42「Shyna First Encounter」
[現地時間4月28日 9時33分 アメリカ シカゴ ACW製造プラント地下]
化け物め――!
「子供たち! 逃げて!」
シェリルは必死に声を張り上げつつ、効かないと頭ではわかっていても牽制で銃弾を撃ち続ける。
シャイナは嫌らしい笑みを浮かべたまま右手を突き出し、五本指をまるで金属のように硬化させた。
変身能力を応用した自己構成元素の操作によるものである。
さらに自身が流体変形可能なことを用い、指そのものを細長く引き延ばして、シェリルへ向かって突き刺しにかかる。
赤目の『できそこない』たちが接近叶えば実行しようとしていた攻撃を、彼女は一定の距離があっても遥か精度高く行うことができた。
恐るべきは、一連の行動が常人の目では追うのがやっとなほど高速で為されたことだ。
それは彼女の基礎戦闘能力が尋常でなく高い――ヒトの許容性限界を超えていることを意味する。
シェリルは突然伸びて来た指にただ驚くだけで、その場から動く猶予もなかった。
あわや貫通かというとき――。
「あぶねえ!」
【ハートフルセカンド】で加速したセカンドラプターが、シェリルを抱き寄せて身を屈ませ、ギリギリで回避する。
ちょうど彼女の顔があったところを硬化した指が貫いていた。
即死攻撃からは逃れたものの、かえって避けたことで悲劇が生まれる。
奥にいた子供のうち、前列にいて逃げ遅れた子たちへと指が突き刺さる。
シャイナが無慈悲に腕を振り払うと、それに伴って鮮血が飛び散り――子供の生首がいくつも宙を舞った。
方々で悲鳴が上がり、場は完全にパニックに陥ってしまった。中にはショックに耐えきれず、気絶してしまった子まで生じている。
セカンドラプターは惨劇を目の当たりにし、完全に頭に血が上っていた。
「テメエ! ガキどもに何してんだよ!」
シャイナの腕を掻い潜り、クロックアップをフル稼働させつつ、今度はセカンドラプターが攻撃を仕掛ける。
怒り心頭ながらも、彼女は一流のガンナーとして冷静さを忘れない。直前の状況を思い返していた。
シェリルの銃撃がまるで効いてなかった。普通に撃ったところでは足りない。
だったら!
セカンドラプターは自身に加え、銃弾の発射速度を限界まで加速させる。
銃身をヒートアップさせ、怒涛のごとくマガジンを撃ち尽くす。
テメエが再生するというのなら――そいつを上回る密度でぶちかましてやるだけだッ!
だが結果として、シャイナに一発たりとも届くことはなかった。
な――!?
弾がすべて空中で制止している。まるで時が止まったかのように、ぴくりとも前へ進まなくなってしまった。
土壇場でまた【ハートフルセカンド】が進化した……というわけではない。
シャイナは未だ変形させていなかった左手をかざしている。
それは彼女が保有する【不完全なる女神】の力の一つ、念動力だった。サイコキネシスが弾の勢いを完全に削いでしまったのだ。
彼女は小馬鹿にしたように嘲笑している。先ほどはただ弾遊びに付き合ってやっただけなのだと言わんばかりに。
そして、紅瞳が妖しく光ったと思ったときには――。
静止した弾は一様に反転し、勢いを増して牙を剥いた!
大量に撃ち放ってしまっていたことが、さらなる悲劇を生む。
跳ね返った弾丸はセカンドラプターだけでなく、後方で体勢を起こそうとしていたシェリル、そして逃げ惑う子供たちへも同時に襲い掛かった。
音を超えた世界で動けるセカンドラプターを除いては、誰一人まともに反応できない。
まず順番からして、不意を突かれる格好になった最前の彼女へ弾が到達する。
身をよじり、直撃を回避しようとする彼女であったが――無情にも一発は脳天の中心を貫く軌道を辿っている。
ギリギリのところで頭をひねるも、避け切ることは叶わなかった。
「ぐあっ!」
セカンドラプターは手で目元を押さえ、一瞬遅れてやってきた激しい痛みにうずくまってしまった。
視界の半分が真っ赤に染まっている。
ちくしょう。ちくしょうっ! 右目をやられた!
