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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
地球(箱庭)の能力者たち

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73「5月10日⑥ 審判のとき」

 ゆらゆらと青い海の底に漂いながら。淡く白い光による癒しの加護に包まれながら。

 傷つき深い眠りの中にあるインフィニティアは、喧嘩別れした幼馴染のことを追憶していた。


『今の世界は間違いに向かっている。誰かが正さなくてはならないんだ。誰かが始めなくてはならなかった』

『だからあなたは、トレイター(裏切り者)なんて名乗り始めたの? 人類社会への背徳、その罪を背負って』

『……さあ、どうだろうな。名ばかりに大した意味はないさ。ただの酔狂だよ。これから為すことに意味があるんだ』

『そうね。いつか楽園へ辿り着くために』


 あなたは、どうしてそこまで。頑なに。


 ……もう、何となくわかってしまった。楽園の本当の意味。


『いずれ世界中の同胞に君の声が届くだろう。インフィニティア――無限の名を持つ君ならば』

『けれど、私だけでは届かない。人の身には及ばない領域がある……そうなんでしょ?』

『ああ。唯一の真なる到達者を見つけなくてはいけない』

『彼か、彼女か。鬼が出るか蛇が出るか。どんな人なのかしらね』

『わからない。でもそれが未来への鍵なんだ』


 どこか諦めたように飄々としていて、けれどその内には、世界を敵に回すほどの執念を滾らせている。

 そんな不思議な瞳を秘めた者の底が、どうしてもあのときの私にはわからなかった。

 もう随分と長い付き合いになるのに。本当に不思議な人で。

 でもようやくわかった。わかってしまった気がする。


 彼は言っていた。おそらく見つけたと。


 唯一の真なる到達者は、星海 ユウなのだろうと。


 けれどあの子はまだ小さくて、本来の役目を果たせないのだと。

 どこか悲しそうに。けれどそれよりもいくらか嬉しそうに。

 そんなことをさせるには、あまりに偲びないと。だから計画が不完全でも実行に移すのだと。

 少しでも助けになりたいのだと。

 直接私にはどうしても言ってくれなかったけれど。それほどのことをしようとしている。


『光を見た。あなた、確かにそう言ったわよね』

『なのにあなた、ちっとも嬉しそうじゃない。やっぱり何か、言えないことがあるんじゃないの?』

『否定はしない』

『私にも言えないの?』

『……すまない』


 優しいあなたは、悩みに悩んだことでしょう。

 しまいにそれについては言ってくれたし、私も知ることになった。

 今なら言いたくなかったその気持ちが、よくわかる。

 それは【運命】の『光』。あなたが最も畏れていた絶対の存在。

 あなたが何を賭しても、本当に立ち向かおうとしていたもの。


『……そう。いいわ。最後まで付き合うと決めたのは、私の意志だもの』


 そう言ったのに、結局は……。


『ありがとう』

『いいのよ。あなた一人じゃ、どうせ何もできないんだから』


『確かに。僕は弱いからな』


 ねえトレイター。

 あなたはまったく戦えないほど、からっきし弱いのに。

 どうしてそこまで心は強く、気高くあろうとできたの? いったい何があなたをそこまで……。

 私にさえ、最後まで本当のところは教えてはくれなかった。

 優し過ぎる私にはできないと。あなたはそう考えていた。

 確かに私なんかにはとてもできないって、今でもそう思う。

 でも。このままでは、私は。

 最後まであなたと……喧嘩別れしたままになってしまう。

 あなただけに重荷を負わせて、独りで行かせてしまう。

 本当に、それでいいの……?


