3-313"ユウ、土下座する"
[何でも屋『アセッド』 トリグラーブ本店]
ラナソールなき今、何でも屋『アセッド』はトリグラーブが本店となっていた。
ここには、それぞれ店長・副店長を務めるリクとシズハを始め、ハル、受付のお姉さん、その他スタッフが集結している。
また、いよいよ地球が大変なことになってきたので、こっちに逃げてきたミズハ先生もいる。
シルバリオとゴルダーウ始め、エインアークスの面々はこの店には手狭なので、リモートで作戦会議に参加することになっていた。
アニエスたちは来たるエルンティア襲撃に備え、向こうの世界で待機している。
ちなみにシェリーとダイゴは完全に一般人に戻っているため、この場にはいない。
彼女たちの戦いはこれからの平穏な日常である。そうしなければならない。
会議に先立ち、ユウと面々とは約一年ぶりの懐かしい再会となった。
「ユウさん。お久しぶりです」
「リク。また立派な顔付きになったじゃないか」
熱い友情のハグを交わす。
「あれから少しは成長しましたかね」
「自信持っていいさ。頼りにしているよ」
「はい」
本来なら二度と会えないと思われていた、奇跡の再会。
ユウがフェバルとしての性質をほぼ失っているからこそ実現した。
理由や状況が状況だけに素直に喜べないところもあるが、それでも二人はこの再会を喜んだ。
傍らには、暗殺稼業をやめてリクを支える彼女が佇んでいる。
「シズハ」
「久しぶり。そういう暑苦しいのは、いい」
代わりにピッと親指を立てるので、ユウもしっかり立て返す。
これが彼女なりの好意であり、コミュニケーションだ。
続いて、ようやく接触の解禁されたミズハが、胸いっぱいで近付いてくる。
「私のこと、ちゃんと思い出してくれたかしら」
「ミズハ先生。本当にお久しぶりです」
「こんな立派に大きくなっちゃってもう。ねえ」
『観測者』として、陰ながらずっと見守ってきたこともあってか。
一担任というよりかは、もはや親戚の叔母さんという気分で、ミズハはユウを抱き締めていた。
「よくここまで、一生懸命戦ったね」
「お互い様ですよ。ありがとうございます」
「どういたしまして。これからもしっかりね」
「はい!」
来たる決戦に向けて、心強い励ましをもらったユウである。
「やっとボクの番かな」
「ハル」
変わらない戦友を見つけたユウの顔が、一気に綻ぶ。
彼女は懸命にリハビリを進め、ようやく車椅子なしで歩ける程度にまで回復していた。
まだぎこちない部分はあるけれど。自らの足で最愛の人に近付き、もたれかかるように身を預ける。
「キミって罪な人だね。せっかく泣いてお別れしたのに、また来ちゃうんだから」
「ちょっと色々あってさ。本当はもう会えないはずだったんだけどね」
「また会えて嬉しいよ。ユウくん」
「俺もだよ。ハル」
一度は愛し合った者同士、湿っぽい空気になってきたところ。
「おほん」
リルナが盛大に咳払いする。
「あ。いや、これは」
「えっと。するとあなたが、もしかして」
ハルの目が期待に輝く。
ずっと会ってみたいと、そう思っていた人だから。
「わたしがリルナだ。ところでだが」
固く結び付いた二人をじっと睨み、怖い笑顔になって言う。
「わたしはとても優しいから、それどころではないと。一度は棚上げにしてやったのだがな」
どうも随分と「元気」になったみたいだからな、と鋭く前置きして。
「ユウお前、わたしに言わなきゃいけないことがあるんじゃないのか」
リルナのこめかみが明らかにピキっている。
半生体素材は、怒れる女の素晴らしい再現度を実現していた。
隣を見れば、当事者の片割れ。ハルも所在なく、困ったように苦笑いしている。
ただ、リルナに彼女を責めるつもりは一切ない。
年若き乙女にとって、いつも心優しく親身に接し、身を挺して自分を助けてくれる英雄に惚れるなというのが無理な話。
むしろこの一見あどけなく、頼りなさそうに見える男の魅力がわかる同士として、積もる話もしたい気分だった。
だがユウ。お前はもう立派な大人だぞ。
どんなに好かれたとて、お前が自制しないでどうする!
