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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 前編

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17「逃げる者 追う者 立場は逆転し」

 アイの魔の手からイプリールを死守しつつ、私は敵の姿を見ていっそう悲しさが込み上げてきた。

 アマンダまでやられてしまった……。

 残念ながら予想はできていたことだけど、実際見てしまうと内心衝撃は大きかった。


 薄々わかってしまったのには理由がある。

 情けなくもアイに拘束されてしまった私だが、身動き取れずに辱めを受けていたところ、突如として力が漲ってきたからだ。

 巫女の誰かが犠牲となり、許容性がさらに解放されたのだと。嫌でも理解してしまった。

 拘束したときには解けないよう雁字搦めにされていたものでも、生じた相対的力量差によって突破は容易になった。

 皮肉にもアマンダの犠牲が、私を助ける形になってしまったの……。

 私は閉じ込められた内側から魔法をぶちかまし、封印の肉繭を破ることができた。

 そして急ぎ状況を確認し、無事なメリッサと移動しつつ合流する形でこちらへ来たというわけ。

 ガッシュには無事な人たちを集め、撤退準備を進めてもらっている。


 アイは私の背後に控えるメリッサにも気付いたらしい。くすりと笑みを零す。

 これ見よがしにアマンダの姿を纏ったままなのが憎たらしい。

 それが最も精神的に揺さぶることができると理解しているから。


「わざわざ最後の欠片まで連れてきてくれたのかい」


 アマンダ口調の煽りには答えない。

 下手に一人にしておくよりもまだ安全だと判断した。それだけのこと。

 それにアイの力が増した以上、今やメリッサの護りと癒しは必須級となっていた。

 私も乱れに乱れていた心を最低限整えることができたし、危うく取り込まれるところだった彼女へも癒しの力は今届いているはず。

 アイにしっかりと意識を向けたまま、振り返らずに呼びかける。


「イプリール。しっかりして。自分を持って!」

「……はっ。わたくしは、何を」


 彼女はようやく正気を取り戻した。

 よかった。すんでのところで間に合ったみたい。


「とても戦える状態じゃないでしょう。メリッサに護ってもらって」

「ですが、ユウは」

「私のことはいいから! 早く!」


 肌感覚だけでもわかる。

 こいつは今までのアイとは数段レベルが違う。

 二人分の巫女の力に加え、推定十数万人もの命を糧にして。一足飛びに最強のTSPになってしまった。

 もうおそらく巫女の実力でも太刀打ちできない。許容性に応じて力の制限が解放される私以外では。

 私でさえ、イプリールまで喰われてしまったら、ラナソール分を加味しても追いつかないかもしれない。

 きっとここが私とアイの拮抗できる最終ラインだ。

 だからこそ。深く傷付いたイプリールは戦わせられない。


 ……私が万全かと言ったら、ほど遠い。この中では一番マシってだけなんだけどね。


「まったく。あんたはそうやって、何度も何度も何度も。邪魔をして――」


 言い終わるより早く、顔面のそこまで蹴り足が迫っていた。


 ――なんて踏み込みの速さなの。


 腕を交差させて防ぐ。それでも骨の軋む音がした。

 弾き飛ばされて。背後の木々に衝突しそうになるが、即座に男へ変身する。

《パストライヴ》を用いて、アイの背後を取る。

 足には足で対抗だ。右足に威力を乗せて放つ。


《気烈脚》

死突(しとつ)


