エピローグ「やがてくる未来」
5月11日未明。
「異相世界」東京のある研究施設より、一本の巨大ロケットが撃ち出された。
TSPの能力――タネの回収という最後の役目を終え、幾重にも積み重なった『できそこない』の死骸たちを燃やし尽くしながら。
そして地上から離れたところで、「異相世界」から現実世界へと位相を切り替える。
I-3318――ラストナンバーは、遥かな宇宙の旅へと出る。
それから十分な時が経ち。十分な距離を稼ぎ。
地球の勢力圏、とてつもなく低い許容性のくびきから解き放たれたところで。
ケイジお手製、時空転移の仕掛けが作動する。
向かう先は、遥か星空の彼方。
ダイラー星系列の分類によれば第79セクターに位置する、とある太古の星。
リデルアース。
アルがあらかじめ創造しておいた、地球にまったくそっくりの大きさと環境を備える特別な惑星である。
アイはその地で現代まで眠り続け、未完成の自らをじっくり育てつつ。
辿り着いたロケットは、地上へ生命のタネを撒くのだ。
いつかヒトに満ちて、TSPにも溢れ。
それらすべてが、彼女の餌となるように。
アイはヒトを喰らい、際限なく無限に成長する。
【侵食】という、ポテンシャルの塊のような能力を備えている。
しかし地球という許されざる星で、この極めて強力な能力を宿すためには。色々と犠牲にしなければならないものはあった。
まず他のIと比べても、極めて遅々としてとかく成長に時間を要すること。
『女神の五体』も含め、【侵食】以外のすべての超能力は外付けとするしかないことである。
またアルとしては、最初から下手に強い力を持たせてもよろしくないと考えていた。
奴は生まれを恨んでいる。体よく反逆されてしまっては敵わない。
それほどまでにこの暴れ馬は、恐るべき怪物は。実に我儘で厄介な性格をしていると彼は正しく理解していた。
いつかそれが目覚めたとき、それは自らの果てなき欲望と挑戦によって己をさらに高め続けなければならない。
そうしなければなおか弱く、儚い。飽くなく成長することなしに、超越者の領域へは辿り着けない。
つまり彼女は、ユウと本質的に同じ無限の可能性を持ちながら、真逆の存在。
誰かと繋がるのではなく。誰かを糧にすることで、永遠に成長する怪物なのだ。
そしてそれが成ったとき。彼女は【完全なる女神】として、地上へ顕現するだろう。
『姉』のような不完全な欠陥品とは違う、遥か圧倒的に優れた。
最強のポテンシャルを秘めた【神の器】にも比肩し得る、凄まじき『異常』存在として。
だが。
アルはそこで、しっかりと釘を刺している。
だがお前には、やはり可能性など与えていない。
『姉』と同じさ。お前はユウを喰らい、自らの内に閉じ込めて。
そして本質的に『安全』のまま、ついには滅びる。
そのように、極めて慎重に設計してあるのだ。
――そう。そのはずだった。
しかしアルにも一つだけ、致命的な見込み違いがあった。
彼の元々の想定では。I-3318は【運命】に十全に呪われた、不完全なユウを喰らい呑み込むことを期待していた。
喰らうことすなわち、ダイラー星系列の言うところの封印刑と同じような扱いである。
宇宙が終わるそのときまで、ユウはI-3318の血肉として彼女の内側に捕らえておく。そういう計画であった。
しかし、依り代ケイジの預かり知らぬところで。まったく事情が変わってしまった。
未来においてもアル本体は、その「ずれ」の危険性を十分に認知できていなかった。
ラナソールで発生した『事態』の顛末において、目覚めかけた【神の器】の「真価」を封じ込めることで、どこか安心している節があった。
あの日発生した大いなる可能性の本当の価値を、彼は直接観測していないから。
星海 ユウが、女の子になったことによって。
彼(彼女)が、極めて強い『異常』性を獲得してしまったことで。
それはアイにとっては、またとないチャンスである。
ただ「予定通り」に動くなど、面白くない。
結局は『姉』と同じ、無様に死んだケイジと異なり。
アイは狭いカプセルの中から、その確かな可能性の萌芽を見届けていた。
つまりは。その未知なる可能性を、そっくりそのまま奪うことができたのならば。
ふふふ。
ユウ。わたしは、お前が欲しい。
もっと。隅々まで。徹底的に。
ひとつになりましょう。
お前は、わたしになる。
アイになる。
やがてくる未来。
星海 ユウが地球を旅立ってから、およそ12年後。
リデルアース。かの地にて。
ユウとアイの世界と互いの存亡をかけた、壮絶なる死闘が幕を開ける――。
FabL Episode 0 is end. Now we are ready to start the final of FabL Part Ⅰ, Episode I.




