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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 前編

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19「TSF壊滅」

 TSF(Transcendental Force。超越軍)。

 ビュートシティに本部が置かれ、多数のTSPが所属する世界最大の超能力組織であるが。

 今やその権勢は見る影もなく、風前の灯火であった。

 血と肉と腐臭の漂う廊下を、アイは我が物顔で歩み進んでいる。


「いけないのよ。あなたたちが逃げてしまったから。誰も守る者がいなくなってしまった」


 ちょっと小腹が空いたからという程度の気分で、非能力者をつまみ食いしながら。奥へ奥へと向かう。

 やがて辿り着いたのは、総合作戦司令室だった。

 既に『響心声』はよく沁み渡り、部屋のスタッフ全員がアイに心酔するしもべと化していた。

 アイは彼らを見渡して満足に微笑むと、命じて総員通信に取り掛からせた。

 世界各地に展開して任務に当たる兵士たちは、総合作戦指令室から通信機を介して即時連携が取れるようになっている。

 本来はアイ対策として強力に機能していたものが、皮肉にも根っこを押さえることで逆用されてしまうのだ。

 そう――このように。

 アイはアルシアの美声を震わせて、彼らの脳内に直接語り掛ける。


『おまえたちに告げる』


 厳かな、しかしまこと甘美なる響きを伴って。『声』はたちまち聴く者の心を蕩かす。


『わたしこそが女神。わたしこそが真なる主』


 本当の主人が誰であるかを、今ここに明らかとして。


『さあおいで わたしのもとへ 悩みも苦しみも ぜんぶ呑み込んで ひとつにしてあげよう』


 本当の幸福と安らぎとは何かをよく理解らせて。


『みんな アイになる アイになる アイになる』


 皆を染め上げ、ひとつのアイにしていく。



 ***



 ガッシュは以前合流したユウから危険性を指摘され、既に通信機を廃棄していた。

 だから辛うじて無事なごく少数のうちの一人だった。

 そんな彼は今、異形に変貌を遂げた部隊の生き残りたちから必死に逃げている。


「くそったれ! みんなやられちまった!」


 いかに個のTSPとして強力な力を持っていても、多勢に無勢。

 自分には巫女さんたちのように、一人で戦況をひっくり返すだけの力はない。

 己の無力さが歯がゆかった。

 それでも活路を求め奔走していると、向こうにも同志を見つけた。


「メイヘム!」

「ガッシュか」


【イクスシューター】を持つメイヘムが、何の因果か転がり込んできた。

 今は喉から手が出るほど欲しかった助け船。ガッシュにとっては僥倖だった。


「ユウたちはサクラ国へ逃げ延びたと。デカード隊長から」

「なるほど」


 しかし外国とは。どうやってそんな遠くまで。

 彼の頭の片隅に、ユウの姫さんとの雑談がちらりと浮かぶ。

 転移魔法とやらが使えたけど、今は使えないとか何とか。最近魔法が使えるようになったとも言っていたな。

 詳しいことはわからないが、そういうことかもしれんと手短に推測を立てる。


「今からお前を送り出す。助けになってやってくれ」

「だがお前はどうする」

「自分自身を飛ばすことはできないからな。上手く逃げるさ」

「わかった。少しでも姫さんたちの力にならないとな。お前の分まで頑張ってくるさ」

「ああ。頼んだぞ」


 ガッシュは彼の射出能力を受け、急ぎユウたちの待つサクラ国へ向かう。

 しかしメイヘムの瞳の奥は、怪しげな光を湛えていた。


 なぜ彼女たちがサクラ国へ向かったことを知っていたのか。

 果たしてそれは、本当に彼の意思だったのか。



 ***



「よしよし。首尾良く送り出したわね」


 主の在る所へ馳せ参じたメイヘムは恭しく頷き、首を垂れた。

 彼こそはとうの前にしもべとなり、以来心の読めるユウからは隠れてスパイ活動をこなしていたのだ。

 デカード隊長の生首を舌で舐め転がしていたアイは、ついに飽きて噛み潰すと。

 くすくすと愉快に嗤う。


 ユウとの関係性の深さが、次の(・・)道標となる。

 保険(・・)はあるに越したことはない。念のためだ。


「まったく困ったものよ。お前たちも悠久の果てに、誰が主かをすっかり忘れてしまうのだから」


 恐縮するメイヘムと、胸の内で謝るアルシアとアマンダ(自分同士)に、アイはとりあえず満足した。


 外より来訪するユウを除く、五体の巫女を含め。

 地球のTSPの中で回収したものが時を超えて流転し、リデルアースのTSPとして生まれ変わる。

 あの偉そうなのの本来の計画よりも、随分と数は減ってしまったみたいだけれど。

 残ったものはこうして、すべてわたしの糧となりつつある。皆そのために生まれてきたのだ。

 もちろん、勝手にくたばってしまった【神隠し(かくれんぼ)】などは、どう足掻いても手に入れることはできないが。

 ああもったいない。

 あれなど、見せ付けることができたなら。

 何も覚えていなくとも、姿を目にしただけでみっともなく泣いていたのに。

 愛しのユウにいかほど傷を与えられたことか。


「そう言えば、愚図のお姉様が手ずから刈り取ったのだったわね。お前は」


 かつて地球において、星海 ユナを取り逃した腹いせに首を取って回収したものであると。

 アイは狭いカプセルの中から「見て」いた。


 まったくあれは傑作だったわ。

 みすみす母親を飛ばされて、せっかく良い『足』を持っているのに取り逃がすのだもの。

 実力も慎重さも。何もかもが足りていない。


 不完全な『足』を心より見下し、今我が下にある完全な『足』を見つめて。

 アイはほくそ笑む。


「今度はわたしも送ってもらおうか」


 メイヘムは再び恭しく頷き、我が女神を撃ち放つ。

 向かう先は当然――。


「イプリール。メリッサ。ユウ」


 手と、胸と、そして。

 欠けたわたしをなぞり、あの満ち足りた体験があと三度あるのかと。

 アイは期待と興奮に胸躍らせる。


「お前たちの味方はね。もう誰も、だーれもいないの」


 ふふふ。きゃははははははははははははははは。


 化け物の愉快な高笑いが、遮る者のない空に響き渡った。

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