 私が深き迷いに沈み込んだ、そのとき。


『いいの? お姉ちゃん。本当にこのままで』


 姉である私には、何となくわかった。

 それは成長した可能性の存在である妹、アキハだった。


「こちら側」の彼女はもう行ってしまったけれど。

「あちら側」の彼女は「こちら側」の想いを汲み取って、愛する姉へ想いのメッセージだけは残していたのだ。


『私もね。あの人のやろうとしていることは……本当にひどいことだと思うよ。あんまりだって思う』

『…………』

『でもね、私知ってるんだ。お姉ちゃんは、大切な人を見捨てるような人じゃないって』


 最後まで動けず淀んだままでいようとしていた私が、本当に欲しかった一言を。

 背中を後押しするように。彼女だって、残酷なことは一個も望んでいないのに。


『お願いお姉ちゃん。後悔しないように選んで。ユウ君のことも守ってあげて。頼れる先生なんでしょ?』


 ……そう、だよね。


 先生がいつまでもくよくよして、子供たちに未来を示せないんじゃ。情けないよね。


 わかった。私、やるよ。

 だから遠い空の向こうから、見守っていてね。


『うん。ありがとうお姉ちゃん。また会おうね。いつかきっと、絶対だよ』


 最初からそう答えることは、妹はお姉ちゃんを心から信じていたから。

 だから余計なメッセージなどは要らなかったのだ。

 姉の心に決意が宿る。


 アキハ。私の大切な妹。こちらこそありがとう。


 ――そうよね。人にはどんなにつらくても、やらなければならないときがある。


 トレイター。ごめんね。本当にごめんなさい。

 私、もう逃げないから。あなたと一緒に戦うから。



 ***



 海の中で眠るミズハの頬を、原初のユウの概念存在は優しく撫でようとした。

 実際には、決して触れることはできないけれど。


『ミズハさん。決めたんだね……。どんなに辛くても、大切なことをやろうとしているんだね』


 あなたはまだ目覚めるだけの回復はしていないけれど。

 その力は眠っていても使えるよ。大丈夫。


『無限に浸透する声は、私たちと同じ性質のもの。だから合わせれば、届くはず』


 奇しくも【神の器】とその親戚である能力同士。共鳴させることだってできる。

 本当なら今回(・・)のユウがそれを担うはずだったけれど、まだ小さなあの子にはあまりに酷なことだから。

 みんなそうして、か弱いあの子を護り愛してくれたから。


『お手伝いくらいはしてあげる。ともに届けましょう。その声を』


 ――これで借りは返したからね。アキハちゃん。


『彼女』は切なげに目を細めた。



 ***



 星海 ユナとトレイターは、始まりの日から半年を越えて、ついに対面へと至った。


「よう。お望み通り来てやったぞ。あんたがどんな絵を描いていたのか、たっぷり聞かせてもらおうじゃないか」


 ユナもトレイターも、とっくに深いところではわかり合っていた。

 だから彼が単純に世界を滅ぼそうとしたのではないことも、もっと「大きなもの」と戦おうとしていたことも彼女は察している。

 トレイターは肩を竦め、観念したように言った。


「そうだな。ちょうどそろそろ時間だ。なあ、知られざる偉大な戦士よ」


 続いて告げられた言葉に、ユナは耳を疑った。


「どうか。僕の罪を見届けてくれないか」


 時計の針は、日本時間21時00分――標準時5月10日正午ちょうどを示す。


 二人の横に設置された大型サイネージに、それはまざまざと映し出される。


 すべての『ガーデン』へと等しく、核爆弾が炸裂し。残酷で美しいきのこ雲を一斉に咲かせた。



 ***



 無数の死の声が。彼らを業火で焼き尽くす痛みと苦しみが。

 同じ【運命】に啓示を受けた者同士、因果の繋がりは深く。ゆえに普通の者の死よりも高い純度と強度をもって。

 眠ったままの小さなユウを、構わず容赦なく貫こうとやってくる。

 ぼんやりとしたまま動けない『心の世界』のユウの無意識の前に、守るようにミズハの精神体が立ちはだかる。

 彼女はずっと泣いていた。これからするあまりに残酷なことのために、涙が止まらなかった。

 それでも幼馴染の真の目的のために、それこそがどうしてもやらなければならないことだと理解していた。

 彼女は小さなユウに代わり、己を貫く死の想念を極力一身に引き受けて――それを受け流すように拡散する。

 引き受けてなおユウに幾分は届いてしまったが、ただ彼の幼い心は確実に護られていた。

 インフィニティアは剥き出しの死の想念を、異相世界で今も懸命に戦う二人を除き、現実世界へ向かってひたすら強めながら波及させていく。

 原初のユウの助けを借りて、それは十全かつ容赦なく実行された。

 トランセンデントガーデンが長年、死力を尽くして存在を突き止めた、無数のテロを起こしてまで見つけ出した――すべてのTSPへと。

 そうして、無限に浸透し繰り返される強烈な死のイメージが。想像を絶するほどの苦痛が。

 突如として、無防備のままに届けられた彼らの脳を一斉に焦がし、焼き尽くしていく。

 能力を宿す源であるヒトの最重要部位は、その機能を徹底的に破壊し尽くされてしまう。


 5月10日21時00分。


 その日そのとき、ほとんどあらゆるTSPは能力を完全に喪失し、かつ生命活動を永久に停止した。



 ***



「あんた。まさか……」


 今もって遂行された、壮絶をもって有り余る凶事に血の気が失せ、青ざめたユナを正面に見据えて。

 この地球に残存していたほとんどすべてのTSPを、たった一手で滅ぼしたトレイターは。

 世界を裏切り、己の良心を裏切り、あらゆる仲間をも裏切り。すべてを裏切った男は。

 今の今まで胸の内だけに秘めていた、止め処ない苦悩を。地獄の業火に焼かれるに違いないほどの重い決断を。

 やっと露わにして、深い深い懺悔を絞り出すように呟いた。


「どう考えても。これしかやりようがなかった。最初からこれが僕の答えだったんだよ。星海 ユナ」

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