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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
地球(箱庭)の能力者たち

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4-0「邂逅」

[5月9日 11時11分 異相世界 東京 NAAC]


「ここ……どこ?」


 目覚めたユウは、ぼんやりと辺りを見回していた。

 一面、白いばかりの飾り気のない部屋だった。

 そして自分は、ベッドに寝かされていたらしい。


「坊や。目が覚めたか」


 小さな彼を見下ろすように、黒髪の男が腕を組んで立っている。

 彼のことをユウは知っていた。何度か検査でお世話になっている。


「あ、けんきゅういんのおにいさん」

「そう。僕が海岸で倒れている君を拾ってね」

「そうだった。クリアおねえちゃんは? ミズハせんせいは? おかあさんは? みんなどこいっちゃったの?」

「まあまあ。落ち着こう。いっぺんに聞かれても答えられないよ」

「ねえおにいさん。ほんとはなにかんがえてるの?」


 じっと。疑念の視線が彼を真っ直ぐ射抜いてくる。


 ああ。お前は素晴らしく末恐ろしいな。

 この小さくも最大の敵は、既に正しく僕の脅威を直感している。

 けれど、未覚醒のお前では。僕の心を読むことなどできはしない。

 愚かにも幼きお前は、ろくに人を疑うことを知らない。


「怖がることはないとも。僕はそういう特別な性質でね。大丈夫。僕は(・・)君に何もしやしないさ」


 忌々しいことに。できもしないのだから。


「ほんと?」

「ああ。本当だとも」

「うんとね。じゃあなんか、やなかんじするけど。しんじるよ」

「いい子だ。坊や。ありがとう」

「うん」


 そしてまた、当初の質問へと戻る。


「あのね。みんなは?」

「それより、まず君に会わせたい子がいてね。どうだろう。付いてきてくれるかな」

「えっと。さきにクリアおねえちゃんやミズハせんせいにあいたいんだけど」


 おかあさんとはぐれたのはそうかもしれないと思ったユウは、現状望むべくだけの要望を伝えていた。

 有田 ケイジ――アルの依り代は、わざとらしく肩をすくめてみせる。


「困ったな。実は順番があってね。君が用事を済ませてくれないと、クリアお姉ちゃんもお迎えには来られないんだ。そういう決まりになっている」

「そうなの?」

「そうなんだ。すまないね」

「そっかぁー」


 ユウはちょっと考えてから、意を決したようだった。


「わかったよ。おにいさんについてくよ」

「よろしい。では行くとしようか」


 部屋を出て、NAACをさらに地下深くへと小さな彼を案内していく。

 セカンドラプターとシェリルがついに見つけることのできなかった「異相世界」の扉を越えて、その先へと。

 白く続いていた廊下は、やがてACW製造プラントのような無骨な金属製の足場へと転じる。

 吹き抜けとなったところの階下には、整然と透明なカプセルが大量に並んでいる。

 彼に余計な疑念を抱かせることがないようにと、失敗作の中身は撤去していたが。

 それでもいくつも割れていたり、欠けていたり。中身の乾いた痕があったりと。

 何かがあったと思わせるに相応しい異様さは、彼の恐怖心を掻き立てはしたようだ。

 ケイジはついほくそ笑みそうになるのを、どうにか堪えていた。

 だって滑稽に過ぎるだろう。

 よりにもよってお前が膝へ縋りついている男は、これから家族の仇になろうと言うのに。

 そうだな。お前は元来、どうしようもなく怖がりで情けない子供だったな。

 

 ――永遠にそのままでいれば、よかったものを。


 そしてついに、一つのカプセルの前へと辿り着いた。

 そいつだけにはまだ、中身があった。

 I-3318。表面下部の金属プレートには、その番号が刻まれている。


「着いたよ。実は会わせたかったのは、あの子なんだ」

「あのこ?」


 中に浮いているモノは、まるでヒトのカタチをしていない。

 ぐずぐずで、揺らめいていて。未だ己の定まるところがなく。

 ヒトの胎児のような。それでいて、あらゆる何かの動物の元であるような。

 閉じた目玉だけは、唯一安定して確認することができた。

 そして言われてみれば確かに。ココロのようなモノを感じる。


 なぜだか、妙に魅入られて。

 そろそろと、まるで吸い寄せられるように近付いていく小さなユウ。

 なんだか放っておくにはあまりに偲びないような、そんな気がして。

 隔てられた透明なガラスの壁に手を付いて、よくよく覗き込んでみる。


 ケイジはそこで、未完の大器へ念を送った。


『そいつだ。そいつが星海 ユウだ』



 ホ シ ミ ユ ウ ?



