”真実の【星占い】”
ラナソールの日々を過ごしてから向こう、エーナの【星占い】は明らかにおかしくなっていた。
何かにつけてこの具合である。
〈エラー。占星権限がありません〉
〈Warning:宇宙の秩序が乱れています。著しい不具合が生じています〉
〈エラー。星脈に十分な情報がありません〉
〈Warning:宇宙の秩序が乱れています。著しい不具合が生じています〉
〈エラー。星脈の情報が現在不適合です〉
〈Warning:宇宙の秩序が乱れています。著しい不具合が生じています〉
逐一謎のWarningは挟まるし。宇宙の秩序が乱れているってどういうことなの。
彼女は首を傾げるしかなかった。
今となっては何を調べてもこれを連発されてしまって、一向に調べが進まない。
「大抵のことはそれとなくわかる」はずのものが、「ほとんど何もかもわからない」になりつつあった。
ただ数少ない調べられたことの中には、奇妙な変化も生じている。
例えば。試しにユウのことを調べてみると、以前よりも何かの意思めいたものを感じるようになっている。
〈星海 ユウはフェバルであり、最大危険因子。抗う者。
星海 ユウはフェバルであり、フェバルでなければならない〉
〈Warning:宇宙の秩序が乱れています。著しい不具合が生じています〉
しかし『姉』であるユイのことを調べてみると、やはり何もわからない。
〈星海 ユイ。エラー。星脈に十分な情報がありません〉
〈Warning:宇宙の秩序が乱れています。著しい不具合が生じています〉
また、ラナソールの『事態』を解決した後。
満足に別れも言えず、不自然な去り方をしたことも気がかりだった。
そこで、彼(彼女)が次に向かった世界を調べてみると。これがまた何とも奇妙なのだ。
〈リデルアース。一なる従者の手に成る人工の星。地球の対となる裏球。中心核に『星級生命体』人喰いのアイを宿す〉
『占星。そのアイって奴についてもう少し詳しく』
〈アイは一なる従者の手による人造『異常生命体』であり、見込み違いで生じた第二の最大危険因子。歯向かう者〉
〈Warning:宇宙の秩序が乱れています。著しい不具合が生じています〉
「何かめっちゃやばそうなんですけども」
さらには恐ろしい続きが、脳裏に直接刻まれていく。
〈星海 ユウとアイは互いの存亡を賭け、約束された戦いを繰り広げ。その影響は甚大にして――〉
〈Warning:宇宙の秩序が乱れています。著しい不具合が――ガ、ガ――〉
そのとき、ぶつんと頭の中で何かが切れるイメージが奔った。
何も視えなくなる。そして――。
〈Emergency:わたしの宇宙を乱すな〉
〈Emergency:わたしの宇宙を乱すな〉
〈Emergency:わたしの宇宙を乱すな〉
〈Emergency:わたしの宇宙を乱すな〉
〈Emergency:わたしの宇宙を乱すな〉
――――――――
「ひいいいいっ!」
頭の中をいっぱいに恐ろしい非常メッセージが占めようとしたので、エーナはたまらず能力を解除した。
あのまま続けていたら、すぐにでも頭がおかしくなりそうだった。
恐怖に竦んで上がった息をどうにか整えて、彼女は不満げに愚痴を漏らす。
「何よもう。あの世界から向こう、完全におかしくなっちゃったわけ? これじゃ役立たずじゃない……」
【星占い】あってこそ人並み以上に振舞えたエーナであるが、何もなければただのちょっぴり強いドジなお姉さんである。
その残念な事実は本人もよくわかっていたし、ラナソールで嫌と言うほど思い出した。
今のことも未来のことも何もかもわからない。いつもなら喜ばしいことのはずだった。
【運命】の視えないことは、彼女にとって幸いであるはずなのだが。
どうにも手放しで喜べない。これは明らかに今までとは違う。
何かもっと、とてつもないことが起きているのではないか。
そもそも、「わたし」の宇宙ってどういうことなの……。
考えても埒が明かず、もどかしく思っていると。
――不意に、誰かの温かな手が。
彼女の手にそっと触れた気がした。
「え――」
エーナは。
ともに過ごした時間の長さから。同じ汚れ仕事で手元を見つめた時間の長さから。
それが誰のものであるかを、察して。
「ミティ……?」
添えられた手は、彼女を優しく導いて。
――正規の権限を突破する。
【運命】のアカシックレコードを、バックドアから直接参照する。
『去り行く者』の想いは、もはや何者にも脅かされることはない。
遥か古、彼女がただ一度『異常生命体』であった頃の――【星占い】の真の力を取り戻す。
……極めて稀な話だが。
『異常生命体』に触れ続けたフェバルは、【運命】に縛られる以前の『異常性』を取り戻すことがある。
ラナに対するトレインがそうであったように。
