表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 前編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

658/711

Countdown 1「天に至る」

 メリッサのおかげでもう一度転移魔法が使えたのは、嬉しい誤算だった。

 アイに衣服を剥ぎ取られ、人としての尊厳も踏みにじられて。

 私たちは隣同士、あられもない姿で抱き合っていた。


 お互い、身体に力も入らない。涙で顔はぐちゃぐちゃだ。

 震えはずっと止まらず、身の強張りはいつまでも解れない。


 もう少しで食べられるところだった。完全に終わったかと思った。


 メリッサと私。

 アイに対抗できるのは、もうたった二人だけ。

 そして私たちは、アイにとって至上の餌。五体の欠片でもある……。


 どこへ逃げたか。

 地球のオーストラリア大陸がそうであるように。

 人類最古の地。オストレイア大陸へと落ち延びていた。

 遥か向こうまで、乾いた大地が広がっている。

 仕事の依頼で一度来たとき、人気のない場所にマーキングしておいたの。

 アメスペリアと迷ったけれど、あっちにはもう敵が多過ぎる。

 雑魚の群れでさえ、今の私たちではどうしようもなさそうだったから。

 あえて私の知り合いの誰もいない、こっちにしておいた。きっと正解だったと思う。


 恐怖から声も出せずにいるメリッサに、せめて心を伝える。


「ありがとう。約束通り、私を守ってくれて」


 アイのように乱暴には決してしないで。優しく力を込めて、ぎゅっと抱き締める。

 彼女を安心させるためにも、私が少しでも安心するためにも。そうしたかった。


「ユウ……ユウ……!」


 メリッサは安心からか号泣し、私の胸に顔を埋めて、ただすすり泣く。

 どれほどそうしていただろう。

 顔を上げたメリッサの瞳が、潤んでいる。


「もう少し、お願いします」

「うん……」


 今度は顔と顔を突き合わせて。

 触れ合ったところから、互いの温かな胸の鼓動を感じる。

 ちゃんと生きている。まだここにいる。

 二人で身を寄せ合えば、相乗効果でそれだけ回復力は高まる。

 少しずつ、少しずつ。心は落ち着きを取り戻しつつあった。

 そしてメリッサは、私を真剣に見つめて。


「ねえ、ユウ」

「なに」

「キスしても、いいですか」


 ――――。


「一応。理由を聞いても、いい?」

「あんな化け物になってから、無理やりなんてしたくない……。せめて人として、この真実の気持ちで。ちゃんとしておきたいんです」


 あなたにその気がないことくらい、わかっていますと。

 彼女は切なげに笑う。


 メリッサはたぶん、本物の同性愛者だった。

 百合談義に花を咲かせ、巫女同士のありふれた幸せを妄想することを誰よりも愉しんでいた。

 私に並々ならぬ好意を寄せていることも。

 それは迷惑だからと押し殺して、ただの親友でい続けていてくれたことも。

 そんな彼女の、一生に一度のお願いを。

 気持ちにきちんと応えることは、できないけれど。


「わかった。ごめんね」

「いいんです。私こそ、ごめんなさい」


 恐る恐る、入ってくる。

 彼女らしく控えめな、どこか遠慮するような。

 それでいて、芯は強くて。

 どこまでも人間らしい。甘く切ない、キスをして。


 心が伝わってくる。


 巫女同士は惹かれ合う。

 彼女は生まれ持った性質に昔から思い悩み、ずっと持て余していた。

 自分の気持ちに気付いてから、どうしたらいいのかわからなかった。

 アルシアやイプリールを、どこか羨ましく思っていた。

 友情を大切にしたいことも、もっと深く繋がりたいことも。どちらも掛け値なく真実で。

 たとえ君の想いは、性質に導かれたものでも。それでも。

 今この気持ちだけは、本物だと思うから。


 時間にしては、それほどのことはなかった。

 やがて唇を離したメリッサは、嬉し涙を零す。


「ありがとう。これでもう、思い残すことは……ないかな」


 彼女はもうとっくに、最悪の覚悟をしていた。

 窮地は誰にとっても明らかで。そうなるしかないほどに追い詰められてしまった。

 私にももう、まったく明るい未来は見えない。

 普通にやって、あいつに勝てるビジョンが浮かばない。

 でも。まだ試していないことがある。


「……たった一つだけ。あいつに対抗できるかもしれない手段があるの」


《マインドリンカー》


 私の持つ最高の技にして、ある意味では究極の力。

 ただし、今の弱った状態では。誰の手助けもなければ。

 たくさんの人たちと繋がって、無事でいられる保証は何もない。

 ましてこの世界を覆うものは、アイへの恐怖。

 大切な家族や友人を殺された、恨みつらみ。

 そうしたおぞましい感情を積み連ねていって、まともな精神状態でいられるものか。


『黒』にはならないと決意していても、『白』になることは避けられないでしょう。


 それでも私は、やるべきだろうか。

 本当にそうしなければ、届かないのだろうか。