 不定形の目が突然、カッと開いた。


 目の前の透明な壁に手を付いて縋る、幼子を剣のように鋭く睨み付けて。


「ひぃっ」


 小さなユウがひるんだ瞬間。


 ぴしりと、一筋の亀裂がカプセルへと走る。


 途端にユウは、睨まれたことなどよりもその子への心配が勝ってしまった。


「え、えっと。だ、だいじょうぶなの。これ……」

「あまり、よろしくはないな」


 ケイジはにたにたと、人の悪い笑みを背後から浮かべている。

 ユウが彼へと視線を戻したとき、その表情も優男の演技に戻されていたが。


「ねえ。なんだか。とってもかわいそうなの」


 ユウは明らかにそれを恐れているにも関わらず、なお彼女へ同情の視線を向けていた。


「ほう。どうしてそう思うのかな」

「だって。でられないんでしょ?」


 このこね。ずっと、そとへでたそうにしているの。

 でも、でられないの。かわいそうなの。


 自由の立場から。心から憐れむように。


 I-3318には――アイには、それがまったく気に入らなかった。


「この子はな。未完成なんだ」

「みかんせい?」

「やがては大きくなって、素敵な素敵な女神様になるのさ」

「めがみさま? それって、きれいなひと?」

「そうだよ。そうしたら好きなだけ、お外へも出られるようになるさ。だから何も心配しなくていいんだ」

「そうなの?」

「ああ」


 そう――いつかお前を亡き者にするためにな。


 ケイジは、内心ほくそ笑む。


 結局は。すべては。この星で起きたすべてのことは。


 この『Project Integer』のための下拵えだったのだ。


 そして今、二者が邂逅を果たしたことで――ついに因果は確定した。


 星海 ユウ。


 お前はもう、やがてくる未来から逃れることはできない。

 お前たちは、いつか必ず殺し合うことになる。

 凄惨に。そして壮絶に。

 そして今回(・・)のお前では、おそらく勝つことはできまい。

 ただでさえ【神の器】は不完全となり。そして『I』は、徹底的にメタを張って造られている。


 この子はまさしく、お前にとっての天敵なのだ。


「さあ、これで用は済んだ。行こうか」

「えっと……。もういいの?」

「大好きなクリアお姉ちゃんが待っているぞ」

「あ……うん」


 あの子を放っておいてそのまま行ってしまうのが、何だかとても悪いことのような気がして。


「ばいばい」


 またねと、小さく手を振って。


 どこか寂しそうに、星海 ユウは去っていった。


「…………」



 ***



 彼が去っていった直後。

 未完成の力を振るおうと、アイは培養液の中で藻掻く。しかしままならない。


 出せ。出せ! 今すぐここからわたしを出せ!


 激情が、嫉妬が。まったくの逆恨みが。

 未だヒトの形すら定まらぬ彼女を、いっぱいに満たしていた。


 ぴしり、ぴしりと。

 透明な壁のひび割れが、徐々に拡大していく。


 ユウを元の部屋へ送り戻したケイジは、急ぎ戻ってくるなりすぐに彼女を諫めた。


「おいおい。そう興奮してくれるなよ。せっかくのカプセルが壊れてしまうじゃないか」


 お前はまだ、その狭い世界の外では生きられないというのに。

 これから嫌というほど、好きなだけ異世界を旅するあの子とは違ってな。くっくっく。


 横からすうっと音もなく、紅髪の女性体が現れる。

 お前では余計な警戒心を与えるからと、主に身を潜めるよう指示されていたシャイナである。

 シャイナはにやにやとしてカプセルへ近付くと、揶揄うようにひび割れたガラスを指で何度もコツコツと叩いた。

 もちろん勝手に壊せば主を怒らせてしまうことはわかっているから。いっそそうしてやりたいけれども。

 割れそうで割れないギリギリのところで、留めておく。

 そんないっそ清々しく、憎たらしい煽りっぷりに。

 アイは、ただじっと恨めしげに姉を睨み返している。


「やれやれ。お前たちもつくづく仲がよろしいな」


 アイも、シャイナも。揃って抗議するような目を彼へと向けていた。

 そういうところだけは、まったく姉妹らしく。息がぴったりなのだった。

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