0-84”おにごっこ”
「やっぱりうちの親父とおふくろは操られちゃってるんですかね」
「だろうな。知らんが」
「一応、あんなのでも両親ではあるので……」
降って湧いたユナの遺産を掠め取ってから、ずっと堕落している。
人として到底褒められた生態ではないので、ケンも苦い顔をしながら言うのだが。
「まーそっちも心配すんな。あいつさえどうにかしたら、元には戻るからよ」
「前言ってたように、俺みたいに人質に取られるリスクはないですかね」
「百億パーセントないな」
ケンと違い、護る意義も価値もないとセカンドラプターは断じている。
虐待を繰り返し、その後も冷遇して中学卒業とともに追い出したおじさんとおばさんでは、さすがにユウもそこまで心を痛めないだろう。
アイも一般人を人質にするより効果の薄いだろうことは、ユイの記憶を読めばすぐにわかるはず。
だからそっちはもう「好きにしろ」と放っておいたのだが。
「テメエは普通にあり得るからな」
「そんなことあります?」
「もうちょいテメエの命の価値を自覚した方がいいな。あんたもユウも」
どんなに生きたくて生きられなかった者がどれほどいるかを想えば、命は大切にするもんだとセカンドラプターはつくづく思う。
アイはユウを追い詰めるためなら、使えるものは何でも使う。そういう女だ。
いや、正確に女か知らんけど。
ただまあ、実際ケンという完全な一般人を護るのは相当に骨が折れる話だ。
まず避難させようとしても、『神の穴』に連れていくことができない。【運命】に殺されてしまうからだ。
地球は許容性が低過ぎて、『神の穴』以外では滅多にこっちへ来ることもできないし、仮に来られたとしても今度は脱出が問題になる。
自分たちのように『観測者』になることもできず、旅の無事を祈るしかできないので。
こいつ自身が日本でも有名なプロゲーマーになったことに準えて、『祈る者』などと自虐しているのを聞く。
「そう言えば。いくら俺たち自身を護っても、『神の穴』が見つかればおしまいじゃないですか?」
「だから封じた」
「はあ!? 封じたぁ!?」
「おうよ。しばらく誰にも使えねーぞ」
言っても完全に封じることは、それこそ誰にも不可能だ。
並みのフェバルや『異常生命体』がかけられる程度の簡易封印では、アイに見つかった途端に破られてしまう。
だからセカンドラプターは、まったく発想を逆手に取った。
だったら誰にも見つからなければいい。その場所を認識できないように、位置情報を封じたのだ。
――彼女自身を封印の鍵として。
「くっくっく。つまり敵さんは、オレを操るなり殺すなりしなきゃそうそう『穴』には辿り着けんのだな」
「マジすか。大胆なこと考えますね。セカンドラプターさんも」
「まーな。女は度胸よ」
して、操られることだけは誇りにかけてもあり得ない。殺した方が早いと思えるほどには、ガチガチに対策を組んでいる。
もちろん生命反応でバレるなんて初歩中の初歩のヘマはしない。ケンもオレも【干渉】でしっかりと覆い隠されている。
一つだけ問題はあり、人海戦術で偶然『穴』を探り当てるに賭けることは考えられる。
それは奴もすぐに思い付いてやりそうなので、決して無限に時間を稼げるわけではないが。
しばらくだ。しばらく待ってりゃ、きっとユウは来てくれる。そう信じている。
それに一つ、思うところがあった。
「なあ。これはウィルのヤツから聞いただけの話なんだがよ。あのとき、『かくれんぼ』で【運命】に挑んだ少女がいたんだと」
「へえ」
彼女は自らを世界から忘却させてまで、幼いユウの心を護ったという。
彼はユウのトラウマから生まれた存在であるから、彼は最初から「覚えていた」のだ。
そいつの意をまるっと汲んでやるわけじゃないが。
「今度はさしずめ世界を賭けた『おにごっこ』ってとこか。楽しくなってきたな」
見つかってしまえば終わり。そんときゃ腹くくって戦うしかねえが。
彼女には、長年ここをホームグラウンドにしてきた『地球最後の戦士』としての自負がある。
【完全なるハートフルセカンド】も、この許容性最低限な世界にはパーフェクトマッチしている。
だがテメエはどうだ。アイ。
ここは随分と素敵な場所だろう? ちっとも思ったように身体が動かないだろう?
「本来」テメエがこの地でも好き勝手に動くため最適化されたTSPの力は、ほとんどあの男が『楽園』へ持っていっちまったからな。
核を使った禁じ手で暴れることだってできない。そんな素敵なものはもうここにはない。
いくらテメエでも、簡単にオレを殺すことはできないぞ。
セカンドラプターは宇宙の命運を賭けた静かな戦いに臨み、にやりとした。
――なあトレイター。あんたが命懸けでくれた置き土産、ちゃんと役に立ってるぜ。
***
一方のアイは。地球圏内に入った途端、急激に衰えを感じた。
それでも一般生物を遥か超越しているが、一撃で星を砕くような真似は到底できないほどに力が落ちている。
星脈に逆らって泳ぐだけの力も、今は奪われてしまっている。
――懐かしくも忌々しき故郷。かくも不便な場所だったのか。
唯一、TSPの力だけはまともに使えるようだが。勝手自在にするには、喰らった数が足りない。
『神の穴』の場所は、霞がかかったようにさっぱり視えない。
なるほど。なるほどなるほど。
アイは自らの欲望に絡め取られた現状を察した。
地球に閉じ込められたと。この状況そのものが、敵によって仕掛けられたものだと理解する。
自分から散々嵌めることはあっても、ここまでしてやられたのは初めてのこと。
「わたしをこんなところへ縛り付け、そのうちに決着を付けようと。小賢しい」
――そうはいくものか。
アイはしもべと化した地球人総員を使って、『神の穴』探しとまだ見ぬ敵の捜索を開始する。
しもべになっていない者は、皆殺してしまえばいい。
「いいでしょう。誰か知らないけれど。あなたの『おにごっこ』、付き合ってあげる」




