”今自分が何者であるかを知る”
リルナが身を張って記憶の罠を破ってくれたおかげで、ユウにとってトラウマの過去もようやく向き合えるものとなっていた。
何より、いつでも隣で彼女が支えてくれることが大きかった。
そしてユウは、ついに知った。
いかにして父と母を失ったのかを。
いかにしてヒカリとミライを失ってしまったのかを。
ずっと存在を忘れていた、大切な者たちを。
今ならわかる。ミズハ先生がどんなに心を砕いて自分たちに付き添ってくれたのか。
今ならわかる。「おじさん」がいかに気高い覚悟で世界に挑み、散っていったのか。
泣いちゃうくらいつらくても、人にはどうしてもやらなきゃいけないときがある。
時は経ち、絶望の【運命】に挑んだ者同士。
ラナソールの事件を経た今なら、痛いほどよくわかる……。
思い出す。
いつか友達になろうと約束した、先生の妹――アキハちゃんを。
また地球の海で俺と出会えるのを待っている、もう一人の「私」を。
ずっと隣で自分を溺愛してくれた最初の『姉』、クリアお姉ちゃんを。
――因縁のアイとの出遭いも。
そして何より。自分がいかに多くの人から愛され、切なる願いを託されていたのかを。
誰もみんな、ただ何も言わずにいなくなってしまったのではなかった。それだけの事情があったのだ。
【運命】が彼らを殺し、【運命】の業が自らの手を汚させることになったのだと。
ユイは。ただ一人の『姉』は。
クリアお姉ちゃんと母の願いと祈りによって生まれた。
幼き自分の心を大切に護るために。
本当はもっと早くそのときが来てもよかったのかもしれないが、アルが妨害をし続けていた。
リルナの助力を得て、今そのときは来て。記憶の封は破られた。
ユウは、失われたすべての記憶を取り戻す。
そうして、すべての回想が終わったとき。
ユウはまた、自ずと溢れてきた熱い涙を拭う。
リルナは隣でずっと手を握って、温かく見守っていた。
「わかった。やっと。やっと、全部わかったよ……」
「頑張ったな。ユウ」
リルナは最愛の人を、ぎゅっと全身で抱き締める。
「リルナ……」
「先に知ってからな。こうして抱き締めてあげたくて、仕方なかったんだ」
「……うん」
しおらしく身を預け、彼はまたいっぱいの愛を受け取る。
「お前に託されたたくさんの想いを、繋がなくちゃな」
「そうだね……」
そうだ。まだ終わっていない。何も終わってなどいない。
あの日からみんなが繋いでくれた細い細い糸は、『道』は。
今へと繋がって。この先へ続いている。
――終わらせない。たとえどんな化け物が相手だろうと。
ユウが改めて決意を強くしていると。
安心したリルナは、いたずらっぽく笑って言った。
「そうだ。お前のことが好きな奴には、共有させてもらうぞ」
「う。恥ずかしいよ……」
「ふふ。決定事項だ。精々いっぱい愛されろ」
ぽんぽんと彼の頭を叩き、宇宙船の窓を見やれば。
「やっと星が見えてきたな」
「ほんとだ」
約一年ぶりのトレヴァークは、まだ変わらずそこにあった。
これから大変な戦いが待っている。けれどみんなと力を合わせれば。
そのとき――かの地がいよいよ目前に近付いてきたからだろうか。
いや、ずっとそこにいて。
声の届くまで。英雄の目覚めを待っていた。
不意に、ユウの脳裏を過ぎる光景があった。
『ああ……』
レオン。シルヴィア。ミティ。
そして、ラナソールのみんな。
魂だけの存在は。はかない夢想の中の存在は。黙して何も語らないけれど。
『去り行く者』の想いは、願いは。もはや何物にも妨げられることはない。
伝説の英雄が、手にしているものがあった。
彼は温かく微笑んで、それをユウの最初の弟子に引き継いで。
『ランド……』
彼は何も言わず、ただ熱い眼差しで差し出す。
俺たちの分も背負ってくれと。あのとき約束したように。
語らずとも、みんなの目が物語っていた。
――いけ。ユウ!
ユウは丁重に、すべてに祈りを捧げるようにそれを受け取る。
聖剣とは。想いの『器』であり、形あるものではない。
気付けば。ユウの手には、失われたはずの剣があった。
深青なる『心の剣』――常在想いの輝きを放つ、真の《センクレイズ》。
ジルフとイネアが理想とした、気剣の向こう側にある完成形を。
それは想い定めたもの以外を決して、一切傷付けることはしない。
しかし一度想いを込めて振り払えば、不死なるフェバルすらも殺し。
いかなる理も断ち、世界をも斬る。
この世の何よりも優しく、そして残酷な力。
優しさと――誰かを『終わらせる』覚悟を持たなければ、決して手にすることのできない力。
「ありがとう。みんな……」
星海 ユウは、今自分が何者であるかを知り。どれほどの想いを托されていたかに気付き。
まずはラナソールありし日の――『奇跡の力』を取り戻す。
束ねた想いを剣に込めて。人のままで振るうことのできる最大限の力を。
だがユウにはまた、厳しい現実もよくわかっていた。
これだけではまだ、真なる『女神』には届かない。
奴の強さはそれほどに。あまりにも隔絶している。
想いの強さだけでは。弱き人のままでは。どんなに願っても。
剣は足りても、振るう者の力が足りない。まだ一つ、決定的な何かが足りない。
フェバルを完全に超えるための――最後の鍵になるものが。
しかし今、大いなる敵と。【運命】と戦うための大事な一歩を踏み出したのだ。




