40「ACW製造プラント深奥 そして激震」
[現地時間4月28日 9時21分 アメリカ シカゴ ACW製造プラント地下]
「シェリル。セカンドラプター。後ろ引き受けといて悪いけど、あんたたちは先に地上へ向かっててくれ」
小さな子供たちをぞろぞろと引き連れ、途中例のスライムで足が鈍るだろうことを考えれば、後から追いかけても十分間に合うだろうとユナは判断した。
「テメエはどうすんだ」
「ちょっと行く前に残りの部屋も一応見ておく。まだ誰かいるかもしれないしな。大丈夫、そんなに時間はかけないさ」
この部屋と反対側に部屋が3つほど残っている。明かりはついていなかったので可能性は低いが、念のため見ておきたい。
二人の了解も得たので、一人隊列から離れて確認に向かう。
最初の部屋には電子機器系統と複数のモニターが付いていた。おそらく施設のコントロールルームだろう。
特に何もなさそうなのですぐ退室する。
次の部屋は……執務室だろうか。奥に大きめのデスクとチェアがぽつんと置かれており、他には観葉植物や調度品がいくつかあるばかりだ。
デスクには引き出しがあり、調べようとすると鍵がかかっていた。
もちろん諦めるユナではない。リルスラッシュと気力強化の力で無理にこじ開ける。
引き出しには黒表紙の手記が一つだけ入っており、
『特殊生体に関する一連の実験レポート』
と題されている。
彼女には確かにそれが読めた。だがなぜこんなものがここにあるのか。
そこに書かれていた文字は、英語でも日本語でもない。それどころか地球の言語ですらなかった。
「これは……ダイラー公用語じゃないか!」
全宇宙に覇を唱える最強にして最大の星系連合、かの名声も悪名も高きダイラー星系列の公用語である。
ユナも異世界の旅で度々出くわすので、多少苦労して自前で覚えたものだ。新しい言葉を覚えるときほど、フェバルの自動翻訳を羨ましいと思ったことはない。
ということはやはり。あの赤目女もACWも、純粋に地球科学の産物ではなかったということになるのだろう。
公用語を用いる者はダイラー星系列関係者に限らない。だが少なくとも裏側で異世界の何かが関わっているのは明らかになった。
「TSPなんてものが33年前から不自然に発生したのも、もしかしてな……」
だとしたら、ACWにも思ったが……本当にひどい話だ。
あらゆる差別も悲劇も、異なる思想や人種だからこそ起きるものだ。
人は異物を恐れる。
まして肌の色などでなく、それが心一つで人を殺せるほど恐ろしい力ならば。
醜くても、それが人の性なのだ。
この事態を引き起こして平然としている奴がいるとすれば、最低に違いない。
中身が気になるが……まあ今はじっくり読んでいる時間はないな。
いったんは懐にしまい込み、最後の部屋へと向かう。
扉を開くと、床に描かれた大きな幾何学模様の他には何もなかった。模様は白いラインでほのかな光を湛えている。
一見すると単なる儀式的な部屋のように思えるが、ユナにはそれが何か理解できた。
「これもダイラー星系列の外地用転送陣じゃないか。何度か見たことがあるぞ」
程度の低い文明に合わせてカモフラージュされた瞬時転送技術だ。
確かプロテクトがかけられているため、登録者以外はロックを解除できず、使用できないようになっている。
なのでこちらから乗り込むことは残念ながらできないが……できたとしても危ないな。
どんな魔境に繋がっているかわかったものじゃない。
おそらく子供たちの言う男は、施設の正面入口からではなくこの転送陣を使って毎日決まった時間にやって来ていたのだろう。
この施設は見かけ上完全に封鎖されており、入口からまともに入る構造をしているようには思えなかったからだ。
ここで待ち構えていればいずれ対峙できるのかもしれないが……今はできない。
「子供たちを安全なところに送り届けてからまた来るか? いや、そのときにはもう対策されてるかもしれないな」
「それ、どこかに繋がっているんですよね?」
はっと振り返ると、二人の子供がじっとユナを見据えていた。
ウィルと呼ばれていた生意気そうな男の子と、彼の隣に常にいた女の子だ。
あまり驚くべきことが続いたせいか、生体反応が読めなくなっているせいか。らしくもなく周囲の気配に気付けなかったらしい。
どうして繋がっているなんてことがわかったのか気になるが、ひとまず大人として注意する。
「あんたたち、勝手に隊列を離れちゃいけないでしょ」
「ごめんなさい。でもわたしたち、こっちにいた方がお役に立てるんじゃないかと思って」
「僕はこいつの付き添いさ。ヒカリの勘はよく当たるからな」
「ウィルと、ヒカリって言うのかい。どうしてこれがどこかに繋がってるなんてわかったの?」
「視えるんです。そのものの性質が」
「それはあんたの能力ってことでいいのかな?」
「はい。えっと、上手くは言えないんですけど――」
ヒカリが説明を始めようとした、そのとき。
突然、施設全体に轟音が轟き――とてつもない勢いで揺らいだ。
***
[現地時間4月28日 9時30分 アメリカ シカゴ ACW製造プラント地下]
先に避難誘導を始めていたシェリルとセカンドラプターだが、苦戦気味だった。
赤目女だったものの死骸を通るゾーンで、案の定子供たちが怖がって泣いたり喚いたりで、足が鈍ってしまったのだ。
