中編「星海 ユウ育成計画」
ウィルは2年前の運命のあの日――ミライとヒカリが死してユウのもとを去ることになったあの日。
ユウのトラウマを核として生まれた『異常』なフェバルである。
その姿は、ユウが死なせてしまった親友であるミライに非常に近しいものとなった。
フェバルとして持つべき圧倒的なパワーすらも忌まわしきものとして、ウィルに押し付ける形で切り離された。
またウィルが生まれる際、仕込みとして、アルも自らの存在記憶を彼へと混ぜ込んでいた。
少しでも彼の思考回路へ影響力を確保し、女の子のユウをまったく野放しで活躍させることがないようにである。
結果として、ウィルに切り分けられた不完全な【神の器】は。
ユウにとってトラウマの象徴である【神の手】を模倣しようとして変質し、その著しい劣化である【干渉】となった。
もう一人の「私」――後のユイがユウにとって最も好ましいものから生まれた存在ならば、彼はまったく真逆の忌むべきものから生まれた存在である。
ゆえに哀しくも自らの存在意義と与えられた恐ろしい力の使い方を、ユウ本人よりもずっと深く理解してしまっていた。
大事なことは綺麗に自分へ押し付けてすべてを忘れてしまったユウと、自らの奥底にもっと幼き時分のトラウマを封じ込めたあの甘やかし女。
アルの影響か、はたまた生まれと役割の真逆であることへの羨望と恨みか。
ウィルは特にもう一人の「私」を徹底的に嫌っていた。
それこそ本当は喋るのも忌々しく、触れたくもないほどにである。
一方で、この自らの生まれは仕方のないことであると。
大切に護られ育てられたユウ自身に、まだ悲惨な現実を受け止めるだけの強さがないのだとも。
今はまだ持たせるべき記憶ではないのだと、頭では正しく理解もしていた。
自らの存在理由への激しい怒りと恨み、そしてやるせなさと同情を胸に。
誰に強制されたわけでもなし。いっそすべてを放り出してしまってもよかったのだが。
結局彼は消えることのない憤りを抱えながらも、自らの役割を遂行するために動く。
アイと同じく、遥か時間を超えて太古の宇宙へと旅立つ。
それは傍観者を自称するトーマス・グレイバーの手引きと、そのときに力尽きてしまったある者の力を借りて成し遂げられた。
『黒の旅人』がやり残した『世界の破壊者』としての活動を引き継ぎ、現代に至るまでひたすらにこなし続けてきた。
すべては未だか弱く、フェバルとしての自覚のないユウが「本来すべきだった活動」を補うために。
結果として『黒の旅人』と同じく今回の宇宙に名を轟かせ、畏れられる存在となった。
そして――。
星海 ユウの旅立ちの日を迎えるにあたって。
ウィルはかねてより温めていた、とある計画を実行に移すこととした。
その名も、星海 ユウ育成計画。
ここまでは僕が散々尻拭いをしてやったが。
ここからはお前たち自身が死ぬ気で頑張る必要があるのだと。
そのためには、もう一人の「私」のようにいつまでも甘やかしていてはならないのだ。
「やがてくる未来」のために。
あの人喰いの怪物、I-3318といつか死闘を繰り広げる「確定した」未来へ向けて。
負けるわけにはいかない。徹底した準備が必要だ。
ユウ。もう一人の「私」よ。
お前たちは幾多の願いを託され、期待されていることに未だまったく自覚がないだろうが。
お前たちには散々試練を与え、とにかく強くなってもらわなければ困るのだ。
そのためにわざわざ僕や多くの者たちが身命を賭して、貴重な時間を稼いできたのだから。
お前たちの手にこそ、宇宙の命運がかかっているのだから。
だから生易しい旅をしてもらっては困るんだよ。
まあ本心を言えば、お前たちなど。
いざやってみてダメなら、壊れてしまっても構わないくらいの恨みはあるのだがな。
この破滅的な衝動は。
いっそ『黒』になってしまっても構わないとすら思っているのは、なぜだろうな……。
