62「天に届きし摩天楼」
[5月3日 14時32分 QWERTY本部]
タクは焦燥し、絶望感から膝を屈しかけていた。
まずい。もうここには、まともに戦えるメンバーが残っていないんだ!
ベンも、シゲルも。みんな運命に導かれるように死んでしまった。
そして、セカンドラプターやシェリルが出払っているこのタイミングで。
千載一遇の機会だったのは、向こう側もだったのか。
とにかく逃げなければ。隣のケイラの手を引いて、駆け出す。
生き延びることを、命を簡単になど諦められなかった。
ユナさんが、あれほど絶望的な状況からまだ生きようとしているのに。僕らが簡単に投げ出すわけにはいかない。
しかし固い決意に反して、無情にも。現実は厳しく。
仲間が一人、また一人と悲鳴を上げていく。
そしてついに、自分たちの番が来てしまった。
ケイラが断末魔を上げ、固く握ったはずの手も離れてしまう。
「か、はっ!」
彼の腹部に深々と突き立てられた刃は、あの化け物と同じく腕を硬化変形させたものだった。
赤目の怪物どもが本部を蹂躙し、血塗れにして。
我が物顔で、大切な思い出の場所を踏み荒らしていく。
やがて目的を達した「できそこない」たちは、最後まで容赦なく。本部へ火を放った。
そしてようやく満足したのか、いずこかへと去ってしまった。
***
タクはぐったりと壁に寄りかかり、火煙の立つ廊下の向こうをぼんやりと眺めていた。
変わり果てたケイラを見やる。すぐ隣で惨殺され、可哀想に目の端に涙を浮かべたまま、命尽き果てている。
彼は息も絶え絶えに、己の腹部へ目を向ける。もうどこが無事かわからぬほど、ずたずたにされている。
まだ命のあること。この首がひと思いに落とされなかったことは、ただの「幸運」に過ぎない。
それももう、時間の問題だが。
タクは口元からもおびただしい血を零しながら、決断する。
ユナさんから、運命の『光』の話を聞いたとき。彼は思ったのだ。
僕の力であれば、アクセスできるのではないかと。
けれど、その危険性は重々承知していた。
もし失敗すれば無事では済まない。みんなが悲しむから、僕は決して無謀だけはしなかった。
もうみんな逝ってしまったけれど。確かに僕は愛されていた。
今ここで死ぬとして、悔いはない。
罪もたくさんあるけれど。後悔もあるけれど。
決して悪くはない、良い人生だった。
もう死ぬというのなら。どんな無茶をしたって、構わないだろう?
これが最後の力だ。
何か少しでも。ほんの少しでも、あなたのために得られるものがあるなら。
それは好奇心ではなく、己の内に湧き上がる切なる想いからだった。
敬愛する者の役に立ちたいという、願いゆえだった。
僕にも視えるはずなんだ。届くはずなんだ。
『光』が、そこにあると言うのなら。
【知の摩天楼(インテリジェンス=スカイスクレーパー)】
彼は情報生命体となり、現実世界を超越する。
かつて己も視たはずの『光』の記憶の糸を探り、そして辿り着く。
あった。あれだ。あそこに求める真実があるはずなんだ。
ついにはっきりと視えた『光』のある方へ、近付き。手を伸ばし。
そして、まばゆいばかりの『光』が彼のすべてを呑み込んで――。
***
『光』とは、あまねくすべてを照らすもの。
星脈の向こう側に御座すもの。
星脈とは、宇宙のすべての根源であり。膨大な世界情報の塊そのものだ。
この星には、イカロスの翼という逸話がある。
あれはまあ、よくできた話だ。
不用意にも太陽に近付き過ぎた男が、翼を灼かれて落ちて死んでしまう。
同じことよ。
ただの人間ごときが『光』に近付き過ぎると、膨大な情報量に灼かれてしまうのだ。
『炎の男』がほんの少し『それ』を垣間見ただけで、狂ってしまったように。
茂野 タクマ。愚か者め。
お前はTSPと名の付くものであろうとなかろうと、元来そうした性質を有していたが。
不用意にも真理へ近付き過ぎて、必ず脳を灼かれて死んでしまう。
【星占い】にもなれない。覚醒前に死へ至る、馬鹿げたフェバル未満の存在だ。
いつもそうだった。
今回、少々強引ではあったことは認めるがな。
***
脳髄を隅まで灼かれ、目の焦点も定まらぬほど破壊されたタクは。
朦朧とする意識の中で、これまでのことが走馬灯のように駆け巡っていた。
世界を何でも知った気になれる彼の能力と、多感な時期との相性は最悪だった。
人間の醜い側面を知り、世界の裏側を知って。彼はどこまでも擦れていってしまった。
やけになって、様々な情報犯罪にも手を染めた。
トゥルーコーダの先代、世界最悪のハッカーと言えば彼のことだったのだ。
だがしくじった。情報戦では無敵でも現実戦ではからっきしなのは、タクも彼女も同じこと。
彼は良からぬ輩に捕まり、ついに死を待つばかりだった。
そんな彼に、上には上がいるということ。
世界はもっと面白く、不思議に満ちて。生きるに値するのだということを、あの人は教えてくれた。
日頃散々こき使われていたけれど、根っこではいつも優しく気を遣われていた。
温かな居場所を与えられることが。そのままの彼を肯定し、求められることが嬉しかった。
そして出会った子供たちは、僕の乾いた人生に彩りを与えてくれた。
大切な仲間たちが、愛を教えてくれた。
本当に、楽しかったんだ。
たった一つだけ。
彼は彼女が求める大切な情報を、『光』から掴み取っていた。
どうか、届いて下さい。ユナさん。
あの子は。ユウは。
…………
最期のデータ転送を終え、タクはふっと笑み、一筋の涙を零す。
いよいよ目の前が霞んで、右も左ももうわからない。
せめて最期は、君と。
斃れ伏すケイラの手を、執念だけでもう一度掴み取る。
すまない。
本当は、わかっていたんだ。君が僕を好いてくれていたことは。
けれど僕は……僕なんかが。まだ人に愛される資格はないって、そう思ってた。
だからモテない振りをして。喚いて。仕事があるからって、いつも言い訳をして。
カッコ悪いよな。情けないよな。
こんな僕を好きになってくれて、ありがとう。
もし、次があるなら。今度はきっと。
もう少し、素直に……なるから。
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