18「星海 ユウの最も残酷な技」
ギリギリで転移魔法を使った私は、本当に魔力が空っぽになってしまった。
一息吐くと、敵の手前、気丈に押さえ込もうとしていたものが噴き出してくる。
二人に触れた手が震えている。身震いが止まらない。
まいったな。やられている。思った以上に心身にガタが来てるみたい。
確かにアイの言う通りだ。カラダはもう憶えてしまっている。
完全記憶能力とあいつの執拗な精神攻撃……本当に相性が悪い。
どんなに取り繕ってみても、やっぱり自分の気持ちに嘘は付けない。
あいつが怖い。幾度対峙してなお、ますます理解り合える気がしない。
私は拭えない恐怖を抱えたまま、これから先もあんな奴と戦い続けなくちゃいけないのか――。
メリッサとイプリールも、突如視界が切り替わり、存外のどかな街風景を見回して半ば呆然としていたが。
「ここは……?」
「どこへ来ましたの?」
「できるだけ遠くへ逃げてきたの。体勢を立て直すために」
サクラ国の首都トゥーライ。
地球で言うところの日本であり、東京だ。
リデルアースと地球の類似性に気付いてから、興味がてらに一度旅行で行っておいたのが役に立った。
『加護足』は下手なジェット機以上の速度を誇る。中途半端に近いところへ逃げても、あっという間に追いつかれてしまうだろうからね。
とうとう三巫女の一角を奪われてしまった事実に、悔しさが込み上げる。
ちくしょう。アマンダまですっかり変わり果ててしまって。救えなかった……。
するとイプリールは、目にいっぱい涙を溜めていた。
普段のように強がって取り繕うこともせず、私の胸に縋り付く。
「うえーん。怖かったですわぁ~~!」
「イプリール……。よしよし。怖かったね」
「えっぐ。ひっぐ……」
君が一番近くで襲われ、色々見せられてしまったもんね。想像を絶するほど怖かったはずだ。
一生懸命あやしていると、メリッサも混じってきた。
「私も、もうダメかと思いました……」
三人で身を寄せ合い、ひとまずは無事を確かめ合う。
一安心すると、私の目からも涙が零れてきた。
しばらくして。
「ユウも目、真っ赤ですわよ」
「言ってくれるじゃないの」
ぼろぼろの泣き顔のままで、でもようやく煽りの一つもできるまでには持ち直したみたい。
「これからどうしましょうか」
「悔しいけど、ユウ以外正面から戦える人がいなくなってしまいましたわね……」
メリッサもイプリールも、事態は既にTSFや自分たちの手に余ることを察しているようだった。
「アマンダさんまで豹変してしまいました。【侵食】とは本当に恐ろしいですね」
「そうだね。あれはもうアルシアでも、アマンダでもない。アイだ。倒さなくてはいけない人類の敵だ」
重々しく述べると、イプリールもうずうずとして切り出した。
「わ、わたくしも! ようやく覚悟はできましてよ。お姉様にあれ以上、ひどいことをさせるにはまいりません」
「もう自分から食べられようとしないでね」
「ばっ! あれは! その場の雰囲気に流されただけでして! うぅ、とんだ失態ですわ……」
またすぐ涙目になってる彼女の頭を撫でて言う。
「ごめん。一人でよく頑張ってくれたよね」
「むうー。許しません。罰としてユウのこと、離しませんから」
腕にぎゅっとしがみつき、しおらしく体重を預けてくるイプリール。
妙に自分に甘えてくるようになった彼女に、無理もないかと思いつつ。
あれ。メリッサ。君も何だか妙に羨ましくしてるけど。どうしたの。
結局メリッサとも手を繋ぎつつ、今後の作戦を話し合っていった。
「戦ってみてよくわかった」
固唾を吞んでこちらを見つめる二人に、私は語る。
「アイを倒すためには。一撃で。再生不可能になるほど、粉々に消し飛ばすしかない」
肉片をわずかでも残してはいけない。《気断掌》では足りない。
もっと深く、もっと鋭く。
奴に一貫して有効が取れるものは魔力だ。
莫大な魔力を一点に込め、全身に行き渡らせ。一瞬で爆散させる。そんな技が。
……魔力銃はもうない。
『心の力』も輪をかけて不安定で、あまり頼りにはできない。
アイに散々心乱されてしまったことも少なからず効いている。情けないけれど。
「やはりですか」
「ユウ。そんなことできますの?」
私は左拳をじっと見つめ、やがて一つの結論を下した。
「今はないのなら。新たに編み出すしかない」
アイがここへ辿り着き、私たちを見つけ出すまで。もって一日もあればいいでしょう。
手持ちのTSPを使って、転移魔法そのものに対策を打ってくることは十分に考えられる。そう何度も同じ手で逃げられると楽観視はすべきじゃない。
大丈夫。ゼロから作るわけじゃない。
既に雛形はある。《気断掌》の方向性からはそう遠くないはず。
魔力の内部炸裂による徹底的破壊。必ず形にしてみせる。
「メリッサ。イプリール。君たちはまず自分の身を守ることを最優先にして欲しい」
もしアイに見つかってしまっても、持久戦を徹底することを頼んだ。
戦ってみた感じ、メリッサの『至天胸』を容易に貫くほどの洗脳力や攻撃力は、まだアイにはない。
ただ耐えることだったらしばらくはできるはず。
「わたくしは隙を見て『封函手』で援護してもよろしいかしら」
「大丈夫だと思う。さすがにまったく効かないってことはないはずだから」
本当に効かないのなら、発動前に潰すような動きはしない。
奴が私の《アールリバイン》に対してそうしたように。むしろ効かないところを見せ付けて、心を挫くことを選ぶはず。
あいつはそういうところで妥協しない。人を追い詰めることにかけては天才的だ。
「ならわたくしは、いくつか戦闘シミュレーションを組んでおくことにしますわ。必ず力になってみせます」
「よろしく頼むね。私もそろそろ修行に移らないと」
「でしたら、まずは私の癒しを受けて下さい。魔力とやらの回復もぐっと早まるはずですから」
「ありがとう。メリッサ」
それから私はごく限られた時間で修行をし、一つの技を完成させた。
私「たち」の持つ中で、最も残酷で容赦のない技を。
そこまでしなければ、きっとアイには通じないから。
でも何だろう。
『何だかこれ、初めて使った気がしないんだよな』
『もう一人の「ユウ」の持ち技だったんじゃない? いかにも使いそうだし』
『確かに。ありそう』
だからごく短時間でものにできたのかも。
ともかく。これで最低限、迎え撃つ用意はできたけれど……。
なぜだか不安はさっぱり拭えない。
こうしている今も、ずっと世界を覆っているアイの気配。
まるでずっと見られているような。どこにでもいるかのような。
あいつに連動する許容性といい、どうしてこの世界はこんなにも不気味なのだろうか。
そして。そうこうしている間にも、海の向こうではまたとんでもないことになっていた。




