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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
地球(箱庭)の能力者たち

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56「Shyna Second Strike」

[日本時間5月3日 11時45分 太平洋 海上]


 流体変形は最も抵抗の少ない形での潜行を可とし、そこに強靭な力を生み出す【不完全なる女神】の肉体と念動力を加えれば。

 到底地球上の生物には出せないスピードで、シャイナは水面の下を滑るようにターゲットへ迫り寄る。


 船員たちにとっては突然のことで、船体が揺らぐほどの衝撃が走った。

 彼女が硬化させた腕でもって船底を斬り付け、右側に水穴をぶち開けたためである。

 浸水とともに、徐々に船体が傾いていく。

 しかしわざわざ船が沈むのを待つこともせず、彼女はもう次の攻勢へ出ていた。

 鮮血のごとき紅髪と全身のぬめ肌に冷ややかな海水を滴らせ、シャイナが甲板に浮上する。

 変形にとって邪魔であるはずだが、紺の水着で律儀に身を包み、未だ剥き出しの生身でカプセルに漂う妹とはまったく違う文明性を持っている。

 あんな愚図の出来損ないとは違うのだということを、《命名》を受けてからの姉は常々誇りとしていた。


 シャイナは獲物を前に舌なめずりしている。


 なるほど。主の仰る通り「のんびり海でも泳いできた」甲斐があったというもの。

 口ではああは宣われていたけれど、わたしに最上の機会を与えて下さったのだ。

 そのことを思うだけで、この身が打ち震えるほど嬉しい。


 さあ――星海 ユナと、星海 ユウはどこだ。



 ***



[日本時間5月3日 11時46分 太平洋 海上]


