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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 前編

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10「市街地接敵 1」

【イクスシューター】に撃ち出されて空を急行していたけれど、今度こそ逃げられないようにしようと拙速が過ぎたようだ。

 いざ降下態勢に入ったとき、問題が起こった。

 突如として見えない衝撃が走る。

 私は咄嗟にガードしたけれど、イプリールは弾き飛ばされてしまった。


「きゃああああっ!」

「イプリール!」


 奇襲か。アイは私たちが来るのを察知していたらしい。

 私は特性で生命反応がステルスだけど、イプリールは女神由来の強大な気力を誇っている。

 確かにそんなわかりやすいのが馬鹿正直に飛んで来たら、狙って下さいと言ってるようなものか。

 そうだ。こうならないために何か対策をすべきだったような、できたような――。


 う――頭痛がひどい。


 ダメだ。今は考えないようにしよう。

 女神の五体は極めて強靭な肉体とTSP能力耐性を持つため、ちょっとやそっとの攻撃ではやられない。

 だから今の攻撃に対する心配はあまりしてないけれど……。分断されてしまったのは問題だ。

 私が先にアイを見つけ出して対峙しないと。

 強さとか理屈じゃない。イプリールと奴を一人で接触させたら危ない気がする。

 彼女の無事の確認をかねて念話を飛ばす。

【神の器】はかなり制限されてしまったけれど、フェバルの基本能力であるこれに関しては問題なく使える。


『無事? イプリール』

『くっ。こんなもの。ちょっと油断しただけですわ』

『そんな減らず口が叩けるようなら平気だね』

『言いますわね。うぅ、早速気味悪いしもべに囲まれてしまいましたわ。元TSPの方もいらっしゃるみたい』


 なるほど。TSPもただ喰らうだけでなく、一部はしもべにして用いるようにしているわけか。

 まずはアイがどこにいるか探る。こっそりイプリールに近付いていないか。


 ――いた。私の方に近い。


 アイ。上手く恐怖した人間に隠れて気配を隠しているようだけど。

 これだけ近くであれば、一際強い害意は誤魔化しようがない。

 今度こそ見つけたよ。


『イプリール。そっちは何とかなりそう?』

『誰にものを言っているのかしら。朝飯前ですわ』

『じゃあやっつけたら合流ね。私は先にあいつを押さえておくから』

『あ! ずるいですわよ!』


 こんなときでも対抗心燃やしてるだなんて、ほんとに強がりさんだなあ。

 苦笑いしつつ、気を引き締めていく。

 2対1の状況を作れれば、まだこちらが圧倒的に有利なはずだ。

 一人で勝てれば理想だけど、最悪それまで足止めできれば。

 そんな考えで向かったのだが、アイを目にした途端計算は吹き飛んでしまった。

 よりにもよってこいつの『食事』の場面に出くわしてしまったからだ。

 アイは若い男の首根っこを掴み上げており、彼は呼吸ができずに藻掻いていた。

 とても見ていられない。


「やめろ! アイ! 今すぐその手を離せ!」

「ふふふ」


 アイは私を横目で確認すると、あえてこれ見よがしに――そう。これ見よがしに彼の首を握り潰した。

 まるでおもちゃに飽きたから乱雑に扱って壊してしまう子供のように、いともあっさりとそれは行われた。

 苦痛に歪んだ生首が彼女の足元に転がる。思わず目を背けたくなる。

 被害者の頚部から生じた血の噴水を、奪い取った親友の顔いっぱいに浴びて。

 金髪や頬が塗れるのも一向に気にせず、恍惚とした表情を浮かべ。戦慄する私を前に悠然と舌で口周りを舐め取る。

 さすがにのんびり食事をする暇はないと見たか、もう用済みとばかり男の死体を放り捨てた。

