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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
地球(箱庭)の能力者たち

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36「フィアー=ホワイトの末路」

[現地時間4月27日 14時30分 アメリカ フィラデルフィア とある廃墟]


 カーラス=センティメンタルは、敬愛するシェリルお姉様の力となるべく、戦地予定近くの廃墟にスタンバイしていた。

 星海 ユナは現在この街に潜んでいることは調べが付いている。正確にどこにいるかまではわからないが。

 彼女の能力【フィアー=ホワイト】は、人に多大な恐怖を植え込んで操るものだ。

 限界まで試したことはないが、少なくとも数万人までは効力が及ぶ。強力ではあるものの、一人一人に仕込みをしなくてはいけないため、準備に時間がかかるのが難点だった。

 フィラデルフィアに来てから2日。すれ違った市民に仕込みを続け、任意のタイミングで発動できるのは二千人強といったところ。

 あの化け物の相手をするには心もとないが、いないよりは良いだろう。

 意を決し、いざお姉様に「いつでもいけます」と伝えようとしたが……通信が入らなかった。


「うーん。最近どうも調子が悪いのよね……。タクってヤツのしわざかしら。せっかくお姉様の声が聞けると思ったのにー」


 ぷりぷりと憤慨したカーラスは、これもあいつが不甲斐ないからだと、やつ当たり気味に『彼』へ通話を図った。

 テレレレレン……普通に発信音が鳴る。どうやらこちらはちゃんと繋がるようだ。

 しかし応答が鈍いので、彼女はますます不機嫌になっていた。


「コーダ。ねえコーダ。早く出なさいよー。あなたがしっかりしないからお姉様と話ができないのよー」


 確かに怒ってはいるものの、どこか甘えた声でそう言った。気安さと軽い扱いは、親密さの裏返しなのだ。

 もっとも本人にほとんど自覚はないが。


 ――そこへ忍び寄る人影には、まだ気づいていない。



 ***



[現地時間4月27日 14時32分 アメリカ ???]


 トゥルーコーダは、決して人目に付かない秘密の場所を好む。

 腐れ縁であるカーラスにはもちろん、ボスであるトレイターにさえ居場所を明かすことはない。

 星海 ユナやセカンドラプターなどという死神の側には、間違っても近付いたりはしない。

 安全な場所から手管を駆使して人と世界を陥れることが『彼』の真骨頂である。直接対決をしないことこそが『彼』の誇りなのだ。

 とは言え、最近の活動は誇れるほど芳しくない。

 トレイターの犯行声明のためのジャックと核へのアクセスこそ維持できているが、メンバー間の通信さえ不安定になっている。

 明らかに何者かの妨害を受けている。おそらくは自分をガキ扱いした憎きタク辺りの仕業なのだろうが。

 というより、他の人間に出し抜かれることなどまずあり得ないと『彼』は考えていた。

『彼』の徹底した秘密主義と自信過剰から、『彼』は一度思い込んでしまうとそこにこだわってしまうタイプである。

 それは『彼』自身の若さ、カーラスが見通した通りの実年齢からくることでもあるのだが。


『彼』の操る端末に着信が入る。


「なんだ。またカーラスか。こっちは次の攻撃準備で忙しいってのに……。無視してやろうかな」


 しかし一向に呼び出し音が止まないので、『彼』は口をへの字にしかめた。


「しつこいなもう。コールにも性格が出てるよあいつは」


 やれやれと肩を竦め、また何ぞ愚痴や文句でも聞かされるのかとうんざり半分、まんざらでもない気持ちが半分で応答する。

『彼』が通話するとき、相手からは機械音声としか伝わらないし、モザイクがかった『Tの飾り文字とコーダ記号』の大文字が並ぶばかりのシンプルな画面しか映らない。

 それが『彼』のトレードマークなのだ。

『True Coder(真なるコーダー)』と『True Coda(真なる終結)』のダブルミーニングなのだが、かつて得意に話したら彼女に鼻で笑われてしまった。

 一方、『彼』から向こうの様子はしっかりと映像で伝わる。先方がカメラをオンにしていなくても、悟られず勝手にオンになるよう仕掛けている。

 いつもの小憎たらしい、見た目ばかりは可愛い(ああ、認めよう)少女のむすっとした顔と睨めっこする羽目になるんだろうとタカをくくっていたが。


 ……どうにも様子がおかしい。


 端末画面に映ったものは、廃墟の一室の光景。彼女のツラはすぐそこにはなかった。

 壁際に追い詰められ、怯えた彼女が足を小鹿のように震えさせていた。

 そして彼女の逃げ道に立ちはだかるように、一人の女性の後ろ姿が映っていた。

 女性は無言でカーラスへ銃を突き付けている。


『な、なんで……? どうしてここがわかったの!?』


 カーラスが恐怖に慄くのも無理はない。

 ヘアバンドでまとめた黒い後ろ髪に、特殊素材のスーツ。モデルのような美しい背格好。

 特製品のハンドガンYS-Ⅰは、見る者が見れば間違えようがなかった。


「星海 ユナ……! 見つかってしまったのか!」


 まずい。あの女、カーラスを殺す気だ……!


