33「動き出す傍観者たち」
[ダイラー星系列 第97セクター観測星]
ラナソールという『異常』世界による宇宙崩壊の危機。恐るべき『事態』への対応に追われ。
終息後は復興作業やトレヴァークレポートをまとめるため、右往左往しバタバタした騒がしい時期もようやく終わり。
片田舎の小役人たちは、それからはまた穏やかな日々を過ごしていた。
『事態』を初期段階で的確に報告した二人は、結局はお咎めどころか称えられ、特別賞与も得て報われたところだった。
「やっぱり。何もないのが一番だな」
「楽でいいのだと、心から思い知りましたよ」
先輩オルキと若輩のメイナードは、今また平和になった近隣宇宙を観測しながら、まったりとお茶を啜っている。
背伸びとともにあくびしたメイナードが、オルキへぼちぼち世間話を切り出す。
「知ってます? 風の噂によれば、第79セクターから第80台のセクターにかけて、妙な奴が暴れ回っているとか」
「ああ。最近本星でもニュースになっていたな」
「ついになっちゃいましたか。こちらまで飛び火して欲しくないものですね」
「まったくだな。もう忙しいのはこりごりだよ」
メイナードはオルキの言葉が気になって、電子ニュースを調べてみる。
淡く白い光を放ち、真紅の瞳を宿す『女神』の狂気に満ちた笑顔が一面を飾っている。
星海 ユウ。
『異常』化したフェバルとして星々を荒らし、この度全宇宙指名手配を受けた凶悪犯罪者である。
実際はアイが彼女の姿を纏い、彼女の【器】を駆使しているために誤認されているのだが、二人には当然わからない。
奇しくも彼女の身体の持ち主である星海 ユイは、ずっと観測不可能なラナソールもしくはアルトサイドにいたため、当人が当時意外と近くにいたことも認識がなかった。
すると、そこへ。
「ちょいと邪魔するぜ」
突然ふらりと現れた強面ダンディズムな風体に、二人はあんぐりと口を開けて起立した。
「あ、あなたはっ! トーマスさん!?」
「えっ!?」
なんと。かつて第3セクターの執政官を務め上げたフェバル――トーマス・グレイバーその人である。
彼は自らの固有能力【都合の良い認識】を用いて、易々とセキュリティを突破し。我が物で観測室へ現れたのだった。
そんな彼はいつもの筋肉馬鹿変態マッチョスタイルではなく、正装でぴしっと締めていた。
いかに元高級役人といえ、普通ならさすがに不審がられるところではあるが。
ここでも能力は「都合良く」二人の認識を捻じ曲げていた。
もっとも、二人は潜在的にこのトーマスという男へ尊敬がなかったわけではない。
かつての敏腕ぶりは役人の模範とするところであり、名物執政官として鳴らしたものである。
当時を知るオルキは恐縮し、記録の中の偉人に若きメイナードは茶で潤したはずの口が渇くほど緊張してきた。
永きに渡り功績を残してきた、名誉退役軍人である。
今こそ正式な身分を持たないが、誉れ高き者への敬意が二人の背筋を自ずと伸ばした。
「辞められてから、失踪されていたはずでは……!?」
「だな。二度と面見せないつもりだったんだがな」
トーマスは物憂げに切り出す。
「その例の事件ってやつに興味があってよ」
「『女神事件』ですか」
「うむ」
神々しさを放つ特徴的な風貌から、人々に『女神』と呼称されるようになったそれは。
実態は慈愛にも救済にもほど遠い、おぞましき人喰いの怪物なのであるが。
彼は難しい顔を隠さず、ぽつりと言った。
「どうやら一つ、重大なすれ違いが起きているようでなあ」
「「はあ」」
要領を得ない二人は、曖昧な空返事で顔を突き合わせる。
トーマスはどうしたものかと思案する。
厄介な【運命】の計らいで、本星へ正直に事情を言っても通じるとは思えない。
やはり、星海 ユウという存在は。今回もダイラー星系列と敵対する定めのようだ。
そして……「やがてくる未来」は、彼らの想定よりもずっと早く訪れてしまった。