眼球は完全に潰れていた。即死でなかったのは、決死の体捌きが実を結んだのと単に運が良かっただけだ。
超速を誇る彼女でさえこれなのだから、他は殊更に悲惨であった。
泣き声を上げていた子供たちの声が減っていく。彼らは流血し斃れ込み、通路は一瞬にして死の匂いを充満させた。
シェリルは脇腹を押さえていた。彼女も運が良かった側の人間ではあるようだが、状況はますます絶望的だった。
「バケ、モン、め……!」
セカンドラプターは負けん気だけで倒れそうな足を踏ん張り、残った左目で敵を睨み付けている。
下手な銃撃は自殺行為にしかならない。何も打つ手がないことが悔しかった。
シャイナは黙して何も語らず、ただ愉快に口角を吊り上げて、引き戻した右腕を刃の形に変形硬化させていく。
その手で直接肉を引き裂き、殺しを愉しむつもりのようだった。
【ハートフルセカンド】を発動させ続けているにも関わらず、彼女は圧倒的肉体スペックの暴力だけで減速した時の世界を猛追してきた。
シャイナが獰猛な笑みを浮かべ、右腕を振りかぶる。避けるにはあまりにも攻撃速度が高過ぎる。
セカンドラプターが迫る死を覚悟したとき――。
突如として、シャイナがたたらを踏んだ。
見れば、彼女の額に小さな風穴が開いている。
シェリルが決死の想いで放った【運命の弾丸(バレット=オブ=フェイト)】は、確かに怪物を貫いていたのだ。
「……?」
シャイナは生まれて初めて困惑していた。
すぐに肉体は自動再生しようとするも、傷の治りが明らかに遅いからだ。
何か様子のおかしいことに気付いたシェリルは、一発、さらにもう一発と【運命の弾丸(バレット=オブ=フェイト)】を撃ち込んでいく。
シャイナは混乱の中手をかざしたが、念動力の効果を完全に無視して、それは必中の概念を優先させた。
額に続き、心臓と肝臓の位置を不可避の銃弾が貫く。
通常の人間であれば確実に死をもたらすものであったが、全身一つ一つの細胞が独立した怪物にとっては、ほんの少し生命力を削る程度の痛痒にしかならない。
確かにダメージは通ったが、今度は弾数があまりにも少なかった。
【運命の弾丸(バレット=オブ=フェイト)】は最大でも六発。撃ったのはそのうちの半分。
そんなものでは致命傷にはなり得ない。
――人間ごときが。
シャイナは途端に不機嫌になり、口の端を固く結ぶと、己の足のみを流体化させて床を滑るように加速した。
やはり人並みのシェリルでは反応が追い付かない。右腕の斬り上げが彼女の首元を正確に狙っていた。
「させる、かよっ!」
セカンドラプターが身体ごと捨て身の体当たりをぶちかます。
粘り気のある肉体は衝撃のほとんどを受け流したが、それでも致命の攻撃がわずかに逸れた。
右目の潰れたセカンドラプターと対照的に、シェリルは左目を逆袈裟に切り裂かれて宙を舞う。
邪魔をされたシャイナは、うっとおしい感情のままにセカンドラプターを後ろ蹴にした。
双方倒れ、息も絶え絶えで起き上がるのもままならない。
満身創痍の二人を凍てつく目で見回し、シャイナはにこりともせず勝ち誇った。
――まずは我が身に攻撃を通したこの女からだ。
冷徹な判断を下したシャイナは仰向けで呻くシェリルへ歩み寄ると右腕を振り上げ、振り下ろし――。
そこへ何者かが割って入る。ユナだった。
白銀の刃がぎりぎりと鍔迫り合い、肉色の血刃をすんでのところで受け止めていた。
「ざけんな。せっかく助けたのに、みんな殺そうとしやがって……!」
首の飛んだ子供の無残な死体をいくつも見せ付けられた。五体のある者も皆、凶弾に斃れていた。辛うじて命ある子たちもずっと苦しんでいる。
万力を込めてかち合いながら、怒りに燃えるユナは……しかしほんの一合で戦慄していた。
《バースト》を使っているのに、パワーで押されているだと……!
次第に押し込まれいく中、玉汗を浮かべながら、懸命に均衡を支えようとするユナ。
ついに限界を迎える際どいところで、勇気をもってあえて自ら剣を引く。
崩しの技術を用い、仕切り直すため刃に力を込めたところで。
「ぐぅっ!」
腹部にじんわりと血が滲んでいく。
人体の構造に囚われないシャイナは、腹部の一部を針状に伸ばして彼女を不意に突き刺したのだ。
体勢を崩したところに、シャイナの左手がかざされる。
至近距離からの念動力が、ユナを猛スピードで宙に吹っ飛ばした。
地球において、空中に放り出された人間の選択肢はあまりにも乏しい。いかなる超人をも凡夫に変えてしまう。
為すすべなく壁面へ叩き付けられたユナは、全身のひしゃげる嫌な音を最も近くで聞いた。
「ご、はっ……」
地に這いつくばり、激しく吐血するユナ。内臓のいくつかを損傷していることは明らかだった。
霞みゆく視界で、勝ち誇った表情で迫り来る怪物を見上げた。
なんて、化け物だ。
まともに戦うこともできない。どころかろくに近寄れないじゃないか。
まずい。これまで戦ってきた連中とは、まるで比べ物にならない。
強過ぎる。気力強化なんて焼け石に水にしかならない。
死の淵が迫り寄る中、ユナは確信する。
こいつは――こいつこそが、異世界のもたらした災厄だ。地球にいてはならないレベルの存在だと。
だがユナは意識を手放したくなるほど痛み苦しみながら、それでも決して生存を諦めてはいなかった。
負けられるか。こんなことなら、フェバルと戦ったときに何度も味わっているんだ!