『彼』はニューヨーク足止め作戦のときの会話を傍受していたから、知っていた。

 星海 ユナという女は、カーラスの『人を操る能力』にこの上ない嫌悪感を持っていることを。

 殺すとはっきり伝えていたことを!


「逃げろ! とにかく逃げるんだ!」


 何にもならないことはわかっているのに、思わず身を乗り出して叫んでいた。

 だが現実は残酷である。直前まで彼女がヘッドホンを挿していたせいか、声さえ届かない。

 自分一人、遠く離れた地で安穏としていたのが、これほどもどかしいことはなかった。


「何かないのか、何か。あいつを助けなくちゃ……!」


 ダメだ。そんなところで独り寂しく死んでしまうなんて、絶対にダメだ。


 自分でもなぜこんなに必死になるのか、わからなかった。

 ずっと憎たらしいばっかりの奴だと思っていたのに。


 ――ああ、そうか。


 彼女はみんなにとってのムードメーカーだ。殺し合いの話をしてるってのにいるだけで場が和む、そんなヤツなんだ。

 ぼくにとっても、しつこい北風であり、太陽みたいに眩しいヤツだった。

 ぼっち気質の自分にうざいくらい絡んできて。構うなって言ってるのに。

 いつもいつも小馬鹿にして。口の悪いことばかり言って。そして最後には笑うのだ。

 カーラスと話すのはむかつくけど……楽しいんだ。あの笑顔がまた見たいんだよ。


 これで最後なんて、絶対にいやだ!


 必死に頭脳を巡らせて。それでも。

 何もない――絶望的な感情が『彼』を満たす。

 よりによって場所が最悪だった。廃墟には操ることのできる生きた電子機器が、あまりにも足りない。


『っああ゛っ!』


 まるで見せしめのように、処刑が開始された。

 最初に両手を撃ち抜かれた彼女は、たたらを踏んで短い悲鳴を上げる。

 星海 ユナの姿をした女性は眉一つ動かさず、続いて両足を左右二発ずつ容赦なく撃ち抜いた。


『ひぃっ、や、やだぁ……! いたいよぉ……』


 彼女は、玉粒のような涙を流してうずくまっている。

 怯え切った彼女にユナは、まるで人に満たないものを――ただ屑を見るかのような冷たい視線をくれている。

 幼い頃壮絶ないじめを受けていた彼女のトラウマを呼び起こさせるには、十分だった。

 化け物と視線が合ったとき、カーラスはただ掠れるように泣き崩れるしかなかった。

 湧き上がるは止め処ない恐怖と後悔ばかり。


 怒らせてしまったからなの? 本気で怒らせたから、こんなひどいことされるの……?


 殺される。惨たらしく殺される。


 身体は生きようと、必死に身をよじろうとするのに、もう満足に動くことままならなかった。

 ユナの足が、彼女の足の傷口に触れる。

 まるで罪をなじるように、そこをぐりぐりと踏みにじられた。


『ひぐっ! いやっ、いたいいたいいたいいたい! もうやめてぇ! ゆるしてぇーーーっ!』


 執拗に。何度も何度も。

 どんなに許しを乞い願っても、決して拷問は終わらなかった。


「ふざけるなああああーーーっ!」


 トゥルーコーダは、画面に齧り付いて激昂していた。


 これは命を懸けた戦争だ。まだ堂々と戦って死ぬのなら、辛うじて理解もできる。 

 なぜだ。お前は今までどんな敵だって、一思いに一発で仕留めてきたはずじゃないのか!?

 なんでよりによってカーラスを。もう彼女に戦う力なんてない。これじゃただの弱い者いじめじゃないか。

 それほどなのか。そんなに恨みが深いって言うのか。そこまでされなきゃいけないのか!


 頭を掻きむしり、幾度も拳を机に叩き付けながら。涙を流して睨み付けている。


 助けて。助けて。誰か、助けて! 助けてよぉ!


 もう泣き叫ぶこともできなくて。

 ただ心の悲鳴を上げて耐えるカーラスを突然、大きな衝撃が襲った。

 ガラスの破片が舞い散り、廃墟の2階からアスファルトへ叩き付けられる。

 彼女が馬鹿力で蹴り飛ばしたのだ。

 明るいレモンイエローのドレスがじわりと鮮血に染まっていく。

 即死こそ免れたものの、満身創痍だった。

 力なく斃れ込んだ彼女を、星海 ユナが無感動に見下ろしている。

 事の行く末を見守るように。


 トゥルーコーダに許されることは、路上の防犯カメラをハックして視点を切り替えることだけだった。

 何もできない。見たくもないものを、ただ見ていることしかできない。


「カーラス。ぼくは、ぼくはどうしたら……」


 せめて助けを呼ばないと。でも誰に。誰を頼ればいい?