準備状況はまったく芳しいとは言えない。
ただ――ユウとウィル。
水と油の哀しき関係は、アイという最大にして共通の敵を前に、雪解けの歩み寄りを見せ始めている。
ラナソール事件の果て、ユウの坊やが「覚悟」を示し、『破壊者』のごとき尻拭いをしたこともウィルの坊やの琴線には響いたのだろう。
お互い、少しは気持ちがわかるようになったのだ。そいつがどんな成り行きの結末をもたらすものか。
宇宙の命運を賭けた戦いの行方は、果たして。
まだ誰も知らない『道』の先への、期待と恐れを胸に。
「まあ今回ばかりは。俺も黙って観ているというわけにはいかんわな」
『傍観者』は、ついに動き出す。
身内から出た錆だ。精々余計な迷惑をかけぬよう、尻拭い程度のことはしてやらねば。
彼は今一度決意すると、ちょうど話のわかる相手への心当たりが浮かんだ。
星海 ユウの人となりへ直に触れ、彼(彼女)を冤罪だと確信しているはずの――現役役人の名を。
「そこのお前さんたち、星栽執行者ブレイ・バードに繋げてくれんか。内々に大事な話があるからよ」
アイは必ずや、洗脳したダイラー星系列の軍勢をこの第97セクターへ送り込む。
このままでは近隣宇宙は蹂躙され、滅茶苦茶になってしまうだろう。
来たる大攻勢を控え。男は「一肌脱ぎ」、迎え撃つための準備を始めた。
***
時間はほんの少しだけ遡る。
近頃緊急事態が長かったために忘れられがちだが、有事でないときの観測星は、短期滞在の地としての性格も持っている。
流れの宇宙旅行者にとって、ちょうど道の駅のような役割を果たしているのだ。
ここに、ずっと肩車をする大男と担がれる幼女の珍妙な組み合わせが一つ。
「ああ……また門前払いをくらってしまった」
「仕方ないのよ。下手にあなたに近付けば死んでしまうのだから」
黒髪頭を優しく撫でる彼女。声こそは小さな子供のそれであるが、口調は妙齢の女性のものである。
半径約四メートル以内に存在する生命を、己の意志によらず無差別かつ瞬時に絶命させてしまう欠陥能力――【死圏】。
この恐ろしい力を持つ大男ザックス・トールミディと、それをものともせず【いつもいっしょ】にある永遠の幼女ラミィ・レアクロウ。
腐れ縁を超えた悠久の凸凹コンビは、ラナソール事件を経て、今はこの観測星でのんびりとバカンス(当人比)を楽しんでいた。
何だかこの辺りにいると「いつもいっしょ」に支障がないだろうと、彼女の勘が囁いていたのである。
人に「迷惑」をかけないよう、慎重に寂しげな場所を歩いて「楽しんで」いた二人だったが。
そこへ颯爽と髭面の男が通り過ぎるのを、フェバルである二人は違和感を持って認識した。
トーマス・グレイバー。
自分たちとスタンスの似た『傍観者』の名とそこへ至った経緯を、二人はそれとなくは知っていた。
普段は静観する彼が血相を変えて動き出すほどの、身内の恥と言えば。
「ねえ。ほら、面白いことになってきたと思わない?」
「またあの子か……。つくづく壮絶な運命の渦中にいると言えるな」
宇宙の覇者たるダイラー星系列から、いつでもどこでも狙われるなど地獄だ。
命がいくつあっても足りない。フェバルはいくつでもあるけれど、封印されてしまっては敵わない。
「かわいそうだから、また少しは力になってあげましょうか」
「うむ。素直ないい子だから、情が湧いてきてしまったな……」
ナイトメア=エルゼムとの戦いにて、一応助けられた借りもあることだしと。
二人は何かにつけて、過酷な境遇のユウにはすっかり同情的になっていた。
「よし。決まったのならきりきりと動くのよ。急がないと置いていかれるかもしれないわ」
「わかりましたよ。お姫様」
「お姫様はやめて頂戴」
ザックスとラミィは。
あの奇跡を目にしてから、真なる英雄の可能性をユウに見出していた。
いつかフェバルの救世主として目覚めるその日を、今も淡く期待を寄せて。ずっと心待ちにしている。