 俺の全身全霊の蹴りと、アイの突き刺すオーラを纏った強烈な蹴りが、同時に交差する。

 無防備にもらえば四肢でももがれるところ、気の鎧が辛うじて互角の差し合いを演じていた。

 けど客観的に見れば、押されているのは俺の方だ。

 ミシミシと軋む足と、鈍い痛みに顔をしかめる。

 強い。敵に回った『加護足』はこれほど厄介なのか。


「ん? 吸収できない……?」

「同じ手は何度も食わないよ」


 許容性が上がったことで、十分に《マインドバースト》の効果を練り込むことができた。

 もはや生命力が主体ではない。心力はお前の餌にはならない。

 俺がまともに打ち合えているのは、もちろんそればかりではなかった。


「なるほど。『至天胸』の防護を纏っている」


 いつも欲望剥き出しに行動するくせに、どこか冷めた俯瞰視点が冷徹に観察している。

 こういうところが厄介なんだ。アイは。

 お前の言う通り。護りと癒しに特化したメリッサの力は、二体吸収のアイに対してもなお有効に機能していた。

 絡み付きといった濃厚接触に抗する自信はないけれど、わずかな時間の接触であれば【侵食】の影響を退けることはできそうだ。


 するとアイは、アマンダの勝気な声そのままに。たまらず大笑いを始めた。


「くっくっく。あっはっは!」

「どうした。何が可笑しい」


 アイは構わず笑い続け、ほとんど引き攣り笑いのようになっている。


「ひっひ。いやね。あたしだって、あんたのことはそれなりに好きだったさ」


 まるで我が事のように。

 奪った人格を貼り付けて語るのは、実に冒涜的だった。


「でもさあ、知らなかったんだ。あの歌姫さんが、こんなにも。強く。胸の内がぽかぽかして。狂おしくて。あた(わた)しが、あ、あ、ああ♡」


 アマンダの顔がぐにゃりと崩れて、アルシアの爛々とした笑顔がたちまち現れる。


「ユウ。お前とは、やはり『わたし』がデートしたいのよ」


 アマンダの姿では俺には脅しにならないと見たか。

 それとも単純に、より俺「たち」に親愛を寄せるアルシアが顔を出したがっただけなのか。

 とにかく気味の悪い怪物は、在りし日の親友の瞳を歪んだ愛欲に輝かせて。


 そして――気付いたときには、背後に回り込んでいる。


「また踊りましょう。わたしの速度に付いてこられるかしら」

「っ……! 俺には瞬間移動があるんでね」


 既に《パストライヴ》の連続使用ができる段階まで、許容性は上昇していた。

 惜しむらくは、それほどまでにアイが成長している証明でもあること。


 だけど。まだ戦える。食らいついている。


 加速する速度。上昇し続ける熱気。

 変幻自在なる技の応酬が、絡み合い。激しくぶつかり合う。



 ***



 ユウとアイ。既にリデルアース世界の枠を超えつつある両者は。

 地に空にと目まぐるしく駆け巡り、己が狂った情愛と譲れぬ信念を確かめるように幾度も激突する。

 瞬間移動と神速移動の連続で立ち位置を仕切り直しながら、互いに背後や側面を取り合い。

 ぶつかる一撃一撃が重く大気を揺るがし、爆音をまき散らかした。


 イプリールはメリッサと身を寄せ合い、超音速の戦いを固唾を呑んで見守っている。


「あの二人、なんて速さですの……。わたくしの目でも追うのがやっとだなんて」

「私もです。既に戦いは人間の、いや巫女の領域すら超越してしまったようです……」

「うぅ。ユウがあんなに強かったなんて……」

「アイの成長に呼応して力を増すのだと言っていました。あれこそが隠された真の実力だったのでしょう」

「そうでしたの。アマンダお姉様が、食べられて……ぐすっ……」


 思い出しては泣き啜る彼女を少しでも慰めようと、メリッサがそっと肩を貸してやる。

 もう一人の心優しいお姉様にもたれかかりながら、イプリールはこれまでのことを思い返していた。


 イプリールは、見た目は妹分のようで親しみやすく、揶揄い甲斐のあるユウが大好きだった。

 一目見たときから、巫女同士が自ずとそうであるように。なぜだか心惹かれるものがあった。

 恋人や姉妹のようになれたらと。でも中々素直になれなくて。

 あっさりとあの歌姫、アルシアに同棲の先約を取られて。

 せめてと。日頃親しみを込めて、半分冗談半分本気でマウントを取っていたのに。


 本当は最初から、まるで同じところにはいなかったなんて。


 あなた、本当に気を遣ってわたくしに合わせてくれていましたのね……。


 そのことを、能天気だった彼女もついに悟ってしまったのだ。 

 それどころか、今や遥か遠くに行ってしまったようで。

 力になれないことが悔しく、またもどかしい。


 わたくしは。わたくしは……。アマンダお姉様一人助けることもできずに。

 懐いて下さっていた子供たちも、ほとんど見殺しのようにして。


 そうでしたの。

 これがアルシアを救えなかった、あなたの無念……。

 ユウ。あなたが抱えていた、本当の恐怖。

 やっと。ようやく真に理解できましたわ。


 時に厳しくも温かかった、敬愛していたアマンダお姉様。

 それが、あんな恐ろしい化け物へと成り果てて。全力でユウと殺し合っている。

 もう少しで自分も呑み込まれてしまいそうだった。あのおぞましくもどこか懐かしく、生温かな感覚。


 ――こわい。いやだ。


 やっぱり。夢であって欲しかった。


 なぜですの。どうしてなの。わたくしにもっと力があれば。

 ユウのような。ユウにまた好きなだけお姉さん面ができるくらいの。

 せめて隣に並び立つ力があれば……。もっとお役に立てましたのに。

 お姉様だって、子供たちだって喰われずに済んだかもしれないのに……。


 そこでちくりと、狂おしい感情が胸を刺す。


 どうしてですの。


 どうしてわたくしが、ユウの一番になれないの? 隣になれないの?