 凄惨な光景を作り出しておきながら、当の化け物はお腹をさすって満足そうに微笑んでいる。


「ああ。美味しかった」

「アイ。お前、なんてことを……!」

「せっかく楽しい食事の最中だったのに。無粋な子ね」

「お前はそうやって! いつも惨たらしいやり方で! 人間しか喰えないのか!?」


 最初からそういう生き物であれば、まだ諦めも付く。

 特定の生物しか喰えない性質なら、割り切って何も考えずに討伐すればよかった。

 けれど腹立たしいことに、そういうわけではないらしい。


「別にそんなことはないけれど。果物だって穀物だって食べられるわ」

「だったらなぜわざわざ人ばかり狙うの!?」

「愚問ね。美味しいからに決まっているでしょう」

「ふざけるな!」


 怒りのまま問い詰めると、アイはわかりやすく不機嫌になった。


「一々やかましい人。何をそんなに怒っているのか、わたしには理解できない」

「そんなこと、当たり前じゃない!」

「当たり前……? 当たり前ってなに」


 アイはきょとんとして。

 皆目わからないという調子で、とんでもないことを言い出した。


「ねえ。何がいけないの」

「は……?」

「食べること。好きなヒト(もの)を好きなだけ。何がいけないの?」


 すっとぼけた顔で、さも当然であるかのように。

 やはり根本的に価値観が違うのか。解り合える気がしない。

 倫理に訴えかけることは無駄かもしれないと、改めて失望が心を満たす。


「だからって、あんなに惨たらしく痛めつける必要なんてないでしょ」


 こちらの語気が弱くなったところを煽り立てるように、アイは嘲笑う。


「馬鹿ね。知らないの? 人ってね、感情が強ければ強いほど美味しく感じるものなの」

「じゃあお前は、ただ食事を愉しむためだけに?」

「誰だって食事は愉しむものでしょう?」

「お前……」

「食べること。美味しいものを好きなだけ。わたしにとって大切なことは、そう。ただそれだけ」


 思わず絶句してしまった私へ、むしろアイはこちらを憐れむように追い打ちをかける。


「あなたこそ、死に恐怖した人間の味を知らないなんて――とてもとても勿体ないことね」


 ああ。ダメだ。調子が狂う。

 本当に何がいけないのかわかってないんだ。こいつの話を聞いてると頭がおかしくなりそうだ。

 何を訴えかけても無駄だと思った私は、もう立場論しか言えることがなくなってしまった。


「何がいけないって、そう言ったね」

「ええ」

「私は人だから。同じ人間がやられるのを見過ごせない」

「ああそう。つまらない答え」

「関係ない。人が人を喰うなんて、止めるに決まってるでしょ!」


 自分はこの立場をもって戦うしかないと、改めて心を固めたとき。

 そんな決意すらも、彼女は一笑に付す。


「ふっ。お前はあくまでわたしを人だと言うの?」

「そうだ。お前には人の理性がありながら、人の心がわからないって言うの!?」

「わからないわ」


 それまで嗤っていたのが豹変し、ひどく冷めた調子になる。


「人の心なんて、そんなものは知らない。アイにはわからない」


 きっぱりと、どこか決然とした瞳でさらに続けた。


「だって。わたしはまだ誰でもないもの」


 まだ誰でもない? どういうこと。


「何が言いたいの?」

「ふふふ。わたしね、何にだってなれてしまうのよ。だから、何でもないの」


 アイは乗っ取ったアルシアの身体を、己が身を確かめるように抱きすくめた。


「この顔も。このカラダも奪い得たもの。本当のわたしの顔なんて、どこにもないのよ」


 そこまで言うと、アイは突如自らの手をアルシアたる顔に突き刺した。

 ゼリー状の顔がどろどろのぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく。

 狂気に満ちた自傷行為を繰り広げながら、ふふふふふ、きゃははははと哄笑を上げている。寒気がした。

 目鼻を失い、どろりと溶けた顔なしが歯のない口腔だけを開く。声だけはアルシアの美しさそのままに。