目を瞑らせるのを全員に守らせることはできないし、素直に瞑っても異臭がするから気になって開けてしまう子が続出していた。
何とか一人一人宥めすかし、行軍を継続していたのだが。
しかし結果的にはここで足止めされたことが、地下深くにいたことが――彼女らの一命を取り留めたのだった。
轟音とともに照明が揺らぎ、子供たち含めて全員がすっ転ぶ。
セカンドラプターが一足早く立ち上がり、
「大丈夫か? みんな」
子供たちを心配して回っていた。
少し遅れて起き上がったシェリルが、状況の理解に努めようとしていると。
『……リル……シェリル! 聞こえていますか!? 聞こえていたら返事をして!』
インフィニティアから念話が飛んでくる。いつになく焦った声だ。
『こちらシェリル。はい……聞こえているが』
『ああ、よかった! てっきり死んでしまったものかと!』
死を心配されるほどのこと。今の揺れと関係があるのかとシェリルは訝しむ。
『……どうした? そんなに血相を変えて』
『シカゴに核爆弾が落とされました。あなたがそこへ向かったって、仲間からそう聞いて……』
『は……!?』
いや待て。おかしい。シェリルは混乱していた。
次の核攻撃は5月3日のはず。そもそもシカゴには囚われのTSP含め多数いるから、攻撃対象外のはずではないのか。
これはまったく予定にない行動で、合理的ではない。
『トレイターは……何を考えているの?』
『違う、違うのよ……。これはあの人が望んだことじゃなくて。トゥルーコーダが勝手にやったのよ!』
『なに……!?』
余計に意味が分からない。
『なぜ……どうして? あの子は一番冷静なタイプのはずだろう!?』
『あのね、シェリル。聞いて。カーラスが殺されたの』
『カーラスが……!?』
『手足を撃ち抜かれて、身体中引き裂かれて。本当にもう、ひどくて……あの、星海 ユナに』
インフィニティアは凄惨な死体を思い出してたまらず、震える涙声でそう言った。
シェリルの目がチカチカした。カッと一瞬、衝動的に殺意が膨れ上がりかけたが。
待てと、理性が諭す。
確かに言った。星海 ユナはあの子を殺すと言っていた。許さないと言っていた。
けどおかしいではないか。どう考えても辻褄が合わない。
『時刻は』
『え?』
『死亡推定時刻はいつだと、言っている!』
『昨日の……確か15時前後よ』
『違う。それは……星海 ユナではない。彼女はそのとき……私の見えるところにいたんだ』
今も共に行動していることだけはぼかして言うと、インフィニティアは驚いていた。
『なんてこと! じゃあまさか、別の誰かが成りすまして……』
考えてみれば、自分たちだって仲間の一人を大統領に変装させて偽装工作をしたのだ。
同じようなことができる第三勢力がいても何もおかしくはない。
『……そうだと思う』
『そう……そうだったの。彼女にしては、殺し方がスマートじゃないと思ってはいたのよ』
シェリルは頭が痛くなってきた。
カーラスが死んだこと。ショックが大き過ぎる。
それに考えることが多い。
地上はどうなった。このまま上に上がれば、核汚染でみんなたちまちダメになってしまう。
もしや私たちは閉じ込められてしまったのではないか。
どうする。どうすればいい。
とりあえずは。
『コーダに……伝えてあげてくれ。カーラスを殺したのは……あの女ではないと』
『ええ。できるならそうしたいわ。でもね、ずっと連絡が付かないの! 念話も繋がらない! あの子、一度意地になったら聞かないでしょう?』
『……くっ』
状況は最悪と言っていい。
あの子はとりわけカーラスと仲が良かった。それにあの子はきっとまだ子供だ。
あれで聡いところもあるから、戦いの中ただ死なせてしまったのならば納得もしたのだろう。
だが聞く限り、よほど惨たらしい殺され方をしたらしい。
もし星海 ユナを不俱戴天の仇と思い込んでしまったとしたら。
勘違いから復讐マシンとなり、彼女を殺すことだけに邁進してもおかしくはない。
たとえ世界を滅茶苦茶に巻き込んだとしても。
不幸にもあの子には……それができてしまうだけの才と力がある。
シェリルが『彼』を想い、頭を悩ませていたとき。
なんだ……?
通路の向こう側から、一歩一歩優雅に踏み鳴らすようにして、誰かが来る。
赤目女――全員殺したはずだが、まだ生き残りがいたのか……?
『待て……それどころじゃなくなった。一度切る』
『ちょっと、シェリル――』
申し訳ないと思いつつ、念話を断ち切る。
彼女の能力は、強い拒絶の意志があれば弾けるものではあった。
さてやってきた赤目女だが……他と違ってボロを着ているわけでなく、しっかりした純白のドレスに身を包んでいる。
だが恰好が異なるだけで、やることは同じはず。
立て続けの出来事に揺れる心を落ち着けながらサブマシンガンを構え、セオリー通り足からめった撃ちにしていく。
動きを鈍らせてから、念入りに身体中に穴を開けていくつもりだったが。
どうも様子がおかしい。
撃たれた箇所の穴が、どういうわけか塞がっていくのだ。
撃っても撃ってもほぼ瞬時に再生していくのを目の当たりにしたとき、シェリルは戦慄した。
――違う。他の奴とは。
こいつだけは、何かが。決定的に違う。
無数の飛び来る銃弾を、まるで心地良い雨浴びのように流し。堂々と己を貫かせながら。
死を振りまく人造生命体――シャイナがくすくすと笑みを浮かべ、隊列ににじり寄ってきた。




