35「ACW製造プラント突入作戦 1」
[現地時間4月27日 14時43分 アメリカ フィラデルフィア]
またか……。
危険を察知したユナは、素早くハンドガンを構えて二連射した。
シェリルの狙撃に対してである。
だが不意打ちだろうと、タネが割れてしまったものに何度もやられる彼女ではない。
【運命の弾丸(バレット=オブ=フェイト)】へのほぼ唯一の効果的な対処法は、弾丸に弾丸をぶつけて威力を完全に殺してしまうことだ。
自動操縦される弾は、余計な動きさえしなければ直線的に向かってくるため、察知から最速で動けば迎撃が間に合う。
もっともそんな馬鹿みたいな神業を素でこなせる人間は、おそらくこの世界でユナしかいないのだが。
セカンドラプターも似たようなことはできるものの、【ハートフルセカンド】で活性化してやっとというところだった。
ライフル弾の一発は重たい威力を持つが、ハンドガンの二連射によって打ち砕かれた。
実はシェリルはもう一発を放っており、ターゲットはユナでなかったために迎撃からは逃れた。
それは吸い込まれるような弾道を描いてACWの剥き出しになった頭部へ命中し――脳漿を撒き散らして、哀れな命を完全に終わらせた。
「挨拶代わりに撃ってくるんじゃないよ」
この一か月と少し、何度も直面した奇襲だった。そのたび完璧に対処してきたものだ。
いつものことであれば、彼女はアウトレンジからちまちまと奇襲をかけては逃げ去っていくのだが。
ところが殊勝なことに、シェリルは両手を上げたままのポーズで建物の影から堂々と姿を現したのだった。
赤髪を風に靡かせ、カインダー=ブラッディ=シェリルは攻撃意思のないことを示しつつ近付いてくる。
といっても、現時点ではユナから見れば豆粒のような大きさだ。よほど警戒して距離を取っていたらしい。
ユナは銃を構え、いつでも撃てる体勢で彼女の動きを見守る。
やがて会話できるほど十分に近付いてきたところで、ユナは彼女へ声をかけた。
「へえ。あんた、直接姿を見たのは初めてだけど。やっぱTSPはみんな若いねえ。セカンドラプターとさして変わらないんじゃないの」
重苦しさを嫌ってあえて軽口を叩いたユナに取り合わず、シェリルは淡々と告げる。
「降参する。どうやら……私にあなたは殺せないらしい」
「賢明だな。いつもなら殺すしかないとこだけど、幸いあんたの能力は割れてる。そのまま神妙にしてるなら話を聞こうじゃないか」
TSPが2つ以上の能力を同時に持つことはないため、彼女については銃さえなければ一般人と変わらない保証があった。
ゆえに問答無用で仕留める必要はない。話し合う余地があるとユナは判断した。
おそらく向こうもそれを期待して、このような大胆な行動に出たのだろう。
一つ大きく頷いたシェリルは、苦々しい顔で切り出した。
「まず最初に言っておく……私個人としては、恨みがある。レッパやみんなを殺されたことは……許していない」
「そんなものはお互い様だ。あんたらがしてきたことは、既に――」
「しかし」
重々わかっているとばかり、制するように口を挟んだので、ユナは黙ってやることにした。
「……人は、恨みだけで動くべきではないとも……思っている」
「道理だな」
生じた沈黙にこれまでの怒りを呑み込んで、シェリルは問いを投げる。
壊れたACWへ視線を向けながら。
「そいつを見て……どう思う?」
「胸糞悪いよな。私が関わったわけじゃないが、非能力者代表として申し訳ないと思っているよ」
「ならば、どうする?」
「残念だが、それとこれとは話が別さ。核は止める。止めなきゃならない。私がそう答えることくらいわかるだろ?」
「……そう、だな」
「せっかくだから言っておく。トレイターは何を考えているんだ? 本当に行くとこまで行く気か? 共倒れになるってことがわからないはずじゃないだろう」
「私には正直……わからない。どこで止めるつもりなのかも、共有されては……いない。やり過ぎかもしれないとは……個人的に思っている」
「そうかい。だから出て来たわけだ」
こくんと、シェリルは小さく頷いた。
だからこうして、敵が真実を知ったときには話をしようと密かに決めていた。
これは誰かに相談してのことではない。シェリルの独断だった。
狙撃のためと言え、彼女の行動や人となりをずっと観察してきて、断じて許せずとも話せる相手だと思ったのだ。
「それがあんたなりの歩み寄りだって言うなら……私に一つ妥協案がある」
目を瞬かせたシェリルに、ユナはウインクする。
「私は今からシカゴにあるという、ACW製造プラントへ行くつもりだ。そこには囚われた子たちがたくさんいるはずさ」
