22「つらぬく」
「いや……! はな、して……っ!」
手足を必死にばたつかせても、リソースの尽きた非力な身ではぽかぽか殴り付けるだけにしかならない。
「じゃれついているのかな。可愛い奴め」
藻掻けば藻掻くほど、私はとことん無力を思い知らされた。
まずい。まずいまずいまずいまずい。
どうしよう。どうしよう!
確かにさっきのあいつに比べたら、随分と力は落ちている。
だけどこっちだって、もう全然戦う力なんて残ってないの。
イプリールもメリッサも疲弊し切っている。
「この! ユウを離しなさいっ!」
イプリールは憤り、恐怖を投げ捨ててまで私を助け出そうとするけれど。
「小娘が」
神速は彼の身に移り代わっても、なお健在だった。
悠々私を掴んだまま。ガッシュの鍛え上げた肉体を駆使した豪快な膝蹴りが、彼女を一発で打ちのめす。
「イプリール……!」
痛々しい呻き声を上げ、のたうち回る彼女を冷めた目で見下して。
「なるほど。まだ完全には馴染んでいないか」
奪った身体の具合を確かめ、独り言ちるアイ。
だが時間の問題だと、アイはガッシュの顔で悪意たっぷりにほくそ笑む。
目と鼻の先で、わざわざ見せ付けられている。
それから、戦慄くメリッサには嘲笑を向けて。
「戦う力のない巫女さんってのは、こんなとき哀れだな。ただ見ているしかできない」
「くっ。ううっ!」
メリッサもわかっているんだ。下手に飛び掛かっても意味がないと。
打ちひしがれ、歯を食いしばるしかなくて。
容易く私たちを完全屈服させたアイは、恍惚とともに宣言する。
「ついに。ここに俺の『すべて』が揃った。もうおまえたちを逃がしはしない」
《自霊強縛》
右腕から大量の触手を放ち、二人を絡め取っていく。
あのときの私のように、全身を縛り上げられて。声も出せないよう、口の中にもねじ込まれて。
理性を溶かす体液を内側に注ぎ込まれていく。
メリッサの護りの力が、それでも【侵食】の洗脳効果だけは辛うじて防いでいた。
だが必死の抵抗も永遠には続かない。いつかは能力も力尽きる。
だめ。このままじゃ、みんなやられてしまう……!
「これで邪魔はなくなった。二人きりだな」
アイは真っ赤な瞳を色めき立たせ、ガッシュの顔にあからさまな欲望を浮かべて。
両腕を目いっぱい使って、私を渾身の力で抱き締めた。
彼の厚い胸板に私の胸が押し付けられて、めりめりと圧し潰される。
「あ、うあっ……!」
「柔らけえ。いい匂いもするぜ。そうか、男だとこういう感じ方になるのか」
新鮮な感動に満ちた男の鼻息荒い声が、耳元で嫌に響く。
全身の骨が軋むほどの万力で締め上げられて。私はろくに抵抗もできず、すっかり腰砕けになってしまった。
せめてうわ言のように、尋ねることしかできない。
「どう、して……。なぜ」
「くっくっく。俺は何度でも蘇るのさ」
――アイ因子のある限り。
衝撃で頭を殴られたようだった。
ということは、つまりは……。
この世界の人類すべてが、潜在的に――。
興奮した人の熱気が、徐々に身を焦がす。生暖かい吐息がかけられる。
私をじっくり肌で味わいながら、アイは語る。
最初の一人は、響心声の巫女。お前を見つけ出すために在る。
そして、たとえ最初の一人が失われたとしても。
次なる覚醒者は、巫女以外でお前に最も親しき者から選ばれるのだと。
私たちは、深く【運命】で繋がっているのだと。
「つまりだ、ユウ。お前が『わたし』を倒してしまったからいけないんだよ。お前のせいで、俺がこうなってしまった」
そんな。そんなことって……。
必死に倒そうとしていたはずの行為が、すべて裏目に出ていたなんて。
このままでは何度戦っても無意味だ。本物はどこにいるの?