 シェリルが思いの外すぐそばにいたことを、彼は情報妨害で共有できていなかったのである。


 そこへふらりふらりと。人が集ってくる。

 派手に音を立てたものだから、目撃者が来たのだと最初は思った。

 だがどうも様子がおかしい。

 彼らに理性の光の欠片もないことに、画面越しのコーダと倒れ伏したカーラスは同時に気付いてしまった。

 彼らは【フィアー=ホワイト】の支配下にあった。

 助けを願う彼女が、恐怖で心を満たした彼女が、無意識に発動させていたのである。

 よくわからないけど。しめたと、カーラスは思った。


『たす、け……。あなたたち……わたしを、助けなさいよ……』


 声が掠れて上手く出てこないが、同時に念じることはできた。命じるにはそれで十分だ。

 しかしどういうことだろうか。いつもなら命令通り動くはずの彼らが、微動だにしない。

 まるで品定めするかのように、搔き立てられた恐怖に血走った目でじっと彼女を見下ろしている。


『なん、で……どう、して……? どうして、言うことを……聞いてくれないの……?』


 そこに彼女も真に理解していなかった【フィアー=ホワイト】の本質があった。

 それは人々へ恐怖を植え付ける。つまり彼女こそは恐怖の象徴である。

 逆らえない、逆らうべきではないと本能的に感じるからこそ、彼らは皆彼女に従っていたのだ。

 ところが今や彼女は瀕死の重傷を負ってしまっている。目の前の支配者が落日を迎えようとしている。

 するとどうなるだろう。

 彼らは理性の溶けた頭で、このように考えるだろう。


 彼女を亡き者にしてしまえ。そうすれば自由だと。


 星海 ユナはこの能力の欠点、本質の一端を理解していた。

 人は恐怖で完全に縛ることはできないのだと。

 そして、『星海 ユナ』もまた理解していた。

 良心の欠片もないからこそ、追い詰められた人の醜さを正確に見抜いていた。


 自分へ向けられる無数のおぞましい瞳。

 その意味するところを悟ったとき、カーラスの目から光が消えた。


『や、まって。やめて……』

「やめ、ろ……」


 彼らは示し合わせたように頷くと、ついに雄たけびを上げて傷だらけの彼女へ殺到した。

 衣服が引き千切られ、身体中に鋭い爪が突き立てられる。


『いや、やぁ! いやああああああああぁああああーーーーーーーっ!』

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーっ!」


 ……その後のことは、詳細を描くにはあまりに忍びない。


 徹底的に嬲られ、犯され。

 この世のものとは思えないほど変わり果てた彼女の姿が、最後には残された。



 ***



[現地時間4月27日 14時56分 アメリカ ???]


 トゥルーコーダはあまりのショックに半ば放心したまま、ただ一連の映像を目に焼き付けていた。

 冷たく乾いた心に、無残に変わりゆく彼女の姿を刻み付けていった。


 そうして、何もできず。一つの声も届かず。

 最初からそうなるのがわかっていたかのように、満足した様子のユナは去り。

 すべてが終わった後。


 さめざめと泣いた『彼』は、血の気のない顔で俯いたままぽつりと呟く。


「何も、あんな……あんな惨い殺し方をされなくたっていいじゃないか……」


 この世の地獄を見た『彼』に残されたものは――復讐心だけだった。


「許さない……許さないぞ。星海 ユナ」


 もう世界なんてどうだっていい。


 お前だけは、必ず。この手で。


 この日を最後に、トゥルーコーダは誰とも一切の連絡を絶った。



 ***



[現地時間4月27日 15時00分 アメリカ フィラデルフィア]


 カーラスを始末したシャイナは、ユナへの変身を解いた。

 液状化を活用することで彼女は、一度見た相手なら自由に姿形を変えることができるのだった。

 ただし武器だけは再現できない。だから拾う必要があった。

 初めての大物殺しを目一杯愉しんだシャイナは、唯一無二の主へと念話を送る。

 実に無邪気に、罪悪感の欠片もなく。嬉しそうに顔を綻ばせて。


『ご苦労。結局のところ、TSGとやらの技術的要はあのガキだ。すべてを投げ捨て、悪鬼となった奴がどんな徒花を咲かせてくれるのか。見届けようじゃないか』


 シャイナは主に同調し、ほくそ笑む。


 彼は直接手を下すことを最良の手段としない。裏から手を引き、自ずと事態を引き起こすことをより好む。

 奇しくも『彼』と似た人種だからこそ、手に取るように操ることができた。


 ……もし『彼』が冷静であれば、星海 ユナがそんな非道な真似をするはずがないと見抜けたかもしれない。


 人を直接見て判断したシェリルは、憎しみを押し殺して彼女を信じてみる判断を下した。

 トゥルーコーダは、復讐鬼の道を突き進む。

 人を画面越しのデータでしか見ることがない、信じることのできない『彼』の若さ、そして哀しい限界だった。

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