「それって……」
「できる限り救出に動く。多少の罪滅ぼしと、人探しも兼ねてな。お前はどうする?」
シェリルが最も欲しかった言葉はそれだった。
この女なら、真実を知ればそう言ってくれるのではないかとほのかに期待していた。
「行く。正直、私だけでは……どうしようもないと思っていた」
ACW製造プラントがシカゴに存在することは、トゥルーコーダの調べで突き止められていた。
しかし『彼』の高いハッキング能力をもってしても、内部事情を知ることは叶わなかった。
ACW自体に施されているものと同様、対能力のプロテクトがあまりにも完璧なのだ。
それほどの防護を施したのは何者なのか。どんな高度な技術が、ACWなどという悪魔の代物を実現したのか。
真の闇が、ブラックボックスがそこにはあった。
「よし。ならわだかまりは置いといて、一時共闘といこうじゃないの」
「うん……。そうしよう」
「ただし、一つだけ条件がある」
「なんだ……?」
「私は心が読めるわけでもお人好しでもないんでね。どうもあんたたちは私を買い被り過ぎているよな。私だって撃たれりゃ痛いし、当たり所が悪けりゃ死ぬのよ」
一か月以上、あらゆる場面で必中のはずの弾丸を銃弾同士での相殺という頭おかしい所業で防ぎ続けた女がどの口で言うのかと。
シェリルは大いに呆れたが、水を差すのでここでは言わなかった。
「基本あんたが前で私が後ろだ。下手な素振りを見せれば撃つ。それでいいなら同行を許そう」
「……わかった。構わない」
話はまとまったが、あくまで宿敵同士なので握手はしない。そこにシェリル最後の意地があった。
さて殴り込みをかけるとなると、離れて活動していた相方も欲しいところだ。
そう考え、ユナは通信機を入れた。
『こちらユナ。セカンドラプター。応答せよ』
『こちらセカンドラプター。どうした』
一連の流れを伝えると、自身もTSPであるセカンドラプターは完全にぶち切れていた。
『ハアァ!? なんじゃそらぁ! 何考えてんだうちのアメ公はよ! 薄々知ってて乗っかったジャパンもジャパンだぜ!』
『それに関してはマジな……。あのクソ狸ジジイも楽しい顔はしてなかったが、道理でだ。今度みっちり詰めとくよ』
『そうしろ!』「そうして」
奇しくも、セカンドラプターとシェリルの意見がハモった瞬間だった。
『それによぉ、おかしいじゃねーか。第一、ゴールマンはくたばったはずだろう? だったら今、そんなファッキン工場を稼働させているのは誰なんだよ!?』
確かにそうだ。
ユナはシェリルを見やるが、彼女は残念そうに首を横に振る。
本当に知らないのだ。
誘拐したゴールマンを拷問して、散々情報を吐かせたにも関わらず。
彼は設立推進に関わったことは認めたが、期待していたほどのことをまったく知らなかった。
対TSP強硬派の急先鋒であった彼の死後も平然と稼働し続けているという事実が、不気味でならないとシェリルは思う。
こうして大々的に国を脅しても止まらないのだから。
何か背後にTSPを徹底排除したい勢力でもいるのだろうか。TSGではそう推測を立てているところだ。
「わからない……。我々でも知らない勢力がいるのかもしれない……」
『残念だ。こいつらも知らないってよ』
『チッ。まあいい。事情はよーくわかった。もちろんオレも行くぞ! 現地で合流といこうじゃねーの』
『オーケー。ちゃんとしこたま武器は用意して来いよ』
『一々うっせーな。テメエはママかよ』
『ママだよ。これでも一児の母だし?』
『そういう話してるんじゃねーよ! うっせうっせばーかばーか!』
話が綺麗にまとまったところで通信を切り、ユナは再びシェリルを見つめる。
「あんたにも報告する相手がいるんじゃないのか」
「これは……あくまで私の独断だ。とても報告できるようなものじゃない……」
「そうかい」
「それに……そもそも、滅多に連絡が付かない」
彼女は顔をしかめ、正直な懐事情を告げた。
「最近……念話の調子の悪いことが続いている。ネット通信も妨害され……どうも上手くいかない」
「そんなことになっていたのか。このところ妙に連携が悪かったのって、単に私へ割く人を減らしただけじゃなかったんだな」
「そう……。というか、お前のところのヤツがやったのではないのか……?」
「いや、知らないな。少なくともタクはやってない」
「どういうこと……? やはり、別の誰かがいるというの……?」
TSGでもQWERTYでもない――第三勢力が存在するのかもしれない。
大きな不安を孕みながら、三人の最強銃士によるACW製造プラント突入作戦が開始された。