こいつの正体を突き止めなければ。何度倒したところで、アイは蘇る。
この星のすべてをアイに変えるまで。永遠に。
「そうとも。おお……俺が女神様に選ばれたんだ。随分と懐いていたもんなあ、お前」
ひとしきり触れ合う感触を愉しんだアイは、今度はひどく乱暴に私の頭を撫で付けながら、顔を擦り付けてくる。
一連の事件に追われる生活でやや手入れの不足していた彼の無精ひげが、ちくちくと刺さる。
そうしたままで、本能に歪められたガッシュの望みを、彼のままの声に言わせた。
「ずっとこうしたかったんだ……。お前が欲しかった」
「やめて。ガッシュは無理やりこんなこと、しない……」
「いい加減認めろよ。もう俺こそがガッシュなんだよ!」
違う。お前なんて。そんな人、知らない……。
目を血走らせた彼は、屈服させるように舌をねじ込んできた。
何度強引にされても、まるで心配りのない。ただ蹂躙するだけの乱暴な接吻。
違うのは。ガッシュの男の匂いがこびりついて、くらくらして。
どんなに嫌だと希っても、カラダは憶えていて。
理性を溶かす彼の唾液が、少しずつ頭をぼんやりとさせてくる。
――視線を感じた。
口も縛られたイプリールとメリッサが、恨めしそうにこちらを見ている。
やめて。こんなの、見て欲しくない。
解放された男の欲望はなお留まることを知らない。
服に手を突っ込んで、激しく揉みしだかれる。
ますます息を荒げながら、ガッシュの顔が色気立っていく。
「ほら、いいんだぞ。されるのが嫌なら、男になっても。なってみろよ。なあおい」
愉悦たっぷりに、アイは私を挑発した。
わかっている。この密着した状態で男になれば、間違いなく【侵食】に耐えられない。
こいつは私が変身できないことをわかっていて。あえて煽っている。
ずっと秘めていた欲望を、今はあからさまに語り出す。
「俺はさあ、おお、あああ……♡ 女のお前を見てるとなあ。元は男だって知ってんのによ。可愛くて可愛くて。好きにしたくて、たまらなかったんだ」
時たまばつの悪そうにしているとき、彼が何を思っていたのか。
それなりに好意を持たれていることくらい、薄々とはわかっていた。
でも彼は大人だったから。優しかったから。良き友人であり続けていたのに。
変わり果ててしまった彼の心に触れて、また涙が溢れてくる。
一度泣き出してしまうと、止められなかった。
「ひどい。ひどいよぉ……」
「そうだ。お前のその泣き顔。見るたびにそそってよぉ。たまんねえ。むらむらしてしょうがなかったんだよ」
やめてよ……。そんな下品な言葉、ガッシュは言わない。
お前の口なんかから聞きたくないっ!
ぐちゃぐちゃになった私の情緒がたまらなかったのか、彼の興奮は最高潮に達していた。
「お、お、お……。ダメだ。とっておきのデザートは、最後まで取っておこうと思ったのに。ああもう我慢ならねえ……!」
――――
せっかく仕立て直した服が、びりびりと引き千切られた。
上も下も。
外気に晒されるのは、震え上がるばかりの肢体。
「なに、するの……」
「フェバル。いいよなあ」
アイ自身の知識が、欲望で胸いっぱいの彼を陶酔させていく。
「だってよ。どんなに歳食っても、カラダは少女のまま変わらねえ。それで、どんなに世界を跨いでもすっかり元通り――永遠の生娘なんだからよ」
自ずと悟り、恐怖の涙が頬を伝う。
これから何をされるのか。頭ではもう理解してしまっている。
「もっとも。お前はそもそもどうだったのか。周りにも随分と大切にされていたんじゃないか?」
ここに至ってしまっては、もう逃れられない。
いやだ。いやだよ……。
わたしだって、好きな人としか。こんなこと。
「う、うっ」
悔しくて、情けなくて。
イプリールもメリッサも、必死に藻掻いて私を助けようとしている。
だけど身動き封じられて、誰にもどうすることもできなかった。
私と二人のすすり泣く様を肴に、アイは勝利宣言する。
「誰にも渡さない。初めては他でもない――このアイだ」
***
そうして。
私はただ、ひたすら■され続けた。
歪み切った彼の欲するままに。求めるままに。
何度も。何度でも。繰り返し、繰り返し。
「アイ」を刻まれ続ける。
■■■され。■■■を、■■■して。
■■■、■■■――。
滴り落ちる鮮血と、鈍く消えることのない痛みが。
しきりに吐き出され、満たされるものが。
この身がどうしようもなく女であることを、絶え間なく理解らされて。
次第に蕩けていく理性に。必死に抑えても、漏れ出すのは雌の声。
私は、ただ私であるために。
最も憎き仇敵へと、懸命に縋り付いて。
ひたすら泣き喚きながら、よがり狂いながら。
彼の肩に噛み付いてまで、懸命に理性を繋ぎ止めようとする。
最後の一線だけは譲れないと。心まで折れてはならないと。
彼はそのささやかな抵抗すら歓びとして、いっそう私へのめり込んでいく。
もはやそうすることでしか、私は私でいられなかった。




