Countdown 2「わたしの手」
全部すっからかんになるまで、欲望という欲望を吐き出して。
最後にもう一度、愛おしむように。また甚振るように、彼女を抱き締めて。
その場に放り捨てられたユウは、もはや動くことも喋ることもままならず。
いつまでも震えの止まらない身を自ら抱きすくめて、赤子のように縮こまり。
光の失った瞳を湛えて、静かに涙を流していた。
アイは油断なく、触手でもって彼女の胴体を縛っておく。
もはや立つ気力もないだろうが。万が一また融合の邪魔をされてはかなわない。
たっぷりユウと「愛し合った」彼は、生涯の望みを得たと実に清々しく、満ち足りた気分だった。
もっと早く素直になればよかった。こうしていればよかったと。
――これでもう、この身に思い残すこともない。
天を仰ぎ、ようやく馴染んできた身体に、我が主を迎え入れる。
女神の神秘性、女性をすべて受け入れるためには。男としての欲望を出し切り、未練を捨て去らねばならない。
彼は本能的にそう理解していた。だからアイは心の赴くままに従った。
彼の内側に、女神が到来する。
男のシンボルは巻き込まれるようにして内側へ沈み込み、女性としての『不完全な』器が形作られていく。
彼の厚い胸板はピンク色に変色しながら、丸みを帯びて、中央からむくむくと膨れ上がっていく。
見事なシックスパックは柔らかな脂肪に包まれて、腰も徐々にくびれていく。
「お、お……あ、ああ……♡」
彼の男らしい声は、喉仏が失せるにつれて高くなり。艶のある女性の声へと変ずる。
それこそは女神の――アルシアの声だった。
彼自身の精神などは女神にとって異物であり、不要のものである。
ガッシュは自ら望み、男としての理性を女神の中に溶かし込んでいった。
自分がまったく生まれ変わり、消えていくことに不安はない。
大いなるひとつに包まれることの幸福だけがあった。
「はああ……♡」
すっかり女性らしい体つきになったアイは、恍惚とともに溜息を漏らす。
アルシアの顔とアマンダの足を持ち、欠けた残りは透明感のあるぬめ肌となり。
完全復活を果たした彼女は、ほんの少し名残り惜しそうに下腹部をさする。
彼自身の滾っていたモノは、もうそこにはない。既に親しみ慣れた女の肉体である。
性転換を終えた彼女は、新たなカラダの具合を確かめつつ。
ついさっきまでは自分そのものだった、男としての感覚の余韻に浸る。
「うふふ。まったく困った彼ね。欠けたわたしを埋めるよりも、ユウとまぐわうことを優先してしまうのだから」
だがそれもわたし。それもアイなのだ。
アイはすべてを受け入れ、すべて望みのままにする。彼の望みはわたしの望みでもある。
おかげで予定よりも早くユウを「食べる」ことになってしまったけれど。まあいいでしょう。
男のままでというのも、それはそれで愉しく、得難い経験ではあったから。
次こそはぜひ、このわたしで愉しみたいものだと思う。
アルシアとアマンダが、それを強く望んでいる。
もちろん、イプリールとメリッサもすぐに加わることになるだろう。
アイはほくそ笑むと、縛り上げた二人の巫女へゆったり歩を進めていく。
メリッサは今もなお『至天胸』で抵抗している。ただ一人辛うじてまともな理性を保っている。
さすがだ。五体のうち二つを合わせても、まだ足りない。
もっとも。それほど強力でなければ、天に至ることはできない。物事にはやはり順序がある。
ならば。先にいただくのは。
アマンダが強く出て、アルシアの顔を染め上げていく。
「イプリール。遅れてすまなかったね。あのときの続きをしよう」
かなりの時間体液漬けにされて。メリッサの護りをもってしても、イプリールの精神はとうに限界を迎えていた。
すっかり熱に浮かされている彼女は、まるで夢見心地だった。
現実感のないところへ、大好きな「お姉様」が甘く囁きかけてくる。
そうだ。きっと今までのことは、悪い夢に違いなかったのだと。
素敵な素敵な「お誘い」に、断る術をもう持たなかった。
「はい……」
うっとりと答える彼女に、「お姉様」は湧き上がる愛しさから頬へキスをした。
「ほんと素直でいい子だ。お前は。最高のひとときにしような」
アイは振り返り、無様に倒れ伏すユウにアマンダの煽り口調で告げる。
「ユウ。そこで無様に見ているがいいさ。新たなあたしたちの誕生を」
『いただきます♡』
ぐちゅん。
期待に満ちた水音とともに――再び至上なる融合の時間が始まった。
