Y-8「星海 ユナ救助作戦」
[日本時間5月1日 13時50分 太平洋 海上]
QWERTYの選抜メンバーは、保有する船舶で東京湾から外洋へ出発したところだった。
操るは55ノット(時速約102km)の航行速度を誇る、居住性も備えた高速大型クルーザーである。
星海 ユナ救助作戦には、総勢9名が当たっていた。
まず最大の要となるのが、ユウとインフィニティアによる捜索である。
ユウが母親の「声」を拾って、インフィニティアに伝える。そして彼女が航行の進路を調整し、運転手へ進言するのだ。
クリアはユウの保護者として、いつもの通り最重要任務に就いている。もちろんユナが心配なのも同行の大きな理由だった。
船舶関係者としては、運転手と整備員の2名が就く。
さらに医療系スタッフが3名。医師、看護師、そして治療系TSPの女性スタッフが1名である。
治療系と言っても、地球上でJ.C.のような直接回復能力を持ったTSPは一切確認されていない。あくまで治療補助に留まる。
彼女にできることは、対象を概念的に「冷却」して疑似凍結効果を引き起こすことである。
これを適切に使えば、生命力の損耗を最大限抑え、患者を延命させることも可能となる。
疑似凍結という性質上、その気になれば殺傷にも利用できるが、彼女は心優しい性格から【ヒーリングクーラー】の名をその力に冠していた。
コードネームもそのままH.C.である。
ユナも彼女の性格と希望を汲み取り、荒事には決して配置して来なかったのだった。
そして最後に荒事+搬送要員として、【イクスシューター】を持つ大野 シゲルが控えている。
東京ではユナを事件発生現場へ迅速に撃ち出すため、クリアと何度もコンビを組んだ仲である。
シゲルが搬送要員として選ばれたのにも、ちゃんと理由があった。
まず東京-ロサンゼルス間は約8800kmもの距離がある。
ユナが消息不明となった位置を考えれば、日本から4000~4500kmの位置に漂っていると考えられた。
普通に考えればまず助かっているはずはないのだが、常識を超えてしぶといのが星海 ユナという女である。
ユウが生きていると言うのだから、今は頼みに信じるしかないところ。
とにかく言えることは、時間との勝負なのである。
いかに高速船と言え、休みなしかつ最短で走らせても予想漂流地点までは40時間ほどもかかってしまう。
行きで命がもつかもわからないのに帰りも同じだけかけてしまっては、ますます救助は厳しくなるだろう。
そこで次のような作戦を立てた。
行きは船で向かい、ユナを救出した後に【ヒーリングクーラー】含む応急処置を施す。
帰りはある程度日本へ接近したところで、船舶を優に超える速度でユナを直接病院へ射出する。そのためにシゲルが選ばれた。
正確に限界を測ったことはないが、【イクスシューター】の射程距離は3000km超もあり、日本全域をカバーできるほどの広域を誇る。
よって日本まで3000kmの地点まで航行できれば、あとは高速飛行が可能となる。
ユナの夫であるシュウには既にタクから連絡がなされ、東京で他のスタッフとともに病院の受け入れ手配等をしてもらっている。
屋上には「着弾」の衝撃を最大限和らげるための特殊素材クッションや、減速のできるTSP人材も用意し、物理的な受け入れ態勢も準備している。
「うみだー」「だー」
どこまでも澄み渡る大海原を前に、柔らかな潮風を身体いっぱいに感じながら。
ユウとクリアは、間延びした声とは裏腹に真剣な眼差しでじっと地平線の向こうを眺めていた。
予報の限りでは、ずっと天候が良いのは何よりだ。大荒れではさすがに厳しかっただろうから。
これで呑気に遊べる状況、気分だったら最高だったのだけど。
「おかあさん、みえないね」
「まだまだ。ずっと先にいる、はず」
ユウもクリアも空元気に過ぎなくて、表情はいつまでも浮かない。
そうしてしばらくは穏やかな海を眺めつつ、気を張っていたのだが。
いかに気構えを立派にしていても、生理現象に抗うことは難しく。
「おえええええ」「うぇっぷ」
『姉弟』揃って、船酔いでリバースしているところを全員に目撃されていた。
H.C.お姉さんが、心配して肩をさすってあげている。
シゲルも笑って声をかけた。
「おいおい。大丈夫か二人とも」
「だめかもしれない……」「むり……」
「そういうとこまで、ほんと仲良いよな」
「わたしとユウ、固い絆で結ばれてるから。ウッ、ボエッ」
およそ女子が上げてはいけない感じの声で戻しているのを、一同苦笑いで見守っていた。
「で、でも。おかあさんにくらべたら、これくらい……うぇぇ」
こんな可愛い子供たちを置いて逝くんじゃないぞと、ユナさんの無事を祈りながら。
***
[日本時間5月3日 5時24分 太平洋 海上]
いよいよ場所が近くなってきたのを感じ取ったらしい。
早朝にも関わらずユウはぱちりと目を覚まし、クリアとインフィニティアと一緒に、「声」を頼りに目を凝らして水面を探していた。
やがて視線は、墜落した飛行機の残骸らしきものへと止まる。
ほとんどは重い金属なので沈んでしまっているが、扉やスーツケースなど一部のものは浮いていたのだ。
そしてその扉の上に横たわる、一人の人物をようやく発見することができた。
「おかあさん!」「ユナさん……!」
ユウとクリアは、ほとんど悲鳴に近い声を上げている。
「まずは見つかっただけでもよかった」と、インフィニティアは家族ばりに涙ぐんでいる。
「執念というやつかしら。凄まじい」
「よくもまあ、あの状況から……」
他の大人たちは口々に、さすがユナさんだと感心していた。
彼女は満身創痍ながら執念で漂流物に乗り上げ、その身をしかと横たえていたのだ。
急ぎ向かい、船へと引き上げてやる。
予想できていたことではあるが、彼女は生きているのがやっとの状態だった。
高熱を出し、頬はややこけ。ひどく衰弱した状態でうなされている。
せっかく気力治療で閉じていた傷も、海面激突の際に一部が開いてしまったらしい。ぴっちりスーツにじわりと血が滲んでいる。
見るも痛々しい有様で、どうしてこれで生きているのかと素人目には疑いたくなるほどだった。
でも生きている。意識はなくても、彼女は決して生を諦めてはいなかった。
「おかあさん。まけないで……!」
「わたしたち、ここにいる、から」
涙を流しつつも、母の強さを健気に信じるユウとクリア。
「すぐに治療だ。絶対に死なせるな!」
「「おお!」」
見つけてくれさえすれば、あとは大人たちの仕事だ。
能力も活用し、集中治療に取り掛かる。
***
[日本時間5月3日 11時42分 太平洋 海上]
懸命の処置と、ユナ自身の執念じみた生命力もあって、彼女は辛うじて命を保っていた。
しかし船上ではやはり限界があり、集中治療室への搬送は最低でも求められる。
この間、船は日本へ向かってフルスロットルで逆走を進めていた。
もう数時間すれば、シゲルの手で確実に送り届けられるというところ。
だが、彼らはまだ気付いていなかった。
高速船よりもさらに速い恐るべきスピードで、水中から何かが迫ろうとしていたことに――。




