2-75「天より降り注ぐものが世界を滅ぼす」
[人工生命の星『エルンティア』 首都ディースルオン]
エレンシアは親子連れで、ディースルオン市立公園へピクニックに来ていた。
母親譲りの艶やかな黒髪を北風に振り撒いて、健やかに駆けていく。
「お父さまー! お母さまー!」
時折楽しげに手を振ると、見守る母ラスラと父ロレンツは穏やかに笑って手を返してくれる。
ディースルオンの濁り空は、今日も変わらず穏やかに世界を包み込んで――。
あれ……?
エレンシアはふと、空の切れ間に光が差し込むのを感じて。
不思議に思い、その場で立ち止まって。ぼんやりと見上げた。
――曇天を引き裂いて、何かがゆっくりと舞い降りてくる。
傍らに一なる従者を引き連れて。
あまりに神々しいその姿に、人々の目は釘付けになっていった。
「女神さま……?」
まだ一人で眠れなかった頃。母ラスラが寝付け話にと聞かせてくれた物語が思い浮かんで。
ぽつりとそんな感想をこぼすと。
『わたしの声を聴きなさい わたしを求めなさい』
空の隅々まで、厳かなそして艶のあるソプラノが響き渡る。
心安らぎ、どこか懐かしささえ感じる。
いささか、心揺さぶられるものはあったが。
少女はあくまでその声を、ただの音声として聞いていた。
しばらく謎の呼びかけは続いていたが、やがてぴたりと止まる。
真っ白なオーラがどんどん膨れ上がっていく。
ほんとに女神様なの……?
それにしては何だか、怖い……。
子供心ながら、彼女が直感的に畏れを抱いた。そのとき。
カッと何かが光って、無数に枝分かれして――。
そして。
小さな子供の身体を、無慈悲の光線が貫いた。
***
遡ることほんの少し。
人々を操ることに失敗したアイは、この地が人工生命の星であるための特殊事情ではないかと見当を付けた。
途端に不機嫌になると、湧いてきたものは怒りである。
操ることも喰らうこともできない。愚図の分際が。
造られしモノどもへの自己嫌悪も手伝って、アイはユイの顔をしかめ面にしていた。
「どうしますか」
察したレンクスに即答えて。
「滅ぼす」
左手を突き出し、星光素を集中させて。撃ち放つ。
《ブラストゥールレイン》
極大の光線は、空の上で弾けて。
数億もの光弾に枝分かれし、下の世界の民々へ自動的に狙いを定めて。
【神の器】の完全記憶能力こそが可能とする、最悪の攻撃だった。
世界のどこにも逃げ場などなく。天より破滅の雨が降り注ぐ――。
この世界に生きとし生けるすべてのヒュミテを。ナトゥラを。
地表の高層ビルから、地下街のギースルオン深層まで。
目下のディースルオンから、果ては南の大陸まで。徹底的に貫いて。
そして、わずか数十秒の後には。
もはや誰も生ける者のなくなった大地を。沈黙に包まれた死の世界を、侮蔑とともに見下して。
ああ。まったく下らない。つまらない話ね。
なまじ【侵食】に耐えるからこうなる。喰えないゴミなど要らない。
「ユウ。そしてリルナ。お前たちが愛した世界は――もうここには誰もいないのよ」
きゃははははははははははははははははははははははははははははははは。
湿った濁り空に、化け物の高笑いがいつまでも鳴り響いていた。




