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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
I 前編

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9「アイ因子と女神教」

 アイが宣戦布告をしてきてから一か月。あの大胆な行動と裏腹に奴は極めて慎重だった。

 現時点で私たちに敵わないことを悟り、力を蓄えることに専念したのだろう。

 アメスペリアの各地で小~中規模の行方不明が頻発した。

 一度の犠牲はあの『百周年平和祈念式典事件』ほどではないが、とにかく数が多い。

 しもべも上手く使い、犯行は極めて素早くかつ狡猾に行われているようだ。

 また犠牲者の比率としてTSPの割合が明らかに高かった。効率的に強くなる餌として彼らを選んだのだろう。

 私たちは手を尽くして追跡したものの、アイはまるで嘲笑うかのようにのらりくらりとかわしていく。

 この頃世間にはすっかり噂と恐怖が伝播していた。

 彼女の魔性の歌声を聞いた者は魅入られ、化け物となってしまうとか。喰われてしまうとか。

 都市伝説のような評判が広まり、まったくタチの悪いことにそれらはほぼ掛け値なく真実だった。


 私たちもただ指を咥えて見ていたわけではない。

 宣戦布告時にイプリールが潰した偽物のアイは、それでも本物の性質をかなり再現していた。

 その残骸、細胞片から何かしら解析ができるかもしれないと研究チームが動いたのだ。

 驚異的なことに、アイの細胞はバラバラに飛び散ってもそれぞれはまだ生き続けていた。

 ほとんどはイプリールが改めて念入りに叩き潰すことで完全に潰えたが、一部の破片は解析に回されることになった。

 そして先般、研究チームは……まったく救いようのない結論を出した。


 調べ物をしていた私に、メリッサが後ろから抱きすくめてくる。

 親しげに頬をくっつけてから、彼女は教えてくれた。


「解析結果が出たようですよ」

「ほんと? 聞かせて」

「アイによる人間の変質。どうやら我々に宿る特別な因子が関わっているようなのです」


 その特別な因子を、研究チームはシンプルに『アイ因子』と名付けた。

 何でもリデルアース人類の細胞には、『声』に呼応して変質してしまう厄介な因子が備わっているらしい。

 生物構造上の弱点であり、意思の強さでどうにかできるものではない。


「つまり私たちは、遺伝子レベルでアイを求めるようにできているのだそうです」

「それは何とも恐ろしい話だね……」

「ええ……改めて身震いしました」


 私を抱き締める腕にやや力がこもる。己の内に秘めた不安を紛らわそうとしているようだった。


「私たち、大丈夫ですよね?」

「せめて君たちのことは守ってみせるよ」


 自分も正直あいつを恐れているけれど、今不安にさせることを言うべきじゃない。

 努めてそう言うと、彼女は少しだけほっとした顔をする。


「彼らは私たちも改めて調べたようですが、あなただけにはアイ因子がありませんでした。違う星から来たというのは本当なのですね」

「うん」


 ただ、と再びメリッサは浮かない表情をする。

 研究チームからの話には恐ろしい続きがあった。

 アイの発言を受け、彼らは脅威を測るために私たちの血液を用いた追加的試験を行ったようだ。

 普通の人の血液を接触させた場合、アイ細胞はそれをただ喰らい尽くして終わる。

 ところが女神の五体の場合は、明らかに反応が違ったという。

 アイ細胞が私たちの血液に触れたとき。細胞の一つ一つまでもが結び付き、決して離れることなくそのまま融和してしまった。

 さらにはそのとき、極めて高いエネルギー反応を示したという。

 アマンダ、イプリール、メリッサの三人に加えて、なぜかよそ者であるはずの私も同様の反応を呈したらしい。


「わたしたちは一つになるために生まれてきた、とあの化け物は言ってました」

「私たちを執拗に狙うのも、まるで最初からそうあるべきと知っているかのようだったね」


 でもどうして。私は流れてきた旅人でしかないはずなのに。

 妙な胸騒ぎがする。この状況の根底をなすポイントをまだ掴めていない気がする。

 アイは何を知っている?

