「既に終わってしまった話」
それは既に終わってしまった話。ユウにも誰にもどうすることもできなかった話。
ユウが名も無き世界の次に訪れた世界、アッサベルト。
ダイヤモンドが湯水のように採れ、魔石プレマライトの産出も盛んな鉱業星であった。
その星には最近、妙な噂があった。
どうやら貴重な鉱物が眠っているらしい、と。
ガゼインというフェバルは、その噂を聞き付けてやってきた一人だったのだが。実際あるのはダイヤモンドと魔石の鉱山ばかり。
ダイヤモンドは宇宙全体で見ればさほど価値のあるものではない。魔石はもう少し価値があるけれど、目の色を変えるほどの代物ではない。
彼は噂は嘘だったのかと落胆し、わざわざやってきたのに空振りだったことに苛立った。
そして腹いせにと、自慢の能力で鉱山とそこに暮らす人々を【消去】してしまったのである。
ちょうどそこに居合わせていたのが、この世界に来てようやく馴染みかけていたばかりのユウだった。
鉱山手伝いをしていたところ、知り合いを皆殺しにされてしまったのだ。
もちろんユウは許さない。機嫌の悪い彼に楯突き、残念ながら当然敵わなかった。
全身の骨を砕かれ、さらに片足をもがれるという散々なスタートを切った彼(彼女)であるが。
「弱い者いじめ」で溜飲を下げたガゼインが去った後、そこにやってきた若き女性アトリア・ペーツェルトに助けられる。
彼女は【マナの祈り】という、魔力リソースを消費して強力な護りや修復を施す力を持っていた。『異常生命体』であった。
彼女は手持ちの魔石を消費して、瀕死の重傷をたちどころに癒したのである。
礼を述べるユウに対して、彼女は対価に協力を申し出る。
最近何やら妙な噂が立ってきな臭いので、真相を突き止めつつ人を救う旅をしているのだと。
ユウはアトリアの旅の付き添いをすることに決め、ともに世界を回った。
旅の中、ユウとアトリアは一人の若き男に出会う。
双剣のガランドール。彼は死に場所と戦いを求めてさすらう誇り高き一匹狼の戦士だった。
決して防ぐことのできない剛剣【不屈の太刀】を宿す。彼もまた特異な力を持つ『異常生命体』であった。
彼自身の強さは決してフェバルを始めとした超越者には届かないものの、能力の名に恥じない不屈の精神を持っていた。
ユウの何かを気に入ったらしく、彼とは会うたびに幾度も刃を交えることになる。
ユウは「防げない刃」に苦戦しつつも、戦いの中で互いに高め合う良きライバルのような関係になっていった。
両者アトリアのいる暗黙の了解で欠損含む大怪我を繰り返し、その都度彼女に呆れながら癒してもらうのだった。
そんなあるとき、アッサベルトに真の危機が訪れる。
γ線バーストの直撃。
不幸としか呼べない災厄が、ユウがいたときに「偶然」起こった。
いや、それは間違いなく【運命】の仕業であった。
世界人口の一割を一瞬で死に至らしめた惨劇によって、星の深い部分が露出する。
悲劇はそこで終わらない。このとき露わになったものが問題だった。
噂の真相が明らかになった、最悪の瞬間であった。
メルテリオン。
宝飾としても魔力媒体としても極めて優秀な、宇宙において希少価値の高い宝石性金属が大量に眠っていたのである。
壊滅的天災によって、アッサベルトはたちまち人の住むに適さない星となり。日々数え切れない死者の生じる有様だった。
そこで人々は星からの脱出を企てるが、哀しいことに宇宙船を大量に作れるほど文明が進んではいない。
どうしようもなく悲嘆に暮れる現地民たち。
そこに手を差し伸べたのが、功名も悪名も高きダイラー星系列である。
彼らは希少資源獲得に興味を示した。メルテリオン採掘権の割譲を条件として、人々に新天地への移住を約束したのである。
アッサベルトの人たちは、一も二もなくこの提案に縋り付いた。
これにて一件落着かと思いきや、事態は一向に収まらない。
遥か遠方より噂の真実を聞き付け、宇宙のならず者たちが色めき立った。
意図的に噂を流していた者が背後にいるのではないかとされるが、憶測の域は出ない。
そうしてダイラー星系列、宇宙のならず者たちによる、苛烈な資源争奪戦が始まった。