ならばどうする。
化け物とただの人間が戦うには、鉄のセオリーがある。
不意を突く。あらゆる策を弄する。まともに戦えないのなら、決してまともに戦わないことだ。
考えろ。何としてでも。たった一つの武器さえあれば……!
死に直面した彼女の思考が、極限まで加速する。
銃の類を考えなしに撃つのはダメだ。あの厄介な手で跳ね返されてしまう。
そもそも、あの二人が試していないはずはない。
何か。何かないのか!?
そこで、はたと気付く。
奴を貫いている、三か所の銃創はなんだ。なぜ効いているんだ?
――そうか。
【運命の弾丸(バレット=オブ=フェイト)】だ。それだけは奴に通用したんだ。
だがサブマシンガンの弾では威力が足りない。
ならば――!
床に拳を突き立て、執念で身を叩き起こす。
何かしようとしているのを感付いたシャイナは、余裕を殺して一気に加速する。
ユナは彼女を睨み付けながら、不敵に笑ってみせた。
地上への退路などもう要らないのだから。後先など考えるな。
《アクセス:ロケットランチャーYS-Ⅴ》
壁を支えにして狙いを定め、放つ。
「シェリル! 合わせろーーーっ!」
決死の意を汲み取ったシェリルは、気力を振り絞って【運命の弾丸(バレット=オブ=フェイト)】を榴弾に作用させる。
それは念動力のガードを貫いて怪物に見事命中し、たちまち爆発炎上を起こした。
人体であれば、跡形もなく消し飛ばすほどの威力であるが――。
ダメか――! 倒し切れない。
なんとシャイナは直撃の瞬間、自ら積極的に弾け飛ぶことでダメージの大半を殺していた。
どうせ当たるのならば、当たっても問題ない立ち回りをすればよい。
彼女はごく短い戦闘の中で学習、成長していたのだ。
飛び散った肉片たちはわずかに焦げ付いてこそいたものの、それだけだった。
うねうねと寄せ集まり、早くも再生を始めようとしている。
いよいよ倒す手段の見えなくなったユナは、心の内で素直に白旗を振った。
あー無理。こりゃ勝てないわ。
こうなったら全力で逃げるしかないけど。
受けた傷が重過ぎて、ユナもシェリルも満足に身体が動かない。
ヒカリの言っていた「良くない未来」とやらを、ユナは嫌と言うほど痛感していた。
……でもさ。諦めるとは言ってないけどな。
この場にはもう一人、しぶとく生存を諦めていない女がいた。
「うおおおおおおおーーーーーーっ!」
三人の中で一応最もダメージは少なかったセカンドラプターが、魂の雄たけびを上げる。
死力を尽くして【ハートフルセカンド】を発動し、彼女は己の為すべきことを正しく理解していた。
シェリルを担ぎ、ユナも拾い上げて全身全霊で敗走する。
「ぜえ……ぜえ……どっちへ、行けばいい!?」
「下だ。一番奥、子供部屋の反対に、転送陣を見つけた」
「わかった!」
担がれたままのシェリルは、次第に薄れゆく意識の中、ぼんやりと悲惨な光景を見つめていた。
まだ息のある子供はわずかに残っていたが、みんな見殺しにするしかなくなってしまった。
自分の力が足りないばかりに……。いったい何のためにここまで……。
込み上げる悔しさに任せ、静かに頬を涙で濡らす。
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[現地時間4月28日 9時40分 アメリカ シカゴ ACW製造プラント地下]
瀕死の重傷で最奥部に戻ってきた三人を見たヒカリとミライは、目を白黒させていた。
「ひどい……。大丈夫ですか?」
「いいから急げ! とんでもねえバケモンがすぐそこまで来てんだ!」
「ちょうど今繋がった。けどどこ飛ぶかなんてわからないぞ」
「どこでもマシさ! こんなクソみたいな地獄よりはよぉ!」
慌ただしく転送陣が作動する。たった五人の生き残りは、その姿を薄れさせてゆく。
そして完全に消えた直後――剛力を纏った肉色の刃が、陣のあった場所を粉々に打ち砕いていた。
「…………」
シャイナは、殺意に満ち満ちた目で残骸を見つめていた。




