44「星海 ユナは必ず死ぬ」
[現地時間4月28日 9時57分 アメリカ ルート66]
『お前はよく知っているだろう。
フェバルと呼ばれる、運命の奴隷どもを。
僕は今回の実験を通じて、一つの仮説に辿り着いた。
大いなる運命は、そのほんのわずかな欠片を彼らの異常性に託している。
僕の力もまた、運命の名の下にある。
したがって僕の手で生まれたすべての異常者は、紛い物にして著しく劣化したフェバルの近縁種に他ならないというわけだ』
くっ。だからか。だからだったのか!
妙にデジャヴを感じていたんだ。
今まで戦ってきた奴ら――やけにフェバルに近い力を使うよなとは思っていたんだ。
許容性を弄るのなら、レンクスの奴だってできないことはない。
だが一時的なものだ。長くたって数時間しかもたなかった。
33年。33年だぞ。
これほど長期に渡り、地球全体に超能力者を発生させ続けるような異常を引き起こす。
あまりにも規格外だ。
並みのフェバルでは到底不可能。一体どれほどのスケールを持った奴なら、それができると言うのか。
『なあ。実に取るに足らない、下らない話だろう?
一人の超越者が世界を書き換えた。この宇宙ではありふれたよくある話。
僕のしたことなど、本質的にはたったそれだけさ。
彼らが発生したことによって生じたあらゆる悲劇。TSGとやらのことも。此度の世界的テロリズムも。
すべては人間という生き物の醜い性であり、必然の帰結としてそうなっただけのこと。
俗世の一切の些事など、知ったことではない。
さあ、これがすべての真実だ。後はお前たちの好きにすればいい。
核が世界を滅ぼすとも、それを止めようとも。
お前たち非能力者と能力者どもが憎み合い、潰し合おうとも。
僕は一向に構わない。誰もお前の英雄ごっこを止めやしないさ』
「この……!」
「どうした。とんでもねえ顔してるぞ……」
セカンドラプターが引き気味にこちらを覗き込んでいるが、まともな返事ができそうもない。
ユナは怒っていた。
人がどんな思いで戦ってきたと思っている。TSGがどんな覚悟で挑んできたと。
それを些事だと! 英雄ごっこだと! 何もかも全部、嘲笑うようなことばかり書きやがって!
私はなあ、こういうスカした上から野郎が大っ嫌いなんだよ!
あまりの激情に手記を握り締める手に力が籠り、紙にくしゃくしゃのしわを作っている。
『そうだ。せっかくだから一つ、お前にとっては大事なことを伝えておこう』
だがその一文に続き書かれていた言葉に、ユナは時の止まったような衝撃を受けた。
『星海 ユナ。お前はそう遠くない未来のうち、必ず死ぬ』
眩暈がした。急に何を言っているのだと思った。
私が死ぬだって。ふざけているのか。
啖呵を切り飛ばしてやりたいのに、しかし限りなく死がそこにある現状、やけに拭い去れない暗い予感を覚えてしまうのだった。
『ゆえにお前はその先に辿り着くことはできず、何も得ることはできない。
世界が。運命が。そうなるよう定めているからだ』
また、運命かよ……。
怪我とは別のところで、頭が痛くなってくる。
『思い返してみるがいい。
なぜ異世界のあらゆる困難や障害は、何一つとしてお前を亡き者にはしなかったのか。
なぜ我がしもべは、お前たちを易々殺せるほどの力を持ちながら、みすみすお前を逃がしてしまうことになったのか。
なぜ数多のフェバルどもを前にして、お前は辛くも立ち向かうことができたか。
なぜ星級生命体どもを相手に、お前は幾度も命を拾うことができたか。
お前が奇跡にも等しい確率を越えて、今まで命を長らえさせたことは。
断言しよう。お前が特別だからなのではない。
お前は所詮ただの人間。それ以上でもそれ以下でもなく、本来何者でもないのだ。
すべては決まった流れ、この宇宙の壮大な答え合わせの一抹に過ぎない。
そのことは、本当はお前自身が一番よくわかっているのではないか?』
グサリと、心臓に楔を打ち付けられたようだった。
確かにそうだ。だが考えないようにしていた。
自分は実際優れた戦士だ。欠かさず己を高めてきた自負と、揺るがぬ実績がある。
それでもあくまで人としての限界、その範疇にある事実は変わらない。
何かが……不自然かもしれないと。あまりにも都合が良過ぎると。
あのときも。あのときも。あのときも。
そして今回も。
フェバル、星級生命体。超越者たちの破壊的暴力。
星を砕くほどの……圧倒的一撃。耐えられるはずがなかった。
なのにたった一人生き延びてしまったことは……何度もある。
数々のタイミングで偶然、レンクスの手助けがなければ。
たまたまの巡り合わせで、愛銃ハートレイルが手に入らなければ。
身体を引き裂かれたとき、幸運にもJ.C.がやって来なければ。
幾多のTSPとの戦い。死は辛うじて自分の隣を通り過ぎて行った。
今回だって、セカンドラプターやシェリルがいなければ。
……他にも数えたってキリがない。
それは己の執念と仲間の助けと偶然の積み重なりだと、そう思っていた。
そう思うようにしていた。そう、思いたかった。
自分の努力や願いが無意味だと。何もかもが運命に仕掛けられたことだと。
そんなことを悟った気分で生きていこうなんて人間は、それこそイカれている。
なのにすべてを知った風な書き手は、無情にも彼女の足跡を全否定してくる。
『お前はこれまでよく生き延びた。懸命にご立派に戦い抜いたとも。
誰も知らぬ地球の英雄とやら。異世界帰りのガンスリンガー。
ここに称えようじゃないか。
おめでとう。奇跡はもうほとんど残されてはいない。
お前を守っていた運命のベールは、既に剝がれかかっている。
終わりへの砂時計は音を立てて落ち始めた。今日がその始まりなのだ。
お前を支えているものたちは間もなく崩れゆく。お前はこれから大切なものを次々と失うことになるだろう。
お前自身の状態も、二度と万全には戻らない。とっくに理解しているだろう?
たとえこの先起こる出来事を知ったとしても、何もできやしない。
お前はただ、削がれるだけだ。
すべてを失い、そして死ぬ。
ああ。いつになるかは教えない。知りたくもないだろうからな。
恐れるがいい。無力を思い知り、嘆き。残された日々を精々大切に過ごすといいさ。
お前が人生の最後の一ページにまやかしの希望を付け加えたとしても、結局は何も変わらない。
一切の無意味な努力に冷笑を。すべての茶番に祝福を。
お前が地に斃れ伏すその日を、僕は彼方より見届けるとしよう』
ユナは読み終えて、わなわなと手が震えていた。
私が死ぬだと。そう遠くないうちに、死ぬだと。
何をしても変わらない、意味がないだと。みんな失うだと!
今日子供たちが無残に殺されたことも、まるで決まったことのように。
だったら何だ。『炎の男』が、あいつが決然と挑んできたのも。
謎の光とやらも。良くない未来ってのも。
全部が全部、そうなるのが決まっていて。変えられないことだと。無意味だと。
お前……そんなことわざわざ知らせつけるために、こんなもの書いたのかよ!
「くそったれ……何が運命だ。最悪な手紙寄こしやがって。ふざけ、やがって……っ」
手記を乱暴に投げつけ。荒野の向こう側のどこか遠くにいるであろうそいつを睨む。
許せないと。ふざけるなと。胸が張り裂けるほど怒りを叫びたいのに。
そんな気力も残っていないユナは、ただ悔しさに唇を噛み締めていた。