 船内はひっくり返したような大騒ぎとなっていた。


「大変だ!」「沈むぞ!」「ボートだ急げ!」


 大慌てで救命ボートやら何やらの準備を始めた大人たちの鬼気迫る声が、扉の向こうから響く中。

 ユウとクリアは、治療の邪魔をしないようにと健気に個室で祈っていたのだが。

 異変に気付き、すぐにでも出ようとするクリアの袖をぎゅっと掴んで、ユウが首を横へ振った。


「うえはだめ。なんかね、こわいの。なんかいるの」


『姉』としてはいくらでも自慢したい『弟』の強みだが、こういうときのこの子の勘は外れた試しがない。

 しっかりと耳を傾け、否定しないのがお姉ちゃんの務めだった。


「でも……このままじゃ、沈んでしまう。どうする」

「だよね。どうしよ。どうしよう……」


 いつものように突拍子もない何かも言えず、素直に頭を抱えて困ってしまった辺り、どうやら本格的に絶望の状況ではあるらしい。


「とりあえず、先生に合流。タクに相談する、か」

「うん。それがいいかも」


 言っていたら、インフィニティア――ミズハが血相変え、扉を開けて入ってきた。

 もし彼女が子供を放って真っ先に甲板へ顔を出すような人間であったら、今頃首と胴体が切り離されていたことだろう。


「ユウくん、クリアちゃん。行きますよ! みんながボートの準備を始めています!」

「まって。あのね、うえはあぶないの」

「だって。ユウが言ってる」

「でもグズグズしている場合じゃ――」


『まずい! 例の化け物だ! ヤツが出たぞーーーっ!』


 タクの心の叫び声が、総員に通達される。

 万一の敵襲に備え、彼の目となる生命線のカメラは船中にくまなく大量に備え付けられていた。

 タクはいつでも映像確認し、適切にサポートできるよう、ミズハに頼んで念話のチャネルを全員へ繋げていたのだ。

 彼はあのユナさんに重傷を負わせたという、恐るべき怪物を今まさに観測していた。


 シャイナは、とりあえず目に付いた整備員――彼は懸命にも救命ボートの準備をしていたのだが――の胸を、背後から剣状に仕立てた右腕で一突きしていた。

 感触を確かめるようにゆっくりと腕を引き抜き、血の滴るそれを見つめて愉快に口元を歪めている。

 ついでにボートも何かの八つ当たりのように、ズタズタに切り裂いてしまった。

 もう決して逃がしはしないのだと、氷の目がありありと物語っていた。

 それから彼女が真っ先に向かうところは当然、船内で――。


『クリア!』


 タクの呼びかけに、クリアは咄嗟の判断を下した。

 ミズハを引き込み、最初から手を繋いでいたユウも巻き込んで、全開で【神隠し(かくれんぼ)】を発動させる。

 彼女の能力の出し方には3段階の強度があり、制御できるようになってからは任意で使い分けることができた。


 レベル1:単純に姿を消すだけで、対象が発する音や体温、その他の情報は残る

 レベル2:姿を消すことに加え、対象が発する情報をも遮断する


 そして最高のレベル3では「そこに存在していた」という事実すら認識改変して、世界から完全に欠落させてしまう。

 普段彼女はもっぱらレベル2を愛用しており、味方からも認識されなくなる危険の伴うレベル3は滅多なことでは使わない。

 強い忌避感もあった。レベル3とは、すなわち暴走の象徴である。

 それを発動させるとき、クリアにはいつも幼いときの消えない恐怖とあの日の懐かしい思い出が付きまとうのだ。

 レベル3であっても、発動対象同士では互いに認識し合うことができる。なので三人の間のコミュニケーションは問題ない。

 ただ一時的にタクからもみんなからも存在しない認識になってしまうが、彼はそれを承知の上だった。


「急に何――」

((しーっ!))


