34「第97セクターを賭けて」
[ダイラー星系列 第97セクター観測星]
アイは行く先々の星を荒らし回り、時に襲ってくる敵どもを返り討ちにし。それどころか洗脳してしもべと化した。
支配も制圧もそこそこに、急ぎこの第97セクターへとやってきたのだった。
やはり気持ちとして、逃げたユウたちを野放しにしておきたくはなかったのだ。
まず最初に目指し、やってきたのは第97セクター観測星である。
各セクターここを落としておくと、ダイラー星系列は機能不全に陥りやすいのだと、彼女はしもべの知識より得ていた。
ところが、いざ辿り着いてみれば。
「まるでもぬけの殻ね。わたしが来るのを知っていたみたい」
トーマス・グレイバーの計らいによって、職員たちを含めたすべての住民はとうに避難完了していた。
既に無人の星となった有様を眺めて、若干不機嫌になっていると。
「あれほど好きに暴れれば、警戒もされるかと」
「それもそうね」
具申した男は、シュライ・エーベルタッカー。
『星海 ユウ討伐部隊』の長官だった男であり、特殊能力【切断】を持つ強力なフェバルである。
その名の通り、狙い定めたあらゆるものを指をなぞるだけでたちどころに断つことができる。
もっとも無限の再生能力を持つアイにはまったく有効打にならず、今は彼女の強力な手駒の一つとなってしまったのであるが。
『星海 ユウ討伐部隊』をそのまま星海 ユウ討伐部隊として差し向けるのは、アイの中で愉快なアイデアの一つだった。
「さて」
観測星の機能をそっくり奪えなかったのは残念だが、ともかく。
ここからいよいよユウの故郷や旅した世界へ向けて、【侵食】を開始する。
アイは引き連れた手勢をざっと眺めて、満足に頷いた。
指揮権を奪った数十体のバラギオンに、お馴染みシェリングドーラたち。
シュライの指揮下にあったフェバルや星級生命体、そして一般軍人ども。
他にも宇宙のならず者だとか色々いるのだが、代表的な三名だけ並べておく。
エレナ・パランティス
レヴェハラーナ
ガゼイン
エレナは『星海 ユウ討伐部隊』の副官として、シュレイに付き従っていた女性のフェバルだ。
見た目こそは妙齢の雰囲気であるが、アイが引き連れた手勢の中では最年長に当たる。
保有する特殊能力【魔の脈動】は、星脈から無尽蔵の星光素を引き出して取り込み続け、決して枯れることのない魔力を実現する。
魔力無限大とは概念が異なるものの、継戦能力の鬼として知られる。
レヴェハラーナは『星級生命体』の一体である。
際立った特殊能力こそ何もないが、ただ星を砕く凄まじい怪力と瞬時に再生するほどの回復力を持っている。
『至天胸』と似通った性質を持つ彼女をアイはそれとなく気に入り、戦力の一つとして引き連れてきた。
ガゼインは特殊能力【消去】を持つ野良のフェバルであり、かつて惑星アッサベルトにてユウに瀕死の重傷を負わせたことのある男である。
好き勝手気ままに行く先々の星で人々を虐げていたところ、超越者すら蹂躙するアイにあっさり支配された形である。
正直こいつはどうでもいいのだが、因縁が面白いので持ってきた。
彼ら全員には【神の器】と【侵食】を介して、しもべとしての著しい強化を施してある。
元々が最低でも焦土級以上、平均的には星撃級を保証された超越者であるが、さらに数倍するほどには強くなっていることだろう。
その中でも、筆頭に位置する者は彼女の隣に並び立つ。
「これからどうしましょうか」
レンクス・スタンフィールド。
【反逆】を持つ男は、今は皮肉にも絶対の忠誠を示していた。
「そうね」
アイは思案し、様々な要素を加味する。
忌々しきは孤立した世界トレヴァーク。あの世界だけはどうやら簡単には辿り着けない。
のんびり宇宙船で向かうのも確実ではあるが。負けたようで、遅々ともしている。わたしにはつまらない。
わたしは自ら星脈を泳ぎ、この手ですべてを奪い尽くすのだ。
「『星海 ユウ討伐部隊』はここへ待機し、追加投入できるようにしましょう。残りはトレヴァークへ向けて侵攻しなさい」