それがアルによる誘導であると、このときのウィルには自覚がなかった。
……まあいい。やれやれだ。いい子の甘ったれどもめ。
あれを育てるのは本当に骨が折れるぞ。
必ず避けるべきマイナス要因として、まず本来の【運命】による破滅的な結末がある。
だがきっと大丈夫だ。もう一人の「私」が生まれて以来、【運命】の決定的な影響力は幾分弱まっている。
僕が生まれたのもその証拠。上手く調整はできるはずだ。やってみせる。
逆に余計なプラス要因としては、あのレンクスの横やりなども考慮に入れる必要があるだろう。
あいつも無限甘やかし組だからな。あまり手助けされては、かえって成長の妨げになってしまう。
この宇宙には数多くの困難や悲劇のあること。
痛みと苦しみを存分に知らしめつつ、乗り越えることのできる試練が必要だ。
良い具合に難易度調整された、ギリギリの旅が必要だ。
やはりそのためには。
僕があえて鬼となり、お前たちへの素敵な強化計画を施してやろう。
そう。トレイターが、立派に悪役を演じ切ったように……。
彼の記憶にはしかと残る偉大な先達へ、彼は似た立場から深い同情と尊敬の念を抱いていた。
お前ほどちゃんとやれるかはわからないが、僕もやってみるとするさ。
さて。今日が挨拶。まずは第一印象が大事だからな。
奇しくもエーナと同じようなことを考え、やや気合が空回り。
ウィルはこれからすることを思い、深く溜息を吐いた。
I-3318は、人外の怪物というだけのことはある。
心底イカれた、人を人とも思わない、欲望を憚ることも決してしない、実に良い性格をしているという。
お前たちのすべてが欲しいと、欲望のままに犯すことだって平気でするだろう。
ユウ。お前も一端の女の子になるのならば。
「そういうこと」をされる危険があるのだと、まずは身をもって知っておく必要がある。
このまま野放しにしておくと、ガードが緩過ぎる無自覚女が爆誕してしまうからな。
いきなり本物の怪物による果てなき悪意と欲望なんてぶつけられたら、壊れてしまうのではないか。
だから嫌われてもトラウマに思われてでも、まずはその身に叩き込んでやる必要がある。
今からすることを思うと、実にくそったれだが。予行演習というやつだ。
僕も正直、こういうのは苦手だ。
本物の怪物の方が遥かにえげつないことをするだろう。
この経験が本番でどれほど助けになるかはわからないがな。何もしないよりはいいだろう。
それにしてもだ。頭ではわかっているのだが。
はあ……。何だってわざわざ僕がこんなことしなきゃならないんだかな。
本当は指一本だって、あの女になど触れたくもないのに。
ユウ。お前に自覚がないのが悪いのだぞ。
本当に。まったく。
ウィルはやる前から顔をしかめ、心底うんざりしていた。
***
セカンドラプターとミズハは、やや離れた位置に陣取ってエーナを監視していた。
一度彼女に接触したセカンドラプターは自ら気を消し、気取られないように細心の注意を払っている。
いざという時、荒事は自分に任せておけと。
セカンドラプターが用意した誕生日のサプライズケーキは、今はミズハに抱えてもらっている。
さて。エーナは道行くそれらしき男に電柱の影から声をかけまくり。
怪しさ満点のムーブで、はずれを引くこと度重なれば。
「あのおもしれー女はさっきから何をやってんだ」
「あれ、もしかしなくても。彼女にも誰がユウなのか、わかってないんじゃないかしら」
「「…………」」
寒さに震え。人並みに落ち込んでみたり、泣きそうになってみたり。
何だか気の抜けるような間抜けっぷりをずっと晒しているのであるが。
いやいや油断するな。相手は腐ってもフェバル。実力者なのだから。
双方気を引き締め、注視を続け。
そして、午後11時過ぎ。
一人のあどけない少年とエーナが接触する。
ついにエーナは確信に至り、その少年に向けて襲い掛かった。
始まった!