そしてラナソール人類は皆、例外なく『異常生命体』だった。
フェバルとしての【星占い】が最も陰りを見せたとき。【運命】の支配力がかつてなく弱まったそのときに。
それこそは。心配性の「彼女」が苦労性のエーナに遺した、最大の贈り物だった。
真実の【星占い】。
それは【運命】を欺き、望む者にとっての道標――「避けるべき」真実の警告と、「可能性」の選択肢をもたらす。
最初の一人は、あなたのために。
〈エーナ。
あなたにとって最も安全な選択は、星海 ユウを取り巻く深刻な戦いに深入りしないことである。
誰にも迷惑をかけないよう、ひっそりと逃げ続けるといい。
あなたが変わらず慎重で賢明である限り、決して脅かされることはない。
さもなければ、あなたは必ずや破滅へと導かれるだろう〉
「これって……」
うっすら涙ぐみながら、縋る思いで調べを進めていく。
結局ユウやユイ、そしてアイ。ウィルのことなどは、ほとんど新たに何もわからずじまいであったが。
腐れ縁の二人については、極めて重大な指針が示されていた。
〈レンクス・スタンフィールド。
あなたは最愛の者に決して触れようとしてはならない。
それは過ぎた望みであり、逃れようのない罪と罰が身を焦がすだろう。
その先に何が待つかなど、知れたことではない〉
〈ジルフ・アーライズ。
間もなくあなたは究極の二択を迫られるだろう。
生き長らえて大人しく運命に従うか。
そうすれば、あなたには約束された永遠が待っている。
懐かしき匂いのする未来を守るために、すべてを差し出すか。
そうすれば道は繋がり、あなたにはもう何も残らない〉
……これは。伝えなくっちゃ!
仲間思いのエーナは奔走し、レンクスとジルフを何とか捜し出して伝える。
まずレンクスだったが、彼は何を言われても頑として己の意志を変えようとはしなかった。
そうだった。愛する者へ一途に……。
彼とはそういう男なのだ。
「ユウとユイがひどく苦しんでるってのに、なおさら立ち止まるわけにはいかねえぜ」
リデルアースだったな。星脈が「閉じていて」行けねえってどういうことだよ。
と悪態を吐きながらも、彼の逸る足はもう前へ向いていた。
「俺は行くぜ。たとえその先に何があってもよ」
「そう……。気を付けるのよ」
「おう」
エーナは後ろ髪を引かれる思いをしながらも、結局は送り出すしかなかった。
そして……やはり〈警告〉は正しかった。
彼の望みは皮肉にも、最悪の結果に繋がってしまったのである。
一方、ジルフは。
彼女の予言を噛み締めるように、真剣に受け止めた。
「……懐かしき匂いのする未来、か」
「心当たりあるかしら」
「さあな」
とぼけながらも、あるとすれば。
エラネルに遺してきた最愛の弟子周りのことだろうかと、当たりを付ける。
おそらくは、ユウとあの子を取り巻く【運命】に関係することなのだろうと。
「なあ。ユウのこと、どう見ている」
「あの子ね……。私、思うの。あの子ならきっと、いつかフェバルの救世主になってくれるんじゃないかって」
ラナソールの奇跡の力を目の当たりにしたエーナには。祈りや願いにも等しい想いがあった。
《センクレイズ》のその先を見せてくれた孫弟子の目覚ましい成長に、ジルフもまったく同意する。
「俺もだ。意見が一致したな」
彼は思う。
長く果ての見えない旅の人生の中に。
いいこともひどいこともたくさんあったが。どうしようもないことの方がずっと多かったか。
少しでも。意味のある旅であればいいと願って、生きてきた。
だとするならば。
「それに大切な意味があることならば。俺は躊躇いはしないさ」
イネアだって、きっと納得してくれるだろう。
覚悟を決めた男の顔に、エーナはやはり何も言えなかった。
こんないい顔をして【運命】に臨む者を止められるほど、彼女はいい人生を送ってこなかったから。
腐れ縁を泣き縋って止めるには、あまりにも長く生き過ぎたから。
精々、いつものように茶目っ気を見せることくらいしか。
「私は全力で逃げるわよ。だって臆病だもの」
「お前はそれでいい。これからも若い奴らの面倒見てやってくれ」
「ええ。必ず」
これが今生の別れになることを。二人はもう悟っていた。
「じゃあな。今まで、楽しかったよ」
「私もよ。さようなら」
後ろ手を振り、孤高の戦士は颯爽と去っていく。
誰よりも慎重で、臆病で。
それが彼女を誰も「殺せず」、新人教育係と揶揄されるほど無難に生き永らえさせてきた。
……このように、何度も見送る側にさせてきた。
一筋、涙を拭う。
今は邪魔をしないことが、自分やみんなのためになると言うのなら。
私はきっと逃げ延びて、生き抜いて。そして。
「ありがとう。ミティ。私、頑張るからね」
彼女は「決して戦わない」という戦いを「選択」し、来たる決戦のときを待ち続ける。