 初めて会ったはずなのに、どうして私を「見つけた」だなんて。

 何か大切な前提が抜け落ちているような……。忘れてしまっているような。


「う……」


 突然ずきりと痛む頭に眩暈がした。


「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」

「あ……うん。もう少ししたら休憩するよ」


 ああ――まただ。

 ラナソールでウィルに与えられた真実の記憶。たぶんそれに関わることなんだろう。

 それを思い出そうとすると、まるで触れてはならないもののように痛みが走る。

 私が本能的に拒んでいるのもあるかもしれないけど、記憶そのものに強制的に蓋をされているような感じがする。

 アルに力を封じられたとき、ついでに何かされたのかもしれない。

 今だったら。紛いなりにもラナソールの事件を乗り越えた今なら、もう受け止める強さがあってもいいはずなんだけど……。


『無理しないで。ゆっくり向き合っていけばいいよ』


 俺にくっついたユイから慰めの声がかかる。

 俺が覚えていないことは当然ユイも覚えていない。

 ユイも同じくもどかしさはあるものの、まず俺への心配を優先する性分だった。


『ありがとう。弱いな。俺は』


 それだけ呟いて、意識をまたくっつける。

 メリッサは私が開いていた重厚な本に目を留めた。


「それって女神教の聖典ですよね。調べ物をしていたのですか?」

「アイは自分こそが女神だとも言ってたから、ヒントがないかと思って」

「なるほど。しかしあの化け物も女神を自称するとは思い上がりも甚だしいです」


 敬虔な彼女は、ことさらにこの発言を敵視しているようだ。

 ところでこれもアルに力を封じられた影響か、私はベースとなる完全記憶能力すら不具合を抱えていた。

 一度目を通せばいつでも脳内参照できたものも、今はこうして紐解かなければならない。

 普通の人間ってこうだったはずだけど。すっかり便利さに慣れ切ってしまっていたのか、ものすごく不便を痛感している。


「女神教って世界で最も信徒の多い宗教なんだよね」

「ええ。私たちは皆女神の腹より生まれ、いつか死ぬとき女神に還る――受胎教と呼ばれるものの一種です」

「受胎教か……。あ、そうだ。ここなんだけどね」


 女神教の第一聖典――その冒頭を示す。

 このように記されている。


 迷える人の子よ わたしを求めなさい

 わたしの声に耳を傾けなさい

 足によりて栄え 手をもって万事をなす

 胸の鼓動 天に至る

 その器満ちるとき

 人は歓びを得て わたしに還る


「これはどう解釈したらいいのかな」

「通常の解釈ではこうなります」


 メリッサは親切に教えてくれた。


 女神様は彼方天上の楽園におわし、地に生まれ落ちた人は彼女を求めることで善く生きられる。

 人はその足によって地に栄え、手を用いて万事をなす――つまり努めて生きることが大切である。

 胸の鼓動、すなわち命を燃やすことで人はやがて天に至る。

 そうして努めて生き、命を燃やし尽くしたならば。

 いつか人は死ぬけれど、その器――魂は満たされる。

 そのとき人は歓びを得て、再び女神様の下へ還っていくのだと。


「要するに、母なる女神へ還るまで善く生きようという教えなのです」

「なるほどね。ありがとう」


 普通はそういう解釈になるのか。

 そうだよね。だって宗教って本来人が善く生きるためのものだから。

 でも……仮にアイを女神の位置に据えた途端、まるで違うものに聞こえてしまう。

 アイはこれを乗っ取ったアルシアの記憶から読み取って知ったのだろう。

 ずっと直球的でおぞましい響きを伴っていて。


 そう。まるでこれは――奴からの捕食宣言だ。



 ***



 またアイが現れたとの情報が入った。

 いつもすぐ雲隠れしまうが、今度は逃がさないために私たちは在野の移動系能力者を探し出し、協力を取り付けていた。

 アマンダとメリッサは何かあったときに備えて待機。私とイプリールが現場に向かうことになった。


「メイヘムは【イクスシューター】の持ち主なのですわ」

「それってどんな能力?」


 この問いには本人が答えてくれた。


「人や物を撃ち出す能力ですね。数千キロまでならひとっとびですよ」

「へえ。心強いですね」


 でも、どこかで聞いたことあるような――。


「うっ」


 まただ。頭がずきりと痛む。

 ユイがまた心配して声をかけてくる。


『大丈夫? 最近多いよね』

『うん……。どうしてだろう。地球にそっくりだからかな』


 わからないけど、今は気にしている場合ではない。


『やっと尻尾を掴んだんだ』

『今度こそやっつけようね』

『ああ』


「大丈夫ですの? 顔色が悪いですわよ」


 イプリールにも覗き込まれてしまったので、問題ないと曖昧に笑っておく。


「じゃあ行きますわよ。精々足手まといにならないことですわね」

「わかってる。頼りにしてるからね」

「ふん。大船に乗ったつもりでいなさい」


 メイヘムの能力を受けて、私とイプリールは宙へ撃ち出された。

 上手く間に合えば、一か月ぶりの戦いだ。

 アイはどれほど強さを増しているのか。戦力は足りているはずなのに、不安は拭えなかった。

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― 新着の感想 ―
やっぱアルがデザインした星なのかな
少しずつ蘇る記憶
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