ユウのことはオレが絶対に守る。
セカンドラプターが必中の弾丸を構え、撃ち放とうとして――。
「そこまでだ」
ウィルが手をかざすと、二人とも綺麗に金縛りにあってしまった。
ミズハがケーキを取り落とし、共に身動き一つ取れない。
「ぐ、ぎ……!」「が……!」
「危ないところだったな。お前たち、まだ余計なことはするんじゃない」
ウィルは「やがてくる未来」に立ち向かう仲間を心強く思いつつも、今は釘を刺しておく。
セカンドラプターもインフィニティアも、既に真なる『異常生命体』だ。
だからこそ危ない。
フェバルとはそもそも旅の中で『異常生命体』を『観測』し、死なせるようにデザインされているもの。
それだけが理由ではないが、そのために星脈がわざわざ流れ旅をさせていると言ってもいい。
ヴィッターヴァイツによって『観測』されたイルファンニーナが、非業のうちに死を迎えたようにだ。
僕や今回のユウのような『異常』なフェバルであれば、問題はなかろうが。
エーナ。一見人畜無害な彼女こそが、実は最も大きな問題なのだ。
【星占い】を持つ彼女こそは、極めて強く【運命】の下にある者。
したがって原則は適用される。
旅立ち前の不確定要素として、この決定的な場面で事を構えれば。
【運命】は彼女を通じて、二人を殺してしまう危険性がまだ残っている。
もっとも、杞憂に終わるかもしれない。『異常』性の方が勝って、結局そうはならないかもしれないが。
今ここで余計なリスクを負う必要はない。
ここは僕が処分する。エーナには悪いが、面倒だから消えてもらう。
氷の表情のうちに意を固めたウィルに対し。
ろくに喋ることもできないため、インフィニティアが自らの能力で念話を繋げる。
自分とセカンドラプターが、彼に心で会話できるように。
『あなた。いきなり何するのよ!』
『そうか。お前は念話が使えるんだったな』
セカンドラプターもまた憤りを覚えつつ、しかしどこかで引っかかりを覚えていた。
そうだ。こいつも見たことがある。知っているぞ。
『テメエ、その面影。もしかしてミライか?』
問われたウィルは、どこか含みのある口ぶりで答えた。
『ミライは死んだ。僕は……ウィルだ』
二人に、特にセカンドラプターに動揺が走る。
アイツが、死んだだと。
上手いことあの運命の5月10日を生き延びて、その2年後に二人してジャパンに向かったことまでは調べが付いていたが。
その後の消息を追うことまではできていなかった。
そうか。死んじまったのか……。
ひどく生意気だったが、愛すべきところもあった可愛いガキだったのにな……。
残念に思いつつ、思考を現状へ引き戻す。
別の意味での驚きもあった。
てかよ。ウィルって! あの有名な『世界の破壊者』じゃねえか!
『『世界の破壊者』さんよ。テメエのようなヤツが、うちのユウに何の用だってんだ』
『……まあ、そこで黙って見ていろ。説明なら後でちゃんとしてやる』
そして、ウィルは決然と。
やけに芝居がかった調子を構えて、エーナとユウの前に現れる。
そうでもしなければ、きっとボロが出てしまうから。
倒れ込んでいたユウは身悶え、艶めかしく喘ぎ声を上げて。
その姿にゆっくりと変化が生じていた。
やがてすっかり変貌を遂げたその姿を、二人もはっきりと目にして。
『『女ぁ!?』』
セカンドラプターもミズハも、あまりのことに目が点になっていた。
***
「ごきげんよう。エーナ」
ウィルは大仰に『破壊者』を演じながら、颯爽と現れる。
「はっ!? ウィル!? あなた、どうしてここに!? 一体ユウに何をしたのっ!?」
「能力の覚醒を少しばかり早めてやっただけだ」
違う。あの二人がユウに接触しようとしたから、関わりを避けることを【運命】が優先して。
「予定」よりも少し早く【運命】が「始めてしまった」のだ。
だがこのまますぐには行かせない。
ユウ。お前には僕から最初のレクチャーがある。
だから【干渉】をもって覚醒を狂わせる。『異常』なプロセスでもって、わずかな猶予を作り出す。
「それより、お前こそ何をしていた。フェバルを眺めるのが僕の趣味なんだ。せっかくの暇潰しを失くすような下らないことはやめろよな」
「あなた……なんてことを! せっかく忌まわしい運命から救えるはずだった人を!」
まだ救えると信じている、いや信じたいと願っている哀れなエーナを。
ウィルは一切表情には出さず憐んで、そして切って捨てる。
「もう遅い。そんなことよりだ。調べたらこいつの能力、面白いぜ」
