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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
地球(箱庭)の能力者たち

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70「5月10日③ 神の穴」

 都心から車で約1時間のところに、神潜山と呼ばれる異様に険しい山が突如として現れる。

 そこに入った者は必ず呪われるだとか行方不明になるだとかで、太古の時代より神の潜む山として恐れられた。

 異常に事故が起こることから、しばしば時の政府によって立入禁止措置が取られ、ほとんどまったく人が寄り付かなくなってしまった死の山である。

 真相は、今回(・・)は『神の穴』を直接封じることができないため、次善の策として人除けにアルの依り代が時間に跨る「対策」を施したというだけのことである。

 それでも時たま愚か者はやって来てしまうのだが、たった一人を除いては誰も深奥に辿り着けないか、もしくは「対策」によってあっけなく死んだ。

 だが強い好奇心と冒険心を持ち合わせたとある勇者だけは、どうしても弾けなかった。

 これも真相は単純な話である。星海 ユウを生むことが確定している星海 ユナを呪いの類で殺すことなど、当然できなかったというわけだが。

 とにもかくにも、真に運命のいたずらが彼女にもたらしたものは、異世界への扉であり、かつ『異常生命体』への扉でもあった。

 ユナの知る由ではないことであるが、依り代がかけられる程度の弱い「対策」では、『異常生命体』を弾くことはできない。

 もはや【運命】が守らずとも、既に『異常生命体』に覚醒していたユナと、そもそもがTSPという『異常生命体』であるセカンドラプター、シェリルは実際素通りのようなものであった。

 ただしシュウに関してはごく普通の人であるので、「対策」の有効対象である。

 当然、この山に関する不吉な話はユナも承知している。一般人の旦那まで無理に突っ込ませるつもりはさらさらなかった。

 そういうわけでシュウだけは山のふもとまで車を走らせて、帰りを待つ役目を担うことになった。

 ユナがシュウの肩を叩き労い、感謝とお願いを伝える。


「一度向こうへ行ってしまうと、帰りは違う道を探す必要がある。そういう厄介な穴なのさ。GPSを渡しておくから、現れた場所へ迎えに来て欲しい」

「わかった。君たちの無事と成功を信じて待っているよ」

「じゃあな。オレらのいない間、先にくたばんじゃねえぞ」

「はは。手厳しいな。僕だって死にたくないし、頑張ってはみるさ」

「ご飯、美味しかった。またぜひ食べたい」

「そうだな。今度はユウも一緒にパーティーしよう」

「それじゃ。行ってくる」

「うん。気を付けて」


 最後に熱い抱擁をかわし、女ガンナーたちは深い山をかき分けて入っていく。

 姿が完全に見えなくなるまで、シュウは胸いっぱいで見送っていた。



 ***



 世界有数の猛者たちにとっては、険しい山道であってもハイキングのようなものであった。

 ユナも通い慣れた道と言うこともあってか、道のりはすべて頭に叩き込まれている。

 飛ばし気味に行って、目的地まではおよそ4時間で踏破した。

 山頂ではなく中腹の目立たない場所に、その『穴』はあった。

 人が数名ほど並んで通れる程度のサイズで、奥は渦巻いて淡く白っぽい光が満たしており、どこへ通じているかも見通すことはできない。


「こんな異様な穴、よくこれまで見つかって騒ぎにならなかったな」

「昔から呪われし山だとかで、全然寄り付かないのよ。この穴だって、衛星からじゃさっぱり映らないのよねえこれが。どうもたまたま見つけたのが私だけだったみたい」


 今となっては本当に「偶然」だったのか、彼女の立場からはわからないのであるが。


「何だか、見るだけで恐ろしいな……」

「その感覚は正しいぞ~シェリル。こいつはおっそろしい穴だ。一度飛び込めば、帰り道はすぐには用意されない。私も何度死を覚悟したかわからない」

「テメエほどのヤツがかよ」

「買い被るなって。私は人間よ? フェバルでもTSPでもない、ただの主婦さ」


『穴』は通じた先で閉じてしまい、そこから直接帰る手段はない。

 とは言え不思議と毎度探せば、何かしら帰還の手は見つかる。どうしてもない場合は、『穴』がまた別の場所に開いたりもする。

 なのでそういう性質のものなのだと、ルールを理解してきたが。

 まあ当時の私はちょっと投げやりというか、無駄に才があったから、あまりにも現実に退屈してた節はある。

 だからそういう限界のスリルが楽しかったりはしたのだが。思えばあの頃は無茶ばかりだった。

 今の私だったら説教だな。うんうん。


「この穴はそのとき、その人が心から望む場所へ、時間と空間を超えて連れていく。そういう性質を持っているらしい」


 お手軽式簡易フェバル穴みたいなものだ。おまけに行ってる間は歳も取らないしな。

 だから異世界稼業引退時、挨拶回りをしたいときなんか、ちゃんと一度行った世界へも通じてくれたりはしたわけで。

 今回はユウへ会うために「ずれた」世界を所望すれば、間違いなくそこへ通じてくれるだろう。


 ほんの少し、あのレンクス(変態)のことがまた過ぎる。


 今ここで望めば、確実に彼に会える場所へ通じるだろう。だが。

 未練はもう切り捨てた。あいつに会いに行っていては、まず肝心のことが間に合わない。

 ……何だかそういうところまで見越して【運命】が決められているようで、むかつく話ではあるけれども。


「いよいよ本丸へ向かおうってか。ぶるってきたぜ」


 セカンドラプターはわかりやすく武者震いしている。

 彼女は待ち受ける運命をまったく恐れていない。どんな時も前だけを見ている。

 やはりシェリルには、そのように眩しく映った。


「私は正直……怖い。今までのことを考えるともう、いつ何が起きてもわからない」


 ユナは見咎める。シェリルも聡い(・・)性分なのだ。

 せめて励ますように肩を叩き、微笑みかけてやる。


「それが普通よ。それでも自分を鼓舞して、ここまで来てくれた。誰にもできることじゃない。あんたは立派な戦士さ。胸を張りな」

「星海 ユナ……うん。ありがとう」

「あいつがちょっとおかしいだけだ」


 さらっと言うので、シェリルは思わずぷっと吹き出してしまった。


「んだとコラ! 何がおかしいだぁ! 決まってもない未来なんかにびびって世界一になれるかってんだよ。やるかぁ!?」

「ん。それだけ元気なら大活躍間違いなしだな」

「おう。バケモンだって何だってオレが全部ぶっ倒してやる。大船に乗ったつもりで任しとけ!」

「船……沈んだけど」

「うるせー! 揚げ足取るんじゃねえっ!」


 セカンドラプターの叫びが山中にこだまし、三人は久々に腹の底から笑い合った。

 全員が良い顔つきになったところで、ユナが改めて呼びかける。


「よし。行くぞ。しっかり手を捕まっとけよ。離れ離れにならないようにね」


 三人で固く手を繋ぎ、『神の穴』へ飛び込んでいった。



[5月10日 17時13分]

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