを示しているのだが。
ともかく、アニエスとJ.C.の計らいによって復活した者たちには彼女らより接触を図り、この星が再び危機に陥っていることが説明された。
アイは人々の復活を察知し、必ずや第二の脅威を差し向けてくるだろうと。
最初こそ半信半疑だったが、ここでもミズハの【無限の浸透(インフィニティ=ペネトレーション)】が役に立った。
リルナとユウの声が現地民に届くと、二人のカリスマは絶大だった。
『英雄王』テオは諸手を挙げ、防衛体制の整備と戦力の充実を約束した。
まず後方支援として自身とクディン、レミ、リュートらが。
そして、特務隊『ディーレバッツ』と解放隊『ルナトープ』の面々が再集結する。
今度はいがみ合い殺し合うためではなく、ともに手を取り合って世界を守るために。
ミズハを介して、《マインドリンカー》の力が星全体にかけられる。
彼らを脅威から護るユウの優しさが、温かく沁み渡っていく。
アニエスはラナソールで記憶のオーブと化して失うまで、自身を護ってくれた懐かしい温かさを「再び」感じた。
ついにここまで来たかと涙ぐみそうになっている。
「ユウくん……。力を取り戻したんですね」
彼女のよく知る『英雄』の姿まではあと一歩。
きっともう少しですね。そんな気がします。
「こいつは……。ユウめ、相当腕を上げたらしいな」
人は少し見ぬ間に変わるものとして、『ナトゥラ眠りて起きれば見違えて』とはいうが。数年もすれば、これほどまで凄まじいとは。
いったい何があればここまでになるのだ……。
プラトーは信じて送り出した男の頼もしい成長と並々ならぬ辛苦を想い、密かに熱く空恐ろしいものを感じている。
「がっはっは! さすがあいつらだな! どんどん力が溢れてくるぜえ!」
ステアゴルは自慢のパワーアームを振り回し、朗らかに笑った。
『ディーレバッツ』からはプラトー、ステアゴル、ブリンダ、ジード。
『ルナトープ』からはラスラ、ロレンツ、アスティ。
ユウやリルナと縁深い戦士たちは勢揃いし。
「繋がり」の深さと自身の高い実力の相乗効果により、フェバル級とも十分に戦える領域まで力を高められていた。
ラスラは数年ぶりの戦闘服に身を包み、堂々人前でぴっちりチャックをしめにかかるも。
うっかり肉付きの良いところで引っかかってしまった。
「む。ちょっときつくなったか」
経産し、子育てに勤しみ。ブランクがあったことの弊害かと顔をしかめる。
「幸せ太りですね♪」
「こら。言うんじゃない」
ラスラがコツンと叩くと、アスティは舌を出して笑っていた。
エレンシアは昔話にのみ聞いていた戦士姿の両親やみんなを眺めて、子供ながらに大興奮で目を輝かせている。
「お父さま、お母さま。世界の平和を守るため、御立派に戦ってきて下さいね!」
「よーし。パパ頑張っちゃうぞ!」
「しっかりいい子で待っているんだぞ。エレンシア」
「はい!」
そして、天使の笑顔をみんなにも振りまく。
「皆さまも頑張って下さいね!」
「ふふふ。もちろんよ。アスティお姉さん、大活躍しちゃいますからね」
他の面々も返事や親指を立てるなど、各々のやり方で返している。
ステアゴルは自分の双子に懐かれて、膝にとびつかれていた。
「「パパーがんばってー」」
「おうともよ! 父さんな、もういっちょヒーローになってくるぜ。母さんのとこでいい子にな」
「「はーい」」
来たる戦いに燃える仲間たちを見たプラトーは、自身も武者震いしているのを感じた。
ビームライフルを普通の腕にして久しいため、このままでは戦えない。新調して自分も戦おうかと申し出たが。
ジードが優しく肩を掴んで、引き留める。
「いや、ぬしはもう十分戦った。無理に前線へ立つことはないさ。後方で子供たちの未来を守ってやってくれ」
「そうか……。わかった」
「それだって立派な仕事よ? せっかくうちの鬼嫁が里帰りするって言うんだからさ。みんな無事でなきゃね」
「くく。確かにな」
ブリンダが元上司を親しげに弄り、プラトーも同意する。
ちょうどそのとき、リルナから念話が飛んできた。
『わたしだ。リルナだ。聞こえているか』
「おっと。噂すれば、懐かしい戦姫様の声だぞ」
ジードも同じく笑っている。
リルナは一同にトレヴァークの現況とエルンティアに迫る脅威を具体的に伝えた後、最後にこう伝えて締めた。
『こちらの状況が落ち着いたら、必ず一度応援に帰る。わたしのユウを連れてな。それまで、エルンティアのことは任せたぞ』
しれっとおアツい発言に、特にアスティ辺りから黄色い歓声が上がる。
「やることやってんなあ」
にやにやしきりのロレンツに、ラスラが恥ずかしそうに身を寄せて耳打ちする。
「私たちが人のこと言えるものか……」
景気付けにと、先ほども密かに一戦かました仲良し夫婦だった。二人目は近い。
さて。全員準備が整ったところで、テオが代表して発破をかけた。
『総員、命大事にいこう。かつての戦乱を乗り越えた我々の絆は強い。下らない外敵になど、一人たりとも命をくれてやる必要はないさ。必ずみんなで生きて未来を掴もう!』
『『応!』』
一同気合いの入った返事を受け、テオは不要な緊張を和らげるために一言添える。
『リルナとユウの里帰りを楽しく迎えられるようにな』
「違いねえ。弄り倒してやろうぜ」
ロレンツの軽快な発言に、場は和やかな笑いに包まれた。
***
盛り上がる戦士たちの喧噪からはやや離れたところで。
大男はエルンティアの濁り空の下、黄昏ていた。
「よもやこのオレが人の最高戦力になろうとはな」
今や人の良心を取り戻し、ばっちり《マインドリンカー》の加護を受けてしまったヴィッターヴァイツは、ばつが悪く苦笑いしている。
まさかこちら側で、しかも当然にユウの恩恵を受けて戦う羽目になるとは思わなかったが。巡り合わせというのはわからないものだ。
アイは強い。為すすべなく一撃で無様にやられてしまった。レンクスの強化具合を見ても明らかだ。
正直厳しい戦いにはなろうが……一撃でくたばりさえしなければ、姉貴と赤髪の女が何度でも回復してくれる。
テオとかいう男はよくぞ言ってくれたものだ。命大事にすることが、この戦いでは極めて重要なのだ。
ゾンビ戦法となろうとも、執念でくらいつき。必ずや皆の未来を繋いでみせよう。
「貴様らが来るまでは持ち堪えてやるさ。頑張れよ。ホシミ ユウ」
「こちらも気合十分ってとこかしらね」
「姉貴、後ろは任せたぞ」
「私とアニエスがいる限り、誰も死なせはしないわ。安心して戦って来なさい!」
J.C.がバシッと背中を叩き、「おじさん」はまた陰ながら「甥っ子」のために一肌脱ぐのだった。