「何が面白いのよ」
「通常フェバルの能力は、エーナ、お前の【星占い】や僕の【干渉】のように、この世の条理を覆してしまうような力ばかりだよな」
「ええ。それが?」
「だがこいつは――ははははは! 確かに条理は覆るさ。何せこいつは、性別の垣根を越えられるんだからな!」
「なんですって!?」
「くっくっく。男女がスイッチのように瞬時に切り替わる。何ともおかしな能力さ」
そう。何ともおかしな能力さ。
この「繰り返し」の果てにようやく現れた、ただ一度だけの奇跡。
忌々しいことに。その女こそがすべての中心。宇宙の命運を握る鍵なのだ。
ウィルの声が、まるで一人演説のように弾む。内側に潜むアルが憎悪を煽ろうとしている。
どす黒い感情に支配されそうになりながらも、彼はどうにか己の目的を保つ。
演じろ。演じ切れ。これから長い付き合いだぞと、自らに言い聞かせて。
「聞けばこの星の神とやらは雌雄同体で、自らの写し身として人の男女を作り出したという話があるそうじゃないか。だとすれば、男女を兼ね備えたこいつはある意味で神の器と言っても良いかもなあ? そうだな。ならこいつの能力は【神の器】とでも呼ぼうか!」
適当に取って付けたような理由で、ミスディレクションする。
あまりに早い段階で完全記憶や完全学習に気付かせることは、そればかりに頼り切りにさせてしまう懸念がある。
ユウが育てるべきはまず心だ。甘えた根性を叩き直し、自ら成長する意志を育まなければならない。
そうしなければ、「やがてくる未来」に挑むには到底及ばない。
そこはウィル自身も、能力の真価をこそ恐れるアルとしても思惑の方向性は一致していた。
「ははは、こりゃあいい! 随分と大層な名前じゃないか! 僕は見たいね。この新入りが、そのふざけた能力でどうやって生きていくのかを! 見ろよ! 胸が張ってきてるぜ!」
まったく「ふざけた能力」だ。
この僕に本来の出力を押し付けて、今お前が持っているのはカスの変身能力ばかり。
本当に「ふざけている」。そんな体たらくで、この先どうやっていくつもりなんだ。
『黒の旅人』にも匹敵するお前の真の力が泣いているぞ。
「んあ、あああっ!」
……そのメス臭い姿だけは、本当に見たくもないがな。
ユウの喘ぎ姿という彼にとって地獄の光景に、内心ひどくうんざりしながらも、ウィルは演技の構えを崩さない。
エーナも馬鹿正直な類いだから、こちらを疑いもしない。
「おかしい。あなた、さっき男女は瞬時に切り替わるって言ったじゃない! 【干渉】でわざと変化を遅らせているわね!」
「なあに。反応が面白いんで、ちょっと遊んでいるだけさ」
……必要悪とは、よく言ったものだな。
「う、ううんっ……!」
「やめなさい! 苦しんでいるじゃないの!」
「そうか? 僕にはむしろよがっているように見えるがな」
僕も同じ「ユウ」だから、残念ながら知っているが。
今にも現れようとしているこの女は、母と『姉』の願いと祈りから生まれた。
ユウ。お前をひとりぼっちにさせないためにな。
お前の「愛し、愛されたい」という切なる願いに応えるために生まれたのだ。
その精神も肉体も、そうやって形作られた。
人に愛されるための身体。見目親しみやすく、印象も匂いも好ましくデザインされている。
そして、だからなのかは知らんが……。
無駄に感度が良い。常人の何倍も良いらしい。
お前……ふざけるなよ。
よがっているのはどうやら本当さ。
こっちは真剣にやっているというのに。本当に、こいつは……。
……いかんいかん。演じろ。
「くっくっく。まだ喘いでやがる。そうだな。ぼちぼち変化も終わらせて少しばかり挨拶してやるか」
「ユウに何をする気!? これ以上勝手なことは――」
「お前、うるさいな。ちょっと黙れよ」
それっぽい感じでエーナを消滅させる。お前がいると本当に話がややこしいからな。
殺したが、どうせ死にはしない。別の世界で蘇るだけだ。何も心配はない。
これであの二人が死ぬ危険は回避され、落ち着いて話す場も整ったが。
さて、ここからどうしてくれたものか。
なんてもの見せつけてくれるんだ。お前……。
感度たっぷりの初回変身フィーバーを念入りに味わい。
熱に浮かされ、くたりと横たわる艶めかしい肢体。
豊かに実った胸とくびれた腰が、乱れた男物の衣服から色気を匂い立たせている。
だらしなくよだれを垂らし、悩ましげに甘い吐息を零し。
すっかり蕩けたアヘ顔をキメているユウの前で、ウィルは盛大に溜息を吐いた。