「「はっ」」
宇宙のならず者たちに交じって、レヴェハラーナとガゼインがトレヴァークへ侵攻を開始する。
ただ当然、ぞろぞろと連れ立って旧式の宇宙船で向かうのだから、それなりの時間はかかってしまう。
ここに、もしものことがあった際に技術簒奪が最低限で済むよう、外地の作戦にはあえて低性能の乗り物や兵器のみを扱う。
ダイラー星系列のフェイルセーフが、しっかり機能していることの証でもあった。
シュライ、エレナは待機組となる。ユウにとって最も困る場所へ追加的に投入するのだ。
「レンクス。あなたはわたしに付いて来て」
「はい。アイ様」
しもべとしての『女神』への畏敬と、ユイへの思慕が一体となり。
一の従者レンクスは、極めて強い「幸福」に満ち足りていた。
***
[ダイラー星系列産 星裁執行者付旗艦『グレートバドラスター』]
少し時は遡る。
対して、こちらは内地から引っ張り出してきた高性能宇宙船である。
トーマス・グレイバーからの緊急連絡を受けたブレイ・バードは、軍規に背いてでも心ある部下を揃えて馳せ参じた。
トーマス自身の伝手も駆使し、どうにか揃えたるは高速宇宙艦が三つ。
中でもこの旗艦『グレートバドラスター』は、圧巻の出で立ちだった。
ブレイは伝説の元執政官を前にやや緊張した面持ちで、伊達メガネを頻繁にくいっと弄っている。
トーマスは豪快に笑い、気安く彼の肩を叩いた。
「よく来てくれたな。ここまで奮起してくれるとは思わなんだ」
「私は私の正しいと思うことをするだけですから。どうしてもあいつが、ユウが犯人とは思えなかった」
「うむ。それでこそ漢の心意気よ。まことあっばれだ!」
近頃に紛れていたのが気持ちの良い「ありのまま団」だったこともあり、トーマスはついつい漢になってしまいそうになるが。
今は「解放している」場合ではないと、真面目な元軍人としての顔を辛うじて崩さなかった。
ブレイは肩をすくめて苦笑いする。
「私はどうも、思っていたより役人に向いていなかったようです」
「ええ。おかげで仕事クビになっちゃうどころか、下手しなくても軍法会議ものですが」
参謀を務める幼馴染のランウィ・アペトリアは悪態を吐きつつも、表情はさほどでもない。
ほんと仕方ないなと思いつつ。そんな彼の良心的な誠実さをこそ好きになってしまったのであるから。
「すまないな。せっかくの長期バカンスを台無しにしてしまって」
「いえ、私は私が決めたことをするだけですから」
しれっと意趣返しをし、彼女はにこりと笑う。
トーマスは二人に申し訳なく、また心からありがたく思う。
せめてもの罪滅ぼしにと、提案する。
「せめて次の仕事の斡旋はしよう。『運び屋』などどうかな」
「ほう。長い余生としては悪くなさそうですね」
『運び屋』とはすなわち、『情報屋』の隠語である。
トーマスは『傍観者』と言いつつ、結局は己の生真面目な性分がこのような活動に従事させていた。
【都合の良い認識】は、まさに潜入活動にはもってこいであるから。
彼は己の後継者として、この気持ちの良い漢ブレイを据えようかという心積もりになっていた。
この戦いを乗り切れば、『傍観者』として枯れてしまった自分など比べるべくもない。
未来に渡って、星海 ユウと良き関係を築いてくれるのではないかと期待して。
避難住民を収容し、いよいよ第97セクター観測星を発艦する。
久方ぶりに長官の座に就いたトーマスは、各々の正義感で集まってくれた精鋭の面々に思わず胸が熱くなる。
ダイラー星系列もまだまだ、捨てたものばかりではないなと。
「総員、まずはこの宇宙の危機に自らの立場を捨てて集まってくれたことをありがたく思う」
この言葉を皮切りに威風堂々と挨拶口上を述べていき。最後に通達する。
「『女神』アイとの直接交戦は絶対に避けよ。我々は第97セクターの治安維持に専念する。敵は身内の恥にありッ!」
了解の号令が各艦内を揺るがし。
ここに第97セクター、そして宇宙の命運を賭けた戦いが幕を開けた。




