表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 後編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

682/711

"フェバルの向こう側へ”

「なぜ」


 アイにはわからない。到底理解できない。


「なぜそこまで悩み苦しんで、自分(アイ)のためにならないことをするの」


 人助けの旅でどんなに苦労しようと。お前たちにとっては何の得にもならない。

 自分(I)というものがあるのなら。なぜわざわざ自ら傷付け苦しむ旅を続ける?

 終わりなき【運命】との戦いに、永遠につらく哀しいことを積み重ねて。

 そんなもの、馬鹿馬鹿しくはないのか。

 もっと自分に素直になればいい。欲望に正直になればいい。

 みんなアイに委ねて。気持ち良くなって。すべて忘れてしまえばいいのに。

 巫女どもは皆、そうしていったのに。わたしに融けていったのに。

 お前たちはなぜそうしない。

 アイには理解できない。わからない。


「アイ。あなたはまだ人の想いの価値を知らない。すべてを喰らうこと以外の生き方を知らない」

「だから何? そんなもの知る必要はない」


 アイはアイになることで、満たされているのだから。


「嫌でも人の想いにたくさん触れたなら。理解できなくても、少しは感じるものはあったんじゃないの?」

「そんなもの。下らない」


 ユイは思う。

 目の前にいるのは。純粋な怪物オリジナルアイではなく、コピーアイだ。

 元がどんなにおぞましくとも、私たちの心の中から生まれた存在。

 だからどんなに理解できなかったとしても、もう心には触れている。

 オリジナルには欠片もわからなかったことが。あなたにならいつか、ほんの少しだけわかるのかもしれない。

 私たちを喰らうための捨て身の作戦は功を奏したけれど。代わりに私たちは一歩だけ互いに近付いた。

 その一歩は、あなた自身が思うほど。決して小さくはない。


 ユイの真剣な眼差しに、アイはわずかに気圧されるのを感じた。


「これから喰われるのを待つだけのあなたが。無意味なことばかり言っている」

「いいや。ユウは絶対に気付いてくれる。私のメッセージに。私の想いに!」

「買い被り過ぎよ」

「ねえ。何をそんなに恐れているの?」

「ふふ。このわたしが恐れていると?」


 鼻で嗤うアイに、ユイは事実を突き付ける。


「だってそうでしょ。散々に痛めつけて。遠ざけて。必死に力をかき集めて」


 ――時間切れで、逃げようとしている。


「違う」

「あなたは。本当はどこかでユウを恐れている」

「違う!」

「到底理解できないほど。理屈で説明が付かないほど、執念深く諦めの悪いあの子を」

「黙れ。そんなわけあるはずがないでしょう。あんな弱くてかわいそうな、ちっぽけな泣き虫が」

「そうやって、散々必死に見下そうとしてくれてるけどね」


『姉』は化け物に向かって、精一杯の啖呵を切る。


「うちの弟舐めんな!」

「…………」


 確かにユウは寂しがりだ。ものすごく手のかかる甘えん坊だ。

 ひとりぼっちだと脆くて、弱いけれど。


「ひとりじゃないってわかったときのユウは。誰かをまだ助けられるって知ったときのユウは、ほんとに強いんだから!」


 必ず私のことも助けに来てくれる。だから何があっても。

 絶対に負けないんだ! ユウをひとりぼっちにはしないんだ!


 ユイはどんなに苦しめられても、決して折れない心を燃やしていた。

 アイはますます不機嫌になり、しかしどうやってもこの女を容易には屈服できそうにない。

 確かに。お前たちだけだ。こんなにも思い通りにいかないのは。


「そう……。その下らない強がりがいつまで続くものか。見ものね」


 ユイとアイはバチバチに睨み合い、ひとつのアイの内側で二つの心の戦いは続いている。



 ***



 ユイはまだ生きている。

 声の届かないほど奥底へ押し込められても。今も懸命に戦ってくれている。

 確かに状況はかつてなく絶望的だ。それに急がなければ間に合わないだろう。

 だけど。まだ希望は残されている。


「リルナ。俺は……やるよ」


 先ほどまで絶望が覆っていたとは思えないほどの滾りに、リルナは思わず目を見張る。

 どんな逆境に置かれても、最後まで死力を尽くすのを止めない。

 それが星海 ユウという人物だった。


「俺はきっと、負けないために。あいつに負けないために。俺を信じる人たちのために」


 これからすべてを奪われようとするとき、それでもまだ残っているものは何か。

 奇しくもユウは。フェバルとしての力をほとんどすべて奪われた果てに。

 純粋な『異常生命体』としての資質に、極めて近付きつつあった。

 人の心を繋ぐ者。人の想いを掬い上げて、残酷な世界に立ち向かう者。

 既にアルの妨害も断ち切れている。遮るものは何もない。

 今ならば。確かに『届く』気がした。


「もうこれ以上、誰も……っ……今度こそ。そのために」


 背中を押された。託された。

 つらい犠牲はもう、ジルフさんで最後にしなければならないと。

 幾多の救われなかった者たちを想い、噛み締めるようにユウは呟く。


 まだ誰でもない誰かは。まだ何者でもない旅人は。

 今こそ己の【運命】に立ち向かい、乗り越えなければならないのだと。

 そうしなければ。届かない。

 フェバルでは至らないのならば。その先へ。


「辿り着かなきゃいけないんだ――フェバルの向こう側へ!」


 リルナは目の前のパートナーの凄まじい決意を目の当たりにして、胸打ち震えた。

 この人ならきっと。いや、必ずやってくれる。

 この絶望の盤面をひっくり返してくれると。

 どんな困難を前にしても、いつでも諦めようとしなかった人間は。

 その心身がやっと、切なる気持ちに追いつこうとしている。

 わたしはこの人の隣に立てることを、これほど嬉しく思ったことはない。


「リルナ。記憶を見せてくれ。俺は今こそ、逃げ続けてきたものを知らなければならない」

「ああ。ああ! ともに行こう。わたしもずっと付いている」

「頼む」


 まずは過去を知り、自分が本当は何者であるかを知るために。

 欠けた心を埋めて、真実の自分を取り戻すために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