39「囚われしTSPの子供たち」
[現地時間4月28日 9時16分 アメリカ シカゴ ACW製造プラント地下]
下は3,4歳程度から上は9,10歳程度、どんなに大きくても中学生までは行かないであろうくらいの子供たちが揃っている。
数十人をいっぺんに収容できる大部屋だが、中身は完全に劣悪な子供部屋といった風情だ。
人数分に満たないボロ布団が雑に敷いてあり、粗末で数の少ないおもちゃが乱雑に並んでいる。
さらに奥に付いている小部屋はトイレだろうか。全員のやつれ具合を見るに、栄養状態も良くないようだ。
最低限生かされているといった具合である。
「もしかして、お迎えに来たんですか?」
「迎えってどういうことだ」
セカンドラプターが目を細めて訝しむと子供たちは怖がってしまったが、年長の女の子が答えた。
「順番が来たら、外へ連れてってくれるんです」
「ひきとってくれるひとがきてくれるんだって」
「ぼくたちみんなまってるの」
無邪気にも自由を信じている子供たち。だから辛い今を耐えているという顔をしている。
おそらく真実は『加工』の順番なのだと思うと、三人とも腸が煮えくり返るようだった。
「ふん。あんな男の言うことなんて信じているのか」
小さいが負けん気の強そうな黒髪の男の子が、一人冷めた目でそう言った。
「でもあのひと、いちおうごはんくれるし」
「じゃあ何だってこんなカビ臭いところへ閉じ込めておくんだ」
「ひっ」
語気を強めると反論した子供が泣き出しそうになったので、隣にいた女の子が「めっ」と頭を叩いた。
「こらウィル。あまり強く言わないの」
「でもよ。僕は本当のことを言ってるんだぜ」
「もうちょっと言い方があるでしょ」
ユナの眉根だけがぴくりと動いた。
地球じゃ割とよくいる名前だけど。あの有名な災厄のフェバル――『世界の破壊者』と同じ名だったので一瞬ドキリとしたのだ。
偶然だがどことなく雰囲気が似ているのも、つい反応してしまった原因である。他人の空似であることは間違いないのだけど。
「その男の人のこと……もう少し詳しく聞かせてくれる?」
子供の相手は慣れているシェリルが、努めて優しい声色で言った。
「いつも日に一回、たぶん決まった時間だ。奴は臭い食事を運んでくるのさ」
「名前は一度も言ってくれたことはないんです。どこかの研究所の人だって、それだけ」
ウィルと呼ばれた男の子を継ぐ形で、隣の女の子がはきはきと答える。
ユウとほとんど変わらないだろうに、二人とも喋り方が随分しっかりしている。
それだけ自立しなければならない、過酷な人生を送ってきたことがありありと想像できてしまう。
「もしかして、あのおじさんとは違うところの人ですか? 私たちをどうするつもりなんです?」
年長の女の子が不安半分期待半分といった様子で問うと、ユナはしゃがみ込んで目線を合わせ、柔らかな笑みを向ける。
「そりゃもちろん助けに来たのよ。温かいご飯と寝床、みんなの分ちゃんと用意してやるからな」
「ほんと!?」「ぼくたち、みんなおそとでられるの?」「やったー!」
無邪気にはしゃぐみすぼらしい子供たちの笑顔に、どうしてもっと早く真実に気付いてあげられなかったのかとユナの顔が曇る。
こんな小さな子供たちが、あの恐ろしいACWの材料にされていたのだ。
もう手遅れになってからユウにだけ届く声を、終わらない痛み苦しみの中で助けを求めていたのか……。
シェリルとセカンドラプターもまたやるせなさを感じていた。
せめてこの子たちだけでも救おうと、決意を新たにする。
「謎の男のことは気になるが、後でいいだろ。今は脱出を優先しようぜ」
「私が先頭で行く……そういう約束だったはず」
やる気にも自ら前を買って出たシェリルに、ユナも頷く。
「オーケー。セカンドラプターが真ん中。私が後ろでいこう」
と、隊列の方針を決めたところではたと思い出す。
通り道の惨状――赤目女肉片スライム祭り会場を。
「あー……。途中、子供たちには目を瞑ってもらった方がいい箇所があるかもねえ」
「くっく。誰かさんの武器でぐっちゃぐちゃにしたからな」
セカンドラプターがからかいを込めて笑ったので、ユナが軽くげんこつを入れてやる。
「他に手段なかったでしょうが」
「ってーな」
「……そこ。もう少し緊張感持って」
「悪い」「すまん」
久々に見る子供の可愛さに当てられたか、つい気が緩んでしまった二人は、今一度気合いを入れ直す。
「はい。みんな、私に付いてきてね。みんな仲良く。勝手に先……行かないように」
「「はーい」」
シェリルが花のような笑顔を見せ、子供たちはすっかり安心して彼女に付いていくことを決めた。
早くも好かれている様に、セカンドラプターがほとほと感心している。
「あいつ、とんだ不愛想かと思ったら意外な才能あんのな」
「人は見かけによらないわねえ」
カーラス始め、幼い時分の妹分弟分をアレでイチコロにしてきたのだ。
ティーンになってからは一人前とみなして不愛想モードになるけれど、その頃にはもう懐かれ過ぎて手遅れなのだった。
***
[現地時間4月28日 9時20分 アメリカ シカゴ ACW製造プラント地下]
大人たちが脱出の算段を立てる中、二人の子供がひそひそ話している。
「ねえウィル。あの人たち、大丈夫だと思う?」
「さあな。でもこんなところで死を待つよりかはずっとマシだろうよ」
「あ、うん。そうじゃなくて……よくない光が視えるんだよね」
「また視えたのか。名前と同じ……お前も難儀な能力を抱えたよな」
「うん……。本当はこんなもの、視たくもないんだけどね」
彼女の能力【光あるもの】は……極めて広範かつ曖昧な能力だ。
人や物事の背後にある光のような何かが視え、それが差し照らすものをそれとなく感じ取ることができる。
彼の名前を借りるなら――未来が視えると言っても良い。
大いなる光……それはあまりに膨大で、曖昧としていて、だが極めて確かに到来するもの。
ただし、自分と最も親しい者の光だけはわからない。だから自分たちのことは、直接は一切わからない。
それでも、今やってきた三人と周りの子供たちに視えているものから推測するならば。
これから自分たちに待ち受ける運命は……その前途は多難に満ちているように彼女には思われた。
「つまり、これから大変なことが起きるってわけか」
光は……何よりも大きくて強い光なのに、よくないものをたくさん見せる。
世界というものは、希望よりずっとたくさんの絶望に満ちているらしい。
物心付く頃からこの世の真理を悟ってしまったヒカリは、哀しみながらもどこか達観した様子で呟いた。
「覚悟しておいてね。ウィル」
「心配するな。お前のことは何があっても僕が守るさ。ヒカリ」




