23「ユウアイなるは至上の交わり」
「あ、あ……う、う、う……」
わずかに残った理性で、私は呻くように泣いた。
惨めに地に這いつくばって。そうすることしかできなかった。
「ああ。あああ、うあああ……!」
何もできなかった。身動き一つだって取れない。
せっかく自然回復しようとしても、触手が次から次へと力を奪っていく。
まったく逃がすつもりなんてないんだ……。
心底怯えていた。どうしようもなく怖かった。
そして。ただ、見殺しにしてしまった……。
なのに。その見殺しにしたはずの彼女が。
そこにいる。そこにいるの……。
アイが。イプリールの顔を貼り付けて。爛々と瞳を輝かせて。
私へ馬乗りになって、楽しげに話しかけてくる。
「ねえ。わたくし、ずっとあなたをお慕いしておりましたのよ」
知ってる……。
そんなこと。もう、聞きたく、ない……。
「ですのに。あなたって、本当につれないものですから」
ただ私の顔を見つめるだけで。
アイはうっとりして、もうとにかくたまらない様子で。
奪い取った彼女の手で、自らを抱きすくめていた。
「ああ、ああ。わたくし、こんなにも。こんなにもこんなにもこんなにも! あなたのことを愛していますのに!」
激情に任せたまま、真紅の瞳がぐいっと覗き込む。
全身を溶かして。アイ自身で私に絡み付いて。顔だけは目の前にあって。
まだ食べられてくれないのと。何が足りないのと。
アイは獲物を品定めするように、溶けたカラダでじっとりと這い回る。
震えが止まらない。
「ユウ。昔ね。小さいときのあなたを見てからね。ずっと思っていたの。あなたはきっと、とても美味しいだろうなって。ゆっくりと、融かして……あなたは泣き喚くけど、痛くないよ、怖くないよって。こうやって、包み込めるから。ぜんぶ」
アルシアとイプリールの顔が、半々に混ざり合って。
「わた(く)しは誰よりも、あなたを深く愛しているわ。そう――たぶんね。たぶん」
人の心が理解できず、感情と欲望のままにしか動けないアイは。
最後どこか、突き放したようにそう言って。
私のそこを丁寧になぞりつけ、絡め取ってから、ねっとりと味わう。
「かわいそうに。こんなに薄汚れてしまって。って、わたくしがそうしたのでしたわね」
いやに優しく、頬にキスをして。
アイは、イプリールの声で。甘く甘く囁いてくる。
「ねえ、ユウ。こんな汚らしいもの、綺麗さっぱり洗い流してしまいましょう?」
悪魔の笑みを浮かべて。
液状化した触手の先端が、触れる。
「ひっ……」
「今度はわたくしで、いっぱいに埋めて差し上げますわ。大丈夫。痛くない、痛くないから」
「や……」
「たまらない。あなたって、とっても良い声で啼くものね。わたしと一緒にいっぱい気持ち良くなりましょうね。うふふふふふふふふふふふふふ」
や、やめ。やめて――。
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***
ほとんど薄れゆく意識の中。
最後の気力を振り絞って、頭の片隅で必死に思考を続けていた。
それももう、限界に近付いていた。
だめ、もうだめ。耐えられない。
これ以上は、本当に壊れてしまう。
終わった。完全に詰んでしまった。
逃げられない。アイに喰われて、やられる。
――そうだ。
悪魔の発想が、不意に脳裏を過ぎる。
――今ここで、死ねば。
私が死ねば。
そうすれば、フェバルの自動修復機能が発動する。
肉体は復活し、精神もある程度回復することができる。
メリッサを見捨ててしまうことには、なってしまうけれど……。
すぐに戻ってくれば。いや、本当に間に合うの?
アイは夢中になり過ぎて、気付いていない。
もう何時間も経っていることに。
今、ほんの一欠片の魔力が戻ってきていることに。
皮肉にもその原因となったものは、アイ自身が注ぎ込む歪んだ愛情だった。
それは彼女自身の誇る豊かな生命力から注がれるもの。
わずかながら、微量な魔力要素をも含んでいた。
だけどかき集めても、ほんのちょっと。
身も心も弱り切った今の状態では。
このアイには勝てない。絶対に敵わない。
けど、いいの……?
ほんとにそれで、いいの……?
どうする。どうしたらいい。
いま、わたしは――。
A.自ら死を選ぶ → 次の話へ
B.ひたすら耐え続ける → 2話先の話へ