次々襲来する超越者たちと宇宙最強国家の暴力によって、アッサベルトはこの世の地獄と化した。
せっかくの資源を潰してしまうため、星そのものは破壊しない。それだけが暗黙の了解で、現地人の命はゴミのように扱われた。
連日連夜どこかで破滅的な被害が起こった。都市の一つや二つは当たり前、時には島や大陸でさえ、屑のように消し飛んだ。
もはやこの世界のどこにも安全な場所はなかった。
絶望的状況の中、ユウとアトリアは救えるだけの人を救うため、懸命に旅を続ける。
戦ってもどうにもならない化け物たちを横目に、やるせない無力感を抱えながら。
ガランドールもまた、無謀にも脅威に向かって双剣を振るい続けた。
九死に一生を繰り返し。狂ったように死に場所を求めて戦い続け、『異常』に力を高めながら。
結局はアトリアとガランドール、二人の尊い命が代償となった。
彼女と彼は決死の覚悟で自ら命を投げ出し、世界は救われたのである。
ユウは先立つ二人を止めることができず、他にやりようもなく。かけがえのない友を失った。
ただ世界だけは救われ、穏やかな日々が戻った。二人は悲劇のうちに本懐を遂げた。
そのことを痛む胸に、無理やり納得させるしかなかった。
これは自分の意志で決めたことだからと。悲しんでもいいけれど、俯かないでくれと言われたから。
ユウとユイは、最終的に想いを尊重した。次のトレヴァークとラナソールでは、許される限り精一杯日常を楽しむことに決めた。
そう。これは既に終わってしまった話。
【運命】の完全勝利にして。星海 ユウが異世界を旅立ってから、初めて明確に苦いばかりの思い出を刻んだ話。
強力な『異常生命体』の存在は、どうあっても決して許されることはなかった。
真実はそれだけのことである。
***
戦槍姫ギリーヴィアミリス。
宇宙を気ままにさすらい、血湧き肉踊る戦いを常に求める戦闘狂。
遥か古に故郷を自らの手で滅ぼしてしまった、根無し草の『星級生命体』である。
愛機たる宇宙船バドラスターを駆り、今日も彼女は面白そうな匂いを求めて彷徨っている。
入浴時以外、寝るときも外すことのない戦装束は。純白と桜色を基調とし。
姫の呼び名に相応しく、ひらひらと煌びやかである。
太ももの絶対領域と脇がちらりと露出し、胸元は艶やかに開かれて。収まり切らない横乳がはみ出ている。
これは『戦いとは魅せることなり』を信条とする、彼女の心意気であった。
彼女にとって戦場とはオンステージ、晴れ舞台なのだ。
そんな彼女は今、運転席にだらしなく背を預け。大きなあくびをしていた。
魅せるべき人がいなければ、彼女の性質はとことんぐうたらであった。
「ふむ。退屈じゃ」
この間の、何だったか。アッサなんとかとかいう星。
あれは久しく中々に楽しめたが。終わりは何ともあっけなかった。
何を隠そう、突如宇宙より飛来し。
固有武器である血気槍を大地に突き刺し、世界最大の大陸を一撃で消し飛ばす。
ド派手な挨拶をぶちかましたのは、他ならぬ彼女であった。
彼女は美と財宝を求める宇宙盗賊としての一面も持つ。
かの地にメルテリオンがあると聞き付け、お宝と戦いの匂いを嗅ぎ付けてきたのであるが。
「またどこぞで祭りはないものかの」
ダイラー星系列との茶々の入れ合いも、それなりに楽しいものだったが。何より。
同じく噂を聞き付けた超越者どもを、斬って斬って斬りまくった。
あれはよかった。ああいうことは滅多にできない。そう一か所に集まらぬからな。
結局はいいところで、争う理由もなくなってしまったが。
戦利品は、たった一欠片のメルテリオンだけ。
はあ……。まことつまらぬ幕切れよ。
そう言えば、二人ほど。
まるで敵わぬのに、しつこく食い下がろうとした愚か者共がおったか。
ふん。我が槍の一振りで吹っ飛びおったわ。弱いのに気骨ばかりあってもしょうのない。
何だかと名乗っておったが……はて何だったか。
……まあよい。
些事は捨て置くのが、彼女のさっぱりした性格である。
記憶に値するのは、我の認めし強敵のみ。
次なるお宝と戦いを夢見て、恐怖の宇宙船は今もどこかをさすらっている。




