59「NAAC立ち入り調査 1」
[5月3日 13時15分 QWERTY本部]
QWERTY本部は暗く打ち沈んでいた。
タクはデスクに肘を立て、苦悩し頭を抱えている。
【神隠し】が解除されたことで、追加で行方不明が判明したユウ、クリア、ミズハの三名。
あの子たちがやられたことまでは確認されていないが、状況からして絶望的だ。
救助船のメンバーは、ユナさんを除いてはあの怪物に皆殺しにされてしまった。
ユナさんだけは、シゲルが命懸けで飛ばしてくれたから。シュウさんから「着弾」の知らせを受け取ったときには、皆胸を撫で下ろしたものだ。
それでもまだ、助かったとは言い難い。意識不明のまま生死を彷徨っている。
あの人はほとんど執念だけで生きている。どんなときだって諦めたりはしない。すごい人だよ本当に。
ふと周囲を見回して、寂しさに胸が締め付けられる。
TSG蜂起前、去年の冬までは20余名いたはずの人員は、少しずつ『削られる』ように数を減らし……今や彼含めてたった7人になってしまった。
ユウやクリアのことなんて、ユナさんになんて説明したらいいのだろうか。
あまりにも……あまりにも犠牲が多過ぎる。
「しっかりしいや。こないなときこそよう気張らんと。今だけは、あんたがリーダーやねんから」
メンバーの一人、彼と同じ分析班のケイラが励ますように肩を叩いてくる。
「そうだな……。僕が塞ぎ込んで何もしなかったら、それこそユナさんにもシゲルたちにも呆れられてしまうよな」
「せやせや。カツ入れるためにも、乾杯や」
彼女はキンキンに冷やしたエナジードリンクを二本器用に指で挟んでおり、片方を彼の頬にくっつけた。
ひんやりした感触が、彼の淀んだ目を覚ます。
プルタブを引くと、ぶしゅっと小気味良い音が鳴る。
ケイラはこれ見よがしに片目を閉じながら言った。
「ウチはこのエナドリっちゅーやつ、嫌いなんやけどな」
「はは。無理に付き合わなくたっていいっすよ」
「いや、付き合わしてや。こないなのは気持ちが大事やねん! 盃代わりや!」
「ですか。では、ありがたく」
二人で缶を突き交わし、一気に呷る。
いかにもジャンキーな、薬っぽい強烈な甘味が脳髄に染みる。
甘いのに、辛く苦い。
あの人は必ず復活する。だからそれまでは僕がしっかり指揮を取らなければ。
自ら戦うことはできないが、できることはあるはずだ。
幸い、大きな戦力はいる。無事に来てくれた。
そこへちょうど入ってきたのが、アメリカからはるばるやってきた屈強なる女戦士たち。
セカンドラプターとカインダー=ブラッディ=シェリルだった。
右目と左目、それぞれ対照的な位置に眼帯を付けている。最近成り行きで結成したにしては、長年息の揃ったコンビのような出で立ちだった。
セカンドラプターはいかにもスラム育ちの英語を用い、シェリルは孤児育ちの割に綺麗な発音の英語を用いる。
タク含め全員英会話はお手の物であるので、意思疎通上何も問題はない。
「遅れてすまねえ。色々手続きに手間取っちまってな」
「まさか、敵地の本部まで招かれる巡り合わせになるとは……思わなかったが」
「ここまで来たら敵も味方もないっすよ」
「違いねえ」「……だな」
「頼りにしてますよ。お二方」
タクは二人に現在の状況を説明する。
例の怪物に救助船を沈められてしまったこと。二人の子供とインフィニティアは生死不明で、他は残念ながら死亡が確定してしまっていること。
それでもユナさんだけは無事日本へ送り届けられ、集中治療を受けていること。
「インフィニティア……」
また一人TSGの仲間が失われてしまったことに、シェリルはひどく胸の内を痛めている。
セカンドラプターも眉根をしかめたが、彼女の性質か、あくまで前を向いている。
「じゃあとりあえずユナの野郎は生きてるんだな」
「ええ。辛うじて、ですが」
「そいつだけは何よりだな。ただすぐ戦力としては期待できそうもねーか」
「きっと帰ってきます。何たってユナさんですから」
「んなもんオレが一番よくわかってるよ。アイツは死なねえ。人としても、戦士としてもな」
「僕も当然わかってるっすよ。一番の相棒はこの僕なんですからね」
「あ゛!?」「は!?」
なぜかバチバチに視線を戦わせ始めたので、ケイラがタクの、シェリルがセカンドラプターの頭を小突く。
「アホ」
「ふざけている、場合か」
「「おっほん!」」
妙に息ぴったりに咳払いし。すぐ仲良くなれそうだなと、止めた側の二人は呆れつつ思ったりしているのであるが。
セカンドラプターが、話の腰を戻す。
「ユウって言ったか。アイツが目に入れても痛くねえって言うから、どんなガキかいっぺん見てみたかったんだがな。残念だ」
「すごい天使みたいな子で。ユナさんとは似ても似つかないっすよ。くっ。あの子だって、きっと……」
こちらは理性的に希望が持てないのか、どうしても沈痛な面持ちになってしまうタク。
タクおにいちゃん、おにいちゃんと、いつも懐いて膝にくっついてきた姿が目に浮かぶ。
クリアもあの子の隣に常にいて。一目にはぶっきらぼうながら、そんなことはなく。いつも細かいことに気が付く優しい子だった。
だが思い出に浸るのは今ではない。
今は戦うときだ。犠牲になった仲間たちのためにも、あの子たちのためにも。
「僕から提案があります」
一時保留にしていたNAAC立ち入り調査の件について、彼は立案する。
本来であれば、ユナさんが戻ってきてから万全の体制で事に当たるつもりだったが。それを待っていてはいつになるかわからない。
あくまであの人の回復を待ち続けるという選択もあるが、今は絶好の材料がある。
二人ともすぐに気付いたようだ。
「船が襲われた。逆に言えば、あのバケモンは今こっちにはいねえと」
「千載一遇のチャンス……だな」
「ええ。ですから、今だと思います」
あの怪物以外の赤目女どもやACW単体であれば、二人ならば決して遅れを取ることはない。
当然、タクもケイラもサポートは万全に図るつもりだ。
「オーケー。そのミッション、引き受けた!」
「了解。私も……あの悪魔の兵器を生み出した連中は、とっちめたいと思っていた」
二人のガンナーが全身特殊武装に身を固め、NAACへ向けて発つ。
***
[5月3日 13時39分 QWERTY本部]
彼女らを見送ったタクは、並行してもう一つの最重要課題に向き合うことを決意する。
ユナさんに重傷を負わせ、シゲルたちを皆殺し、船を沈めたあの化け物。
いずれ奴との対決は避けられない。
そのとき、今のままでは。何も攻撃が通じないままでは。
何か弱点はないのか。推測できる性質はないか。探らなくてはならない。
手元には、船の監視映像がしっかりと残っている。繰り返し観るのはあまりにも痛ましく、心を削る代物だが。
逃げるわけにはいかない。この僕がきっと掴んでみせる。
「ウチも付き合うで」
高度な分析能力【超視眼】を持つケイラも彼の手を握り、強く頷く。
彼女も虐殺映像と向き合う覚悟をはっきりと固めていた。
「ああ。頼みます」
二人の共同作業による、映像の解析が始まった。