 やるせない無力感へないまぜになった、むらむらと湧き上がる嫉妬心を取り繕うこともできず。

 それが欲望に忠実なるアイに深く触れたことで喚起されたものであると、自覚など到底できなくて。

 うら若き彼女は、非日常の極限にあって張り裂けそうな胸を、涙ぐみながらどうにか堪えていた。


 その隣で、メリッサも不安にぎゅっと胸を掴んでいる。

 まるで死地に臨む想い人を見守るように。

 イプリールに負けないだけの深い友愛を、彼女も抱えていた。


 そのように、巫女たちは設計されていた。



 ***



《気断掌》


 掌がアイの中心線上に触れ、内部破壊の衝撃によって彼女は爆散する。

 びちゃびちゃに飛び散った肉片たちは、しかしふるふると震えると一つの女形に寄せ集まっていく。

 長く艶めかしい息を吐いて、怪物は完全復活を遂げた。


「全身で感じたわ……あなたの波動。ほんとユウって情熱的なのね。うふふ」


 死せる戦いの最中にも関わらず、己を抱きすくめ。うっとりと俺を見つめている。

 相変わらず寒気しかしない。この異常愛者め。


 やっぱりこの姿では、どうしても決め手にかけるのか。

 速さを重視した男の姿では、ここぞでの威力が足りず。

 一発の威力を求めて女に変身すれば、身のこなしの遅さに絡め取られてしまう。

 二つの身体を切り替えて、どうにか戦い続けているけれど。


 魔法に関しても、今までは使えなかった超上位魔法が解禁されている。

 悠長に弓を構える隙はないが、指先を弾くと簡易版の光の矢が放たれる。


《アールリバイン》


『加護足』の圧倒的速度をもってしても、最速の魔法まではかわしきれない。


 ――当たりはする。するのに。


 敵が目いっぱい己の無敵性を活用しなければ。人なら受けるダメージを踏み倒さなければ。もう何度も倒せている。

 だけど実際は……。


「さすがね。わたしをあっさりと貫いていったわ」


 脇腹に空いた風穴を、余裕綽々と見せびらかすアイ。


「それでも。あなたにわたしは倒せない」


 ダメ。まただよ。すぐに再生してしまう。

 魔力銃ハートレイルがあれば――今の魔力だったら、一撃で全身を消し飛ばせたかもしれない。

 情けない。トラウマに躊躇してしまったせいで……。


『あれはしょうがないよ。私も知らなくて。どうしようもなくて……』

『くっ……』


 あるいはあの不思議な青の力――トランスソウルが使えたら。

 ナイトメア=エルゼムに通用したように、きっと再生能力も無視できるのに。

 けれどアルに真価は封じられてしまっている。ないものねだりはできない。


 時間が。立て直しの機会が欲しい。


 今戦いながらでは、こいつに有効な手立てを得る見込みがない。

 このままでは負ける。みんな仲良く喰われてしまう……!


「どうしたの。震えているよ」


 ――はっとしたときにはもう、後ろから抱きすくめている。


「あ、あ……!」


 震えと冷や汗の止まらない私に、アイは甘ったるい声で囁いた。


「やっぱり。どんなに虚勢を張っても――カラダはもう憶えている」


 わざと攻撃すらしないで。

 嫌に胸を優しく撫で、頬を擦り付ける。


「いや……」


 彼女に乱暴され続けた悪寒が、瞬く間に吹き上がる。


「いやあああああああああああーーーーーーっ!」


 純粋魔力波。《セインブラスター》

 アイには一切吸収のできない最大攻撃を、無我夢中で撃ち放つ。

 後も先もなかった。計算なんて何もなかった。

 ただ逃れようとするだけの。必死の、子供じみた攻撃。

 もちろんあいつに致命傷を与えるはずなんてなくて。


「そんなに嫌がらなくてもいいのに」


 まずい。もう魔力が――。

 いけない。奴が再生し切るその前に――!


 私は戦況を見守っていたイプリールとメリッサの元へ一目散に飛び込み、ついに苦渋の決断を下した。



 ***



 ユウが使ったのは、お馴染みの転移魔法だった。

 どうしても勝てないと判断したとき。最後の逃走手段として残しておいたものだ。

 許容性が低く、行使できない時期であっても。マーキングの仕込みだけはしておける。

 念のための用意が活きた形となった。


 そうして。逃げる者、追う者。立場は逆転し。


 あれほどわたしを卑怯と誹りながら。いざとなればやることはどちらも同じ。

 アイは可笑しくて可笑しくてたまらなかった。


「今度はお前たちが逃げる番、というわけね。いいでしょう」


 追跡用の能力はとっくに喰らってある。如何にして追い詰めてくれようか。

 楽しい楽しいゲームになりそうね、とアイは邪悪な笑みを浮かべた。

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