37「ACW製造プラント突入作戦 2」
[現地時間4月28日 0時36分 アメリカ シカゴ ACW製造プラント付近のホテル]
飛行機がまともに出ていないため、フィラデルフィアからシカゴへは陸路で向かうことになった。
各々バイクで移動したが、取り決め通りシェリルが前でユナが後ろの形を崩さなかった。
約半日かけて辿り着いた二人はホテルを取り、セカンドラプターと現地合流する。
焦りは禁物である。移動の疲れを取り、万全を期して翌朝挑もうということになった。
セカンドラプターもシェリルにとってはサブターゲットであり、一か月強の間に幾度か知られざる対決を繰り広げていたが、直接顔を合わせるのは初だった。
「テメエか。しこたまオレに鉛玉ぶち込んできた女は」
「あなたにまで何度も防がれるとは……正直思わなかった」
「ま、オレの手にかかりゃ余裕なのさ」
初見ではかなりびびったし、ユナの指示で助けられたのだが、悔しいので黙っておく。
どうもあの狙撃以来何かコツを掴んだらしく、危機にあって【ハートフルセカンド】が自動的に発動するよう成長していた。
シェリルもセカンドラプターが何か使っていることは察知していたため、素で防ぐユナと違って驚嘆を抱くことはない。
「そういやなんて呼べばいいんだ」
「カインダー=ブラッディ=シェリル。みんなは……シェリルと呼んでいる」
「シェリルか。オレはセカンドラプターだ」
「知ってる」
「そうかそうか。オレも少しは有名になったかな!」
名を売ることがモットーの彼女は得意げに笑っている。
実際はターゲットのことくらいは調べたからなのだが、水を差すのもなと思ってシェリルは黙っておいてあげた。
「前から思っていたのだけど……そのセカンドラプターというのは長ったらしい。ラプターじゃダメなのか?」
「それじゃファッキンクソ親父になっちまうじゃねーか。ダメだダメだーー!」
よほど嫌なのか頭を抱え出したので、ユナは苦笑いして一言添えてやった。
「よっぽどこだわりがあるみたいでねえ。よかったらちゃんと呼んでやって」
「ああそう……」
至極どうでもいいので、シェリルは冷え冷えとした視線を向けている。
二人の様子は和やかなもので、仮にもこれが死闘を演じた相手たちと思うと、つい拍子抜けしてしまうほどだ。
……いや、私たちTSGもそうか。
本当はあんなこと、したくなかった。
けれど……知られざる悲劇がたくさんある。ACWのこともそうであるように。
すべてのTSPの権利を代表して。世界を変えるためには、どうしても立ち上がらなければならないと思った。
きっとこの人たちも……同じなのだ。
非能力者の立場を代表して。思うところはあっても……彼らの命を守るために戦っている。
セカンドラプターなど、本来こっち側だと言うのに。
「どうした。しんみりした顔して」
「私たちは……立場が違うだけなのかもしれない」
「そりゃそうよ。能力があってもなくても、結局同じ人間だもの。楽しけりゃ笑うし、悲しけりゃ泣くし。困ってりゃ助け合うし。そういうもんでしょ?」
「だからTSPのことも……助けると?」
「私は困ってる人がいたら差別はしない主義なんだ」
「だったら、その優しさを……どうして……」
幼馴染だったレッパ。カーラスと三人揃って自分に懐いていたジェイとイーラ。
他にもたくさんいた家族は……星海 ユナというたった一人の人間によって大半を撃滅されていた。
核という最後の手段がなければ、ほとんどまともに活動が継続できないほどに。
泣きそうになるシェリルの頭を、ぽんと温かい手が包む。
「ごめんな。私の力不足だ。世界がもう少し優しかったら、あんたの仲間だって……命までは奪わずに済んだのにな」
ここが地球でなければ。
今までの相手も拘束だって封印だって、きっと何としても無力化できた。
自惚れでなく、それほどの天賦の才がユナにはあった。
だが今は……人を傷付ける暴力と武器しか、使用を許容されていない。
シェリルははっと目を見張る。
表情がわかるほど近くで見たことはなかったから、わからなかった。
この女も……こんなにも苦しい顔をして、ずっと戦っていたのだ。
たくさんの家族が殺されてしまった。決して許すことはできないが。
気持ちだけは……わかったかもしれない。
「そうだ。この流れで悪いけど、寝るときは銃を預かっておくよ」
「豪胆かと思えば……案外臆病者なんだな」
「臆病さ。愛すべき勇敢な奴ほどすぐ死んでいってしまうからな。この世界じゃ」
「そう、だな……」
自ら囮を買って出て、目の前の女に殺されてしまった彼のことをシェリルは想う。
違う世界があることをユナは暗にほのめかしたのだが、二人ともその微妙なニュアンスに気付くことはなかった。
***
[現地時間4月28日 7時30分 アメリカ シカゴ ACW製造プラント前]
作戦決行時刻だ。
救助者をなるべく収容できるよう、セカンドラプターは大型車両で乗り付けてきていた。ユナも【火薬庫】で装甲車へのアクセスを確保している。
車はまだ増やすことができるが、人は増やせない。
QWERTYアメリカ支部が生きていれば人員バックアップが取れたものを……心許ないが仕方ない。
出勤で人が増える前にケリを付けようとこの時間を選んだわけだが、心配をよそに付近は不気味なほどに車の出入りが少ない。
少ないどころか入り口には分厚いシャッターが下りており、見た目は完全に封鎖されていた。
しかしタクが調べたところによれば、実際は連日稼働しているという。