とうとう詰められたユウに、とてつもない寒気が走る。
下手をすればアイに追い詰められたとき以上に、だらだらと冷や汗が流れていく。
彼は間抜けにも、ようやく確信に至った。
やはり以前、この世界で時々感じていた冷ややかな視線は。ぞっとするような悪寒は。
ただの一つも勘違いなどではなかったのだと。
健気にも、エルンティアより宇宙船に乗ってまで追いかけようとしていた正妻の尊き心を裏切り。
勝手にもう二度と会えないなどと思い込んで。寂しがり、嘆き。
お相手が殺されかけるなど、心揺さぶるやむを得ない事情があったとは言え。
いや……やむを得ない事情があったと思ってしまったのは、他ならぬ自分の甘えでしかなく。
結局は情に流され、色々な意味で深く繋がってしまった。べたべたの甘々で過ごしてしまった。
それこそ、対ヴィッターヴァイツ戦での決定打となるほどに。
当然何も言い訳などない。申し開きなど、あろうはずもない。
できることと言えば、もう一つしかなかった。
「誠に! 誠に申し訳ございませんでしたーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
両手をつき、膝を綺麗に折り畳んで、盛大に頭を地に擦り付ける。
日本古来より格式高く伝わりし、見事なジャパニーズ土下座である。
これから英雄や希望といったひとかどの何かになろうとする男の、宇宙一格好悪い姿が皆に晒されたのだった。
「ユウさん……」
「ユウ。おまえ……」
どんな立派な姿を見せてくれるかと期待していたリクとシズハは、あまりにも情けない姿にドン引きし。
「先生、道徳も教えておいた方がよかったかしらね」
純粋無垢な「いいこ」が立派な「男の子」に成長してしまった時の無情さを、ミズハ先生はしみじみと感じ。
「こいつ。やりやがったッ!」
ミックは男としての、また芸人枠としての格の違いに打ちのめされ。盛大に頭を抱えた。
「これだから男は」
メレットは隣の兄らしい残念なところがユウにもあったのだと、冷ややかな目で見ている。
「あーはっはっは! ひいいいいいっ! だめ、くるしっ!」
受付のお姉さんなど言葉にならず、ツボに入って笑い転げ回っている。
衆人環視、いっそ殺してくれと言わんばかりの。
当人には死刑よりも苦しい惨状が繰り広げられているが。
とにかくひたすら頭を下げ続けるユウに、リルナはやれやれと嘆息して歩み寄ると。
「この浮気者が」
ゴンと一発軽く殴って、それでしまいにした。
「え……」
「これで勘弁してやる。いいか、今回だけだぞ。二度とは許さん」
「いいのか……?」
きょとんと顔を上げたユウに、彼女は呆れ交じりに肩をすくめる。
「お前が死ぬほど寂しがりで、甘えん坊で。受けた好意を無下にできない性格なのは、百も承知だからな」
心優しく、誰よりも親身で、想いを蔑ろにできない。そんなところを好きになってしまったのだから。
ゆえにすぐにでも会いに行きたかったのだと、「間に合わなかったこと」を何より苦々しく思ったリルナだが。
トンと彼の胸を拳で突き、彼女はふっと笑う。
「まったくしょうがない奴だ。お前は」
そして誰もが見守る中。男より漢らしく、ぎゅうぎゅうに抱き締めて。
「心配するな。もう寂しい思いはさせない。たとえ宇宙のどこに行ってもな」
「リルナ……」
「だから、もう二度と勝手はするなよ」
「はい。わかりましたぁ!」
すっかり涙目のユウを、よしよしとあやして。
その場の誰にとっても、自分こそが正妻であると。堂々と見せ付けるように。
これが彼女なりの裁きであり、示しの付け方であった。
大罪人をようやく釈放してから、リルナはハルに向き直って同情的に言った。
心なしか、正妻としての余裕と自負がある。
「ハルよ。こんな男を好きになってしまったんだ。お互い苦労するな」
「あはは。そうですね。ボクも――ほんとにそう思います」
そして、楽しげにウインクする。
「後で積もる話もしよう。どんなところを好きになったか、色々と聞きたいことだしな」
「はい。ボクもずっと、あなたとはそんな話をしてみたかったので」
どろどろしたものは一切ないが。
バチバチと、小気味良い女の視線が戦っている。
「え、え」
おろおろする当の本人そっちのけで、好きな女同士だけで盛り上がっていた。
「そうだ。こいつの過去の記憶もあるからな。お前にもぜひ共有しよう」
「わ。いいんですか? 嬉しいな」
「つらいことも多いが、可愛いぞ。必見だ」
「ふふ。楽しみです」
「あの、二人とも……?」
「「ユウ(くん)は黙って愛されてろ(ね)」」
「あ。はい……」
「おいぃぃぃぃ! 結局はのろけかよぉ!」
「うぐぐ。この世はなんて不公平なんだああああ!」
ミックとリクの女々しき恨み言が、盛大に響き渡る。
まだ微妙にレベル5くらいのシズハが、「お前には私がいるんだけどな……」と、じっと熱っぽくリクを見つめていた。