 二人の息ぴったりなお願いを受けて、ミズハもぐっと黙り込む。

 音も完全に遮断するはずだが、理屈でなく騒ぎ立てるのは危ないとクリアは直感していた。

 あくまで姿と認識を隠すだけで、物理的判定までをも消すわけではないからだ。

 偶然でも何でもとにかく攻撃を受ければ、致命傷になり得る。

 忍び歩きで部屋の隅っこへ移動し、潜んで様子を窺う。


 また一人、一人と。散発的に誰かの悲鳴が上がる。


 あまりの恐ろしさに、三人とも涙が浮かんでいた。

 しかし泣き虫のユウでさえ、声を上げて泣くことはできない。してはならないと心が理解している。

 ミズハが消えた判定になった途端、当然タクからの念話も途絶えるため、音以外に頼るべき情報源がなかった。

 この期に及んでも、健気な息子はまだ母の身のことを案じている。


『おかあさん、だいじょうぶかな……』

『みんな、上手くやってくれる。きっと。きっと……』


 クリアも怯えながら、ほとんど祈るようだった。


『来ましたよ……!』


 ひたひたと、流体特有の粘り気のある足音で、船内を練り歩く者が近付いてきた。

 三人は息を殺し、身を固く寄せ合って。今だけはただやり過ごせることを願う。


 ぬらりと顔を突き出すように、紅髪の死神は現れた。

 モデルのようなすらりとした長身体型に、人ではあり得ない薄桃色のぬめ肌を宿し。

 返り血の大量に浴びた紺の水着だったものは、色が混じって紫に変色している。

 右腕を変形させた肉色の刃からは、絶えず鮮血が滴り落ちている。

 髪にも頬にもべったりと血の痕を張り付け。まるで気にも留めず。

 真っ赤な瞳が鋭く細められ、舐めるように室内を見渡している。


 ガタガタガタガタガタガタガタガタ


 ユウも、クリアも、ミズハも。

 その姿を一目見ただけで。その凍てつく視線でほんの一撫でされただけで、全身の震えが止まらなくなってしまった。

 ヒトにあらざるモノへの、根源的な恐怖。死の迫り寄る感覚。


 一方のシャイナは。


 ――誰もいない。だがなぜだ。


 存在しないはずなのに。数が合わない。理屈に合わない。

 室内の生活感のあることに、彼女は違和感を覚えていた。

 これもまた【神隠し(かくれんぼ)】の欠点だ。

 当人たちの存在を除いて、すべての認識を都合良く改変してくれるわけではない。

 彼女の頭からは、ターゲットであるはずの星海 ユウの存在はまったく抜け落ちている。


 しかし、念のためだ。


 左手をかざした彼女は、念動力で船壁をぶち抜き、部屋を丸ごと吹き飛ばしてしまった。

 力場の暴力を前に、隅にいたことでわずかすれすれのところで直撃を免れていた三人であったが。

 同時に巻き起こる強烈な巻き込み風の前に、小さな身体では足を支えることができない。


「うわあああああああーーーーーーっ!」


 哀れユウは宙へと巻き上げられ、青海へと招き寄せられていく。

 悲鳴を聞き取られることのないことだけが、不幸中の幸いである。


『ユウ!』


 クリアは後先もくれず、すぐさま飛び込んでユウを助けに向かった。


『あの子たち……!』


 こうなればミズハも、居ても立ってもいられない。


 太平洋の海に、続けて三たび大きな水しぶきが上がる。


「……?」


 その様を目敏く見咎めたシャイナは、左手を顎に添えて思案する。

 また何か。良くない見逃しをしてしまったのではないかと、首を傾げている。

 存在を認識しないままに、彼女はそれを調べるかどうか少しだけ迷い。


 いや、まずは星海 ユナが先決だと。


 その一瞬の気の迷いが、隙となった。


「待てよ」


 みんな虫けらみたいに、簡単に殺しやがって。


 背後から、決死の男の声がかかる。

 既に能力は発動寸前まで高められていた。


 振り返りざま、シャイナはわずかに動揺する。

 なぜ生きている。こいつとは先に交戦し、腹わたを深々と突き刺してやったはず。

 何やら色々と撃ち出してきたが、まるで効かなかった。ただの雑魚だ。

 散々力の差を思い知らせて殺したはずのシゲルが、なぜだか生きて動いていた。

 いや、やはり確実にほとんど死んでいる。

 彼女は知るはずもないが、先に命尽きたH.C.の【ヒーリングクーラー】が、最期の力で彼を瀕死に押し留めているに過ぎなかった。


 シゲルは息も絶え絶えに、壮絶な表情で構えている。


 お前に攻撃が効かないことは、よくわかった。

 だから。


《イジェクト》!


【イクスシューター】で殺傷物を飛ばすのではなく。直接彼女を撃ち出す。

 日頃敬愛するボスに対して使うそれよりも、遥かに苛烈な勢いで。

 ただとにかく、遠くまで弾き飛ばす。

 殺せないのはわかっている。少しでも時間を稼ぐのだ。


「……!」


 音を超える速さで日本と反対方向へ撃ち出されたシャイナは、憎々しげに舌打ちした。

 だがこの程度。どうということはない。

【不完全なる女神】の力の一つ、『加護足』は速度を与えることの他に、重力によらない空中制御をもたらす。

 彼女は「着弾」を待つまでもなく、空中にいるままで急減速していく。

 やがて上空でぴたりと静止し、いよいよ沈みゆく船を睨むように見下ろして。


 ――何だ。何かが。


 違う。


 誰か――あの女だ。あの女が放たれていく!


 ……無理だ。さすがに追いつけない。


 シャイナはまたしても『削る』に留まり、失敗したことを悟る。

 鋭い爪が己の手に突き刺さるほど、強く左手を握りしめていた。



 ***



[日本時間5月3日 11時58分 太平洋 海上]


 沈みかけの船内の一室から発射可能な位置まで執念で運び出し、男は未だ意識が戻らぬリーダーの額にそっと手を触れる。


「ユナさん……申し訳ない。俺がご一緒できるのは、どうやらここまでのようです」


 頼む。あなたは。あなただけは。生きてくれ。

 俺たちみんなの――あなたは、希望なんだ。


 最期の願いを託し。【イクスシューター】を発動させる。

 射程限界はわからない。届かないかもしれない。

 だがどうか無事日本まで届いてくれと、そう願って。

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