さらにユナの驚いたことには、内部の生命反応を一切読み取ることができなかった。
無人工場なのかもしれないが、ACWの材料が生きた人間である以上、まさか一人もいないはずはない。
ということは、生体感知防御技術が使われているということになる。
脳を生体パーツにする所業といい、明らかに現代地球の技術では実現不可能だ。
これは……何かあるぞ。
ユナは警戒を一段と引き上げる。
「思った以上にやばそうなところだな」
「シャッター完全に閉まってんじゃねーか。ぶち破んのか?」
「どの道正面突破しかないと……私も思うが」
「まあ待て。少しはスマートにいこう」
無の武器庫からリルスラッシュを取り出したユナは、鋼のシャッターをバターのようにあっさりと無音で切り裂いてしまった。
「よし行くぞ」
あまりのことに口をあんぐりと開けてしまったシェリルと、毎度呆れ顔のセカンドラプターである。
「…………すごい、な」
「いつも思うけどよ。どんな馬鹿力なんだテメエ……」
「何言ってんの。立派な技術の賜物よ」
「その技術ってヤツがさっぱりわかんねーのよ。オレにもちゃんと教えろよ。ずるいぜ」
「企業秘密だからな。見て盗むことだね」
「チッ。いつかやってやんよ」
「その意気だ。若いの」
この世界で唯一アドバンテージが取れる気の技術を、ユナは基本的には秘匿していた。
これがなければ、本当に一般人と変わらなくなってしまうのだから。
今も成長する若い芽の先達であり続けるための、彼女なりの意地だった。
***
[現地時間4月28日 7時41分 アメリカ シカゴ ACW製造プラント内部]
驚くべきことに、内部には誰も……警備員の一人すら存在していないようだった。警報の類すら鳴ることはない。
不気味なほど静かな建物の中を、三人の女ガンナーが行ったり来たり駆けずり回る。
まずは三階建ての地上部をくまなく探すも、舐めているのかと言いたくなるほどスカスカの部屋ばかりだった。
これなら一人だけで行けたかもしれないと、シェリルがそう思いたくなってしまうほどには。
「こりゃ完全にダミーだぜ。見てくれだけは立派に整えてやがるが」
「どこかに、地下への入り口がある……のだろうか」
「さてね」
せめて気が読めれば当たりも付くのだが、相変わらずもやがかかったようにはっきりしない。
「隠し階段とか、調べるのクソだりーぞ」
「ちょっとくり抜いてみるか」
一階まで戻ってきたユナは、建物の中央付近の部屋でリルスラッシュを奔らせ、床を真円の形に削り取ってみた。
すると削ったところが綺麗に抜け落ちる。下が空洞でなければあり得ない現象だった。
「ビンゴ」
「でかしたユナ!」
「……よし」
少し後、くり抜いた箇所が重々しく地下の床にぶつかった音がした。ガゴォォーンと、激しく金属が打ち付けられたような音だ。
空いた穴の向こうは薄暗くて、地下の詳しい様子は降りてみなければわからない。
音の鳴るまでの時間から計算するに、吹き抜けで二階と半分の深さはありそうだ。
「さて……鬼が出るか蛇が出るか」
緊張を高めるシェリルと、対照的に次の行動をもう考えているのはセカンドラプターだ。
「ユナ。縄梯子か何か出せるか?」
「大丈夫。確かあったはずだ」
《アクセス:縄梯子》
あくまで軍事的に利用できるものなら武器扱いになるところが、融通が利いてありがたいとユナは改めて思うのだった。
パイルを打ち込んでしっかりと固定し、帰り道を確保する。
三人は頷き合い、あえて梯子は使わず、空いた穴から一斉に飛び降りていった。
着地の瞬間まで無防備を晒さぬよう、背中を預け合って各々銃を構えている。
三人同時にびたりと着地し、構えたまま左右に視界を回してクリアランスする。
「こりゃまた……」
「えぐいな」
「……っ」
どうやら辿り着いたのは、ACW頭部パーツの核心部――その保管部屋のようだった。
周囲には人の丈ほどの、培養液に満たされたカプセルが大量に並んでいる。
その一つ一つの中に、剥き出しになった脳が浮いていた。
「これがみんなTSPの成れの果てだって? 悪い冗談かよ」
露骨に顔をしかめるセカンドラプターに対し、シェリルは実際目の当たりにして、とても言葉が出て来なかった。
ショックと怒りに震えて俯くばかりの彼女を見かねて、ユナは声をかける。
「シェリル。気持ちはわかるが、今は冷静になれ。前を向け。まだ生きてる子たちを助けに来たんだろ」
「……ああ。そうだな。わかってる……そのために、来たんだから」
顔を上げ、これ以上悲劇を起こさせないと意を新たにしたところで。
ぞろぞろと大量の何かのやってくる足音が向こうから聞こえてくる。
「早速見つかったみたいだぞ」
何事もなく済むわけはないと思っていたが、もう少し心の準備がしたかったなとユナは思う。
三人とも銃を構え直し、襲来者をいつでも撃てるよう待ち構えている。
一斉に雪崩れ込んできた者たちを見て、全員が目を疑った。
「え……!?」
「なんだこいつらぁ!?」
裸に粗末な一枚布を着せただけの、ほとんど似たような顔の女たち。
皆まったく同じ背丈で、壊れたラジオのようにケタケタと笑みだけを浮かべている。
陶器のように真っ白い肌、そして血のように真っ赤な瞳がいやに特徴的だった。
各々の胸にはドッグタグが下げられており――悪趣味にも、そこには何も刻まれていなかった。
名も番号すらも与えられなかった者たち――『できそこない』が三人へ襲い掛かった。