虚ろなるユウの瞳に、融け合う二つの影が重なっていく様をまざまざと見せ付けて。
***
アマンダのときよりもずっと抵抗なく、沁み込むように侵襲は進んでいった。
「「お、おお、う。おう……。ん、あ、あはあ♡」」
早くも声は折り重なって。互いに競い合い、求め合うように混ざり合う。
イプリールの全身に纏わり付いたアイが、丁寧に全身をこねくり回し、己自身へと融かし合わせていく。
イプリールの記憶と感情に、アイの記憶と感情が混ざり込んでいく。
まずアマンダがどれほど自分を切望していたかを、彼女は思い知った。
彼女がいかにわたくしに心を砕き、愛していたのかを。実の子供のように思っていたかを。
今はもう、手に取るようにわかる。
『待ちくたびれたぞ。イプリール』
『お姉様……うう、お姉様ぁ……!』
巫女同士は惹かれ合い、融け合い。セックスよりも甘美な百合の花を咲かせる。
そして。憎たらしかった、誰より羨ましかったはずのあの女。
アルシアがユウの家へ流れ込んできた日のこと。たくさん歌って聞かせたこと。
幾夜ベッドでともに過ごした、甘い蜜のような時間。触れ合う肌の感触。吸い込む蜜の匂い。
わたしだけに見せてくれた、たくさんの顔。言葉たち。
すべて我が事のように、幸せな体験として追憶される。
化け物としての記憶。
人を喰らうことも。その素晴らしき味わいも。
「わかってみれば」、まったく怖くなどなかった。今や当然のことと思える。
先ほどガッシュとして犯し尽くした記憶もまた、濃厚な感触とともに彼女の脳に刻み込まれていく。
もっと深く。さらに交われば。もっと素敵な気分になれる。
「「ああ、すごい。しゅごい……」」
イプリールは心が幸せに溶けて。
どす黒い嫉妬心も、恐怖も、何もかもがすっきりと洗われていくのを感じていた。
――そうでしたわ。最初から、何も嫉妬することなどなかったのです。
あれもこれも。全部わたくしが――アイがしたことなのですから。
アルシアは、わたくしだったのですから。
メリッサだって、これからわたくしになるのですから。
そして、これからも。
もっと。もっと。ずっと。
「「あと、少し。わた(く)し、ひと、つに」」
ああ、ユウ。
ユウ。ユウ。ユウ。
ユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウユウ。
溢れて、溢れて。止まらない。
愛しくてたまらない。欲しくて欲しくてたまらない。
わたくし、欠けているの。寂しかったの。
ごめんなさいね。ずっと素直になれなくて。
わたくし、ようやく気付きましたわ。真実のアイに。
わたしたちは、三つ。
これでやっと、ようやくあなたの上に立てる。
アマンダお姉様ともひとつになって。あなたの「お姉様」になれるのですね。
ユウ。この手は、あなたを愛でるためにあるもの。
アイになって、あなたとひとつになるためにわたくしは生まれてきた。
わたくしとひとつになったとき。
あなたの大切なここに触れるのは、わたしの手なのだから。
甘えん坊のあなた。そしてわたし。
ずっと一番側にいて。恋人よりももっと近く。
そうしたら、もう寂しくない。
アイが。わたしがあなたを慰めてあげる。永遠に!
女神様。今、実りを捧げます。
けれど、わずか残していた一筋の友情が。本当の友愛が。
呑まれゆく彼女の目から、ほんの一欠片の涙を零した。
誰か。ユウ。助けて……。
***
「うふふ……。なんて強く、純粋で。愛おしい。とってもすてき……」
生まれ変わったアイは、イプリールのふりふりした衣服を身に纏い。くるくると舞い躍ってみせる。
うら若き乙女の瑞々しい感性が、心をいっぱいに満たし。重ね合わせたユウへの愛しさは、ますます抑え切れないほどに募り。
世界はこれまでよりもさらに輝いて見えた。
ついに過半に達した女神の五体。埋めたところは神々しい白さを放つ。
もらい受けたイプリールの手は、常にヒトらしい美しさを保ち。あるべきところへぴったりと嵌っている。
そっとカラダをなぞってみれば。本来の主にやっと用いられることの歓びに打ち震えている。
――だから言ったでしょう。とても満たされて、気持ちのいいことだって。
未だ空しきは空っぽの胸と、ここだけ。
もうすぐそこにある。間もなくだ。
かくして『不完全なる女神』は、またヒトの形へと近付き――『完全なる女神』へと一つカウントを進める。
これで三つ――あと二つ。




