46「すべては光のもとに」
[4月29日 11時30分 NAAC]
国立異能力センター(NAAC)は、世界的危機にあって祝日返上の稼働体勢である。
だと言うのに、なぜか昼間からまったく閑散としていた。
全職員はまるで虚ろだった。生気のない顔を浮かべ、黙々と何かの作業をこなしている。
「頃合いだな」
ACWの正体が割れてしまった以上、制作協力をしているここへ辿り着くのも時間の問題だ。長居はするまい。
「皮肉な名前だよな。お前たちは皆、始めから天与の運命を預かっているというのに」
ACWに仕込まれたGPSが、モニターに無数の赤い点で示されている。
Anti Celestial Weapon――それは売り込むに当たって最も耳当たりが良いからと、愚かな手駒どもが考案した名前だった。
彼らは実に良く働いてくれた。すべて我が掌の上であるなど、まったく気付くことなく。
男は全世界に散ったそれらに再起動の命令を下した。与えられた本来の役割を果たすように。
最初は目立たぬところから始め、締めには大々的に回収する計画だ。
「なあ。口ばかりはいつも偉そうだったよな。本庄元センター長」
頭蓋を綺麗に撃ち抜かれて背もたれに寄りかかる男を、彼はまるで虫けらを見るかのように一瞥した。
そこへ念による通信が入る。シャイナからだ。
次はどうしますかと、健気にお伺いを立ててくる。ようやく少しは殊勝になってくれたか。
『そろそろ日本へ帰って来るか。そうだな――海でも泳ぎながらのんびりくるといい』
なに。なぜ星海 ユナを殺せなかったのか、だって?
教えてやろう。ごく簡単な話さ。
星海 ユウが彼女を生かしていた。それだけのこと。
星海 ユウは16歳の誕生日、フェバルとなる。それは既に確定した未来だ。
星海 ユウは6歳のとき、家族をすべて失う。これもまた確定した事象だ。
逆に言えば。奴が生まれこの歳に育つまで、星海 ユナは絶対に死ぬことはない。
この地球という箱庭で、星海 ユウだけが真に特別なのだ。
そこまで述べると、シャイナは納得したように頷く。
しかし――男にはしもべに語らぬわずかな懸念があった。
今回は一抹の不確定要素がある。
星海 ユナは本来、異世界に渡ることなどあり得なかったはずなのだ。
別の世界、異なる時間に繋がるあの厄介な通り穴――誰も利用できぬよう、毎度我が手で封じてきた。
だが今回に限っては……僕の本体は遥か彼方に追いやられている。
只人の依り代に過ぎないこの身では、あの穴を封じるに力が足りぬ。
ほんの些細ないたずらによって。星海 ユナは子と同じ16の誕生日、異世界への扉を開いてしまった。
彼女はその日から、事実上の異常生命体となった。
本来予定にない行動によって、定められた流れをほんの少しだがかき乱してくれた。
だが問題ない。すべては収束する。
星海 ユウが特別であるがゆえに。奴が愛する者を必ず失う性質ゆえに。
彼女のわずかな異常性など、奴の運命に上書きされて塗り潰されてしまう。
僕のメッセージなど、単なるダメ押しさ。
星海 ユナ。お前は聡いから、間違いなく隠された意味に気付くだろう。
この宇宙の真実の一端を知り。重要な何かを知った気になり。
知ったところで、お前などにはどうしようもないのにな。
そして必ず、僕の予定通りに動く。お前は立派に世界を救い、そして死ぬ。
我がしもべもまた、帳尻合わせの役には立つはずだ。
蓋然性さえあれば、【運命】は必ず決まった結末へと導く。
すべては光のもとに――。
Everything is Fated by Luminous…….
「あとは詰将棋だ。階段から転げ落ちるように、彼女のすべては削がれゆく」
彼女が異世界で得た力も、地球の異能者から借り受けた力も。
彼女が最もあるべき形で命果てるように。
「来るべきその日その時刻に――星海 ユナは死ぬことになる」
そして、星海 ユウは絶望するだろう。
孤独を極め、取るに足らない黒への一本道を突き進むことになる。
【運命】への抵抗力など持ち得ない。そう、これまでとまったく同じように。
――『黒の旅人』よ。お前の奇跡の一撃も結局は無駄に終わるのさ。
ほんのわずか何かが狂ったところで、【運命】の力は絶対である。
本質的に何も違いなど生じない。
――ほう。それでもわたしに星海 ユウや星海 ユナは殺せないのか、だと。
少しは学んだと思えば。お前もつくづく諦めが悪いな。
確かにお前は造られたとは言え、異常生命体。可能性はゼロとは言えないだろう。
もしまた相まみえることがあれば、やってみるがいい。できるのだったらな。
だが忘れるな。お前の仕事はあくまで『削り取ること』だ。期待しているぞ。
シャイナとの念話を終え、男はあの日のことを思い返す。
去年の12月24日。運命の子が初めてここを訪れた日のことだ。
自分に星海 ユウが殺せるかどうか。戯れで試してみたが。
結果は予想通り、まったくの無駄に終わった。
あれは傑作だったな。ひと睨みで放った即死の力場を――何もない所でいきなり転んで避けたのだから!
【運命】はあまねく、実に素晴らしく完璧に働いている。
僕は坂の石が自ずと転がり込むように、ただその手助けをすればよい。
「さあ、仕上げを始めよう。名も無き怪物よ。旅立ちの刻は近いぞ」
すべての異常は33年前――彼の生まれたその日から始まったのだ。
有田 ケイジ研究員――『始まりのフェバル』アルの依り代はこの日、NAACの全権を掌握した。