「我が流体はいかようにも変じる。可愛いあなたが男の子にも女の子にもなれるようにね、ふふ。わたしにも万の姿があるってわけ」


 のっぺらぼうのアイが、両腕を広げて楽しげに歩み寄ってくる。

 動揺しつつも辛うじて気を保ち、身構えていると。その姿がうねりとともに連続的に変化していく。

 そして私は、驚きに閉口するしかなかった。


「ほら、こうしてお前に形を似せることだって。ね」


 双子のごとく私そっくりになった彼女が、特徴的な赤目だけはそのままににやりとほくそ笑んでいる。

 私をまじまじと見つめながら、さらに距離を詰めてくる。

 完全に呑まれてしまった私は、彼女がついに悠然と側を横切るまで、目で追うことしかできなかった。

 アイが振り返ったとき、その姿はもうアルシアのものに戻っていて。

 まずい。またペースを握られている。


「ねえ。アイって、何なのかな? わたしって何なのかな。人って何? 人の心って? ねえ。何だろうねえ」


 それは確固たる拠り所のない自分への微かに不安げな、極めて根源的な問いであり。

 けれど一方で彼女にとっては、真にどうでもよいことのようでもあって。明らかにどこか他人事のように突き放していて。

 私にはとにかくこいつの思想が見えなかった。


「誰かになればわかるもの? あなたになれば、少しはわかるのかしら」

「そんなことでわかるものか」


 根本から間違っている。すべてを奪えばいいなんて、そんな考えじゃ一生理解できない。


「ならユウ。お前にはわかっていると言うの?」


 不意に叩き付けられた、だがやけに確信的で厭味に満ちた問い。

 私は情けないことに返答に詰まってしまった。


「お前は自分が何者であるか、本当にわかっているのかしらね」

「それは……」


 仇敵の問いなど突き放してしまえばいいのに、どうしても記憶のことが過ぎってしまう。


 ――くっ。こんなときだってのに、また頭が痛くなってきた。


 しかもそのことをなぜか、こいつは知っているようだった。


「やっぱり。大切なこともろくに思い出せない。かわいそうなかわいそうなユウ」

「アイ。お前は何を知っているの!?」


 アイは一切答えず、こちらを弄ぶようにただ悦に浸っている。実に性格が悪い。


「どちらも同じ。自分(I)が何であるかを知らない。ふふふ」

「答えろ!」

「あらそんなに必死になって。可愛い」


 くすくすと小馬鹿にするように嗤う。

 どこまでもこいつは私の精神を揺さぶろうとしてくる。


「知りたいの? わたしと溶け合ってひとつになれば、すぐにでもわかるけれど」

「やめて気味が悪い。誰がお前なんかに」

「つれないわね。幾夜もベッドを共にした仲でしょう」

「それはアルシアであって、お前なんかじゃない!」

「残念。もうこの子はわたしなの。いい加減認めたら?」


 認めたくない。こんなおぞましい奴があのアルシアと一緒だなんて。

 だけど変質してしまった彼女の心が化け物と固く結び付いて、妙な偏愛を形成してしまっているのは悔しいが確かだった。

 アイはあられもなく熱い眼差しを私に向けて、歪んだ好意と憎しみを隠そうともしない。


「ああ、あなたの柔肌が恋しい。こんなに求めているのに、あなたは拒絶するのね。とても寂しいわ。ユウ」


 ふざけているのか真剣なのか。

 親友の顔と声で見せ付けるように言われると、余計に冷静ではいられなかった。


「許せない。お前が今捻じ曲げているものが、まさに人の心だよ!」

「また人の心。そんなに大切なものなら、ぜひあなたが教えてくれないかしら」

「ああ。言われなくてもそうしてやる!」


 喧嘩腰に吹っ掛けながら、私はこの化け物にそれを伝えることはあまりに厳しいのではないかと絶望を覚えていた。

 でも関係ない。こんな奴は絶対に倒さなくてはならない。今ここで!

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