26「もうあなただけ」
アイは全世界に己を知覚させ、当然私の位置も正確に突き止めていた。
私のいるところへ向かって、高速飛翔を開始する。アマンダの『足』を取り込んだときよりもずっと速い。
そして私ただ一人に向かって、情熱的な念話を飛ばしてきた。
『ユウ。ユウ。ユウ。今会いにいくからね♡』
巫女たちの好意は重なり合い、融け合って。
歪みに歪んだ凄まじい愛欲として結実し、アイをして狂おしく私への「愛」を衝き動かす。
『もうあなただけなの。もうだーれもいないのよ?』
ふふふふふふふふふふふふふ。
『寂しいでしょう。おいで。ぜんぶ包み込んであげる。ひとりぼっちにはしないわ』
全速で一直線に私へ向かいながら、イプリールの手でそこを愛おしくさする。
『アルシアも、アマンダも、イプリールも、メリッサも。みんなあなたを待っている』
女神の持つ力なのか、嫌に知覚できてしまう。
白く美しい輝きを放つ五体の中で、そこだけが。下腹部だけが「欠けている」。
そこだけが無色透明で、ぴったりと私の【器】が嵌るようになっている。
私を迎え入れるのを涎を垂らして、今か今かと待っている。本当に気味が悪い。
――世界は。人々はどうなっているの。
意識を向けてみる。
リデルアースの人口は、地球とほぼ同じ――約八十億人だ。
……随分と反応が減ってしまっている。ひどい喰われよう。
復活の際の衝撃と大規模捕食により、十億の単位に届く人間が一瞬にしてやられてしまったらしい。
ただ。天に届く触手の見た目のインパクトは凄まじいものがあったけど、世界の住人の過半はどうやらまだ無事だった。
そして、誰もがアイを恐れている。
アイを倒したい。
その一点において、これほど強い感情が集まっている状況は理想的だ。
まず世界中の人々と心は共有できるでしょう。
だけど……。
もう一人の「私」――ユイは強い懸念を示す。
『上手く行き過ぎている。アイにとって、この状況が読めないはずがないの』
『そうだよね……』
『本当にいいのかな……。何だか、嫌な流れに乗せられているような気がして』
アイは。どんなに欲望に塗れていても。計算高く。そして強かだ。
この状況さえ奴の掌の上なのだとしたら。どうしようもない。
私たちの知らない落とし穴が、どこかに潜んでいるというの……?
でも……《マインドリンカー》を使わないという選択肢はない。
既にフェバルに届くほど、奴は恐ろしく強くなっている。
はっきり言って、感じる力だけならあのヴィッターヴァイツよりも上。
使わなければ、『星級生命体』になんて絶対に敵わない。
けどどうすれば。どこまですればいいの。
ただ強過ぎれば制御を失って、どうなるかわからない。
かと言って制御できる程度の範囲で使うのなら、到底敵わないかもしれない。
私たちは、あくまで人であることにこだわり続けて戦ってきた。
安易に『黒』や『白』を選べば、手痛いしっぺ返しを食らう。
『黒の旅人』が。もう一人の「俺」が、口を酸っぱくして警告してきたこと。
ラナソールとトレヴァークの旅で痛いほど思い知った、【運命】の収束力。
けれど。この状況でなお人のまま戦うことが。本当にそんなことで足りるのか。
また力に溺れることが、さらなる悲劇に繋がりはしないか。
わからない……。わからないよ。
『……いい加減、覚悟決めないとね。私はあなたがどんな道を選んでも支えるから』
『……そうだね。ありがとう。一緒に戦おう』
『うん。ずっと一緒だからね』
精神をくっつけた私は、究極の二択を迫られる。
どうする。どうすればいい。
『きっと。もうすぐ』
アイの期待に満ちた声が響く。間もなくアイが来る。
素のままの状態では、一切反応すらできずにやられる。
もはや一刻の猶予もない。選ぶしかない――。
A.《マインドリンカー》を抑えて使う → 次の話へ
B.《マインドリンカー》を最大限使う → 2話先の話へ




