27「白の衝突」
アイはとうとうユウの元へ辿り着いたが。
突如膨れ上がった絶大な気力と魔力に足を止め、思わず目を見張ることとなった。
《全要素結合》
数十億の人の繋がりを一挙に得て、ユウは瞬く間に変貌していく。
しかし、聖剣のような奇跡の受け皿がなければ。
二人の人間の精神だけでは、どんな固く強い決意をもってしても。
当然耐えられるはずがなかった。
ユウの全身は【神の器】の――彼女自身が有する星脈そのものの性質を帯びる。
五体のまったくが、淡く白い光に包まれる。
それは『心の世界』における精神体が放つ光と同質のものだった。
背のほどはちょうど男と女の中間となり、顔つきは男のようにも女のようにも見える。
元々可愛らしい顔をしている分だけ、女寄りだろうか。
胸の膨らみは、女の身体のそれよりも幾分小ぶりであり、滑らかな髪の長さも女のそれよりは少し短い。
女のように滑らかな肌を持つ華奢な身体の中に、男らしい力強さを併せ持ち。
完全とも言うべき、調和の取れた肉体バランスを備えていた。
それこそ、『女神』アイにも引けを取らないほどに美しく。
かつて空中都市エデルでウィルを前に発現したその姿が、ここに再臨する。
しかしその姿は、実はまったくの不完全だった。
遥か古、オリジナルの『神性体』を意のままに操った『原初のユウ』とは比べるべくもない。
所詮並みの人間の身体しか持たない今のユウでは、遥かな劣化にしかならない。
理性は完全に消し飛び、ただ束ねられた想いの赴くままに動く。
ある意味ではアイと同じ――ほとんど本能的で自動的な存在。
それでも。並みのフェバルなど、遥かに超越するほど力強く。
『黒』の覚醒すらも、一足飛びに超えて。
『白』のユウは、ついに動き出す。
ただ一つの強い感情に従って――人類の敵、アイを討ち滅ぼすために。
まるで人の心を持たぬ。
恐るべき存在が、わたしだけに最強の殺意を向けている。
アイは生まれて初めて、全身がわなわなと打ち震えるのを感じた。
「ふふ」
――このわたしが怯えているだと。
何が人の心。どの口がわたしを化け物呼ばわりするの。
おまえこそ、真の化け物ではないか。
だがただ恐怖ゆえではない。胸いっぱいの歓びと期待にも満ちていた。
「素晴らしい……」
これほどのものを、わたしの手中にできたならば。
宇宙への扉が開く。【運命】でさえこじ開けられる。
『ユウ。あなたが欲しい。おまえが欲しい』
『…………』
念話すらもまったく通じない。問答無用で戦いが始まった。
いや、戦いと呼べるほどのものだったのか。
展開は恐ろしく一方的だった。
《光の気剣》
『白』のユウは、かつてウィルを傷付けた最高の属性気剣を左手に携え。
ただし、数十億の人を束ねた力は。あのときよりも遥かに凄まじく。
《女神或在》
『至天体』アイは、メリッサの力を十全に振るい。
自らに『強存在性』と、さらなる圧倒的な再生力を付与した。
は――。
だが気付いたときには。
身体の中心から真っ二つに斬られ、左右に分かれる視界。
再生を――。
『白』のユウが無慈悲に振るった二太刀目が、さらにアイを袈裟掛けに二分割する。
な、ん――馬鹿な。
そのまま何もできず、することを許されず。滅多切りにされていく。
それはまったく、一切の彼女の再生を妨害するものではなかったが。
そんな特別な力を、不完全な『白』のユウは持ち合わせてなどいないが。
ただ鬼神のごとき力押しによって、アイは圧倒されていた。
勝て、ない。
きゃははははははははははははははははははは。
アイは深く傷付き、再生などろくに追いつかず。
ひたすらみじん切りにされ続けながら、それでも狂ったように嗤い続ける。
ああ、何たる強さ。何たる理不尽!
巫女どものすべてを奪い、ヒトをいっぱい喰らい重ねても。まだ足りない。
これが【神の器】の力。
最高のポテンシャルを秘めた、究極のフェバルの力。
欲しい。何としても。どんな手を使っても!
『わたしのものとなれ!』
《生命侵波》
今彼女が使える最高の技――喰らったヒトどもをすべてエネルギーに変えて。
渾身の生命波動を撃ち放つ。
だが『白』のユウこそは、あらゆる世界要素を感じ取る【神の器】の化身。
アイの意図も、その攻撃も。例外ではなく。
放つよりも早く、完璧に見切っている。
ユウは左腕のみで斬り続けていた。
右手はずっと――空いている。
《セインブラスター》
最強の魔力要素。星光素を纏った、極大の魔力波が。
アイの視界を――リデルアースの空を覆い尽くす。
ああ――いけない。まるで比べ物にならない。
アイは既に『敗北』を確信していた。
それは彼女の放った最大の生命波を瞬く間に覆い尽くし、もろとも巻き込んで。
避けようもなく、どうしようもなく。アイの全身を呑み込んでいった。
『女神』の全身が灼かれ、砕かれ。燃え尽きていく。
それでもアイは、なぜか勝ち誇った笑みを浮かべていた。
これでいい――これで。ようやく。
一目には為すすべもなく。
アイの本体は、塵と消え去り――。
そしてユウを除き誰もいなくなった空には、不気味な静寂だけが残っていた。