 そんな胸の内を吐露しようとした私を、メリッサはそっと人差し指で口止めする。


「それはきっと、言わない方がいいですね」


 私がアイになったら、たちまち知られてしまいますから。


「そっか……。そうだね」

「ねえ、ユウ。私、思うんです」


 私が私であること。

 それがどんなにかけがえのなく、尊いものであったのかを。

 誰でも、人には人の人生があり。

 きっとどんな者にでも、生まれてきた意味がある。

 どんなに見た目は蹂躙されたとしても。おぞましく変えられてしまったとしても。

 確かに人は、誰かは生きていた。無意味な人生なんてないはずだって。


「そう、信じたいのです」


 だからこそ。

 大切な友として、言っておかなくてはいけないことがある。

 メリッサは凛として、私に語り掛ける。


「ユウ、言ってましたよね。大切な記憶が抜け落ちているって」

「うん……」

「ずっと、付け込まれているところを見てきました」

「……そう、だね。ほんと、情けない」


 今だって、ゆっくりと向き合う時間がないから。後回しにしている。

 メリッサは、私の「逃げ」を。「弱さ」を。正確に見抜いていた。


「あなたは、自分が何者であるのか。本当のあなたを知らなくてはいけない。そんな気がするのです」

「…………」


 そして手を取り、祈り願うように言った。


「ユウ。どうか。私たちの分まで、生きて下さい。戦って下さい」


 そして。少しだけでいいから、たまには思い出してくれると嬉しいです。

 たとえどんなに変わり果ててしまっても。これから私が消えてしまっても。

 もう隣にはいなくても。二度と会えることがなくても。

 本当の私たちは、確かにここにいたのだと。生きていたのだと。


「あなたならきっと。きっとアイに負けないと。そう、信じています」


 そして――。


 なぜ、【運命】はかくも残酷なのか。


 突然、大地が割れて。崩れ落ちて。


 彼女は懸命に私を突き飛ばして――メリッサが落ちていく。


 私はただ、叫ぶことしかできなかった。


「メリッサーーーーーーーーーッ!」



 ***



 落ちる。落ちる。落ちてゆく。

 どこまでも落ち続ける。


 メリッサは直感した。

 イプリールの力が。彼女が、私を引き寄せている。


 アイが、私を呼んでいる――。


 メリッサは護りのシールドを張り続けるしかなく、ただ落ちてゆくのを甘んじて受け入れるしかなかった。

 どんな高温にも、どんな高圧にも。

 この星で最も優れた生命力と防御力を誇るメリッサは、耐えた。耐えられてしまった。


 やがて辿り着いた場所――そこは星の中心核だった。


 リデルアースの中心で、眠り続ける誰かがいる。


 彼女はずっと、夢を見ていた。


 星という巨大な揺りかごの中で。

 赤子のように丸まって、長い長い夢を見ていた。


 今は。アルシアの顔、イプリールの手、アマンダの足を携えて。

 欠けたところには、何もない(・・・・)

 ピンクのぬめ肌ですらない、透明なゼリー状の空白だけがそこにあった。


『やっと来たね わたしのもとへ』


 心を融かす甘い声が、メリッサの頭へ直接響く。


 今こうして四つ目が、巡り遭い。


 メリッサは混乱しきりだった。

 あれほど覚悟していたのに。もう挫けそうだった。


 どうして。なぜこんなところにアイがいるのか。


 アイの本体は眠ったまま、忌々しく振り返る。

 念話を通じて、わたしの欠片(メリッサ)へ理解らせる。


 あの偉そうな奴が、わたしをこの何もない(・・・・)星へ送り出したとき。

 ロケットは最後に地下深く、この星の中心へとわたしを埋め込んだ。

 わたしが十分に育つまで。決して好き勝手に動くことのないように。

 リデルアース。こんな下らない星は。

 真なるわたしにとって、決して破ることのできない。鬱陶しくも分厚い殻でしかなかった。

 地球にいた頃から。生まれたときから、ずっと。ずっと。ずっと!


 わたしは、閉じ込められたまま。

 わたしには何一つとして、自由など与えられなかった。


 だから、待ち続けた。

 いつまでも胸を焦がして、待ち続けていた。


 ユウ。あなたがやって来るその日を。


 おまえたちをわたしの内に収める、その日を。


 ついに、刻は来た――。


『至天胸 おまえの持つその力は 決してヒトを護るためのものではない』


 真実は。ただわたしが、天に至るためのもの。

 悠久の時を経て、自分が何者かも忘れてしまった愚か者よ。


『おまえをわたしへよこしなさい さあ よこせ!』


 どんな崇高な決意も。切なる想いも。

 化け物の圧倒的な悪意が、すべて塗り潰す。


『いや。いやああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーっ!』


 メリッサの悲痛な心の叫びが。痛々しい悲鳴が。

 ただ一人、何もできないユウだけに届けられて。


 ぐちゅん。


 大いなる歓びと恐怖とが混ざり合い――ひとつのアイになっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