34「特殊生体素材の軍事利用における基礎研究」
4月12日、4月19日、そして4月26日。4~6回目の核攻撃が無慈悲にも実施された。
回を経るたび、徐々に小都市から大都市へとターゲットが大きくなっていくところに特徴があった。
6回目では、アメリカはサンディエゴ、中国はハルビン等、人口100万を優に超える都市に対してもついに攻撃が及ぶ。
被害を受けた都市は死の土地となり、今後数十年まともに暮らすこともできない。
初回の悲劇に並ぶほどの犠牲者を追加し、累計死者1000万規模に達すると推定された。
第二次世界大戦の総死者数が4~5000万人であることを考えれば、一テロ組織が起こした被害としていかに桁違いであるかがわかるだろう。
世界最悪の犯罪者に名を連ねたトレイターは、攻撃の際、必ず短い声明を添えて民衆を促した。
『まだすべての国が協力的ではない。まだすべての不都合な真実が明らかにはされていない。最後の日を迎えたくなければ、誠意を見せたまえ』
彼らは口脅しではないことを証明するために、徹底して攻撃を続けた。
着々と49日のタイムリミットが迫る中、ユナの諦観的想定を超えて世界は危機感を持って動き出した。
怯える世論の急速な高まりは、各国へTSP保護区の制定を急がせたのだ。
不当な法律は撤廃され、不当に囚われた者たちも解放され始めた。さすがに重犯罪人は除く国が多かったが。
この動きは民主主義国家ばかりではない。独裁国でさえ、いや主導者の一存で決められるからこそ動きは早かった。
ここに、TSG所期の目的は達成されつつあるのだ。
平和的手段によるのではなく。超能力による武力闘争によってでもなく。
皮肉にも核という、非能力者自身の造り出した破滅的武力によって。
ただし、TSPと非能力者が手を取り合い平和に暮らす世界の到来はきっと永遠になくなってしまった。
彼らはもはやほとんどの人にとって恐怖の対象でしかなかった。
魔女狩りのように徹底的に検査され、判明次第保護区に移送隔離されることとなっていった。
これまた皮肉にもテロ組織と同じ、ガーデンと呼ばれる新造保護区へ。
人の業と醜さをこれでもかと孕み、狂騒する世界は約束の日へ向かって突き進んでいく。
ユナとセカンドラプターは約一か月もの間、TSGの妨害を受けつつも、対核攻撃対策メンバーと手分けして全米中のTSP登録名簿を当たり続けた。
奴らに止まるつもりがないからこそ必死だった。
タクも連日徹夜を重ね、あらゆる国で有望な情報を探ってくれている。だが状況の打開は一向に見えてこない。
既に大勢が決していると判断されたのか、連中のちょっかいも次第に本気度が下がっていくのが感じられる始末であった。
もちろんすべてのTSPが過激な結末を願っているわけではない。
結果として、数十名の操作系TSPの協力を取り付けることができたものの、すべての核兵器を動かすには出力が圧倒的に足りていない。
肝心のターゲッティング能力とチェイン能力に関しては、まだ見つけることさえできていなかった。
そして……。
***
[現地時間4月27日 14時41分 アメリカ フィラデルフィア]
その知らせを受けたとき、ユナは顔面蒼白になった。
『タク、そいつはマジなのか。おい……マジで言ってんのか!?』
『はい。米前政府の機密情報を漁っていたら、とんでもないものが見つかりまして。厳しく追及したら、西凛寺のじいさんが苦い顔で認めましたよ』
彼の口から、憤りとやるせなさたっぷりに紡がれる残酷な真実。
すべてを聞いた後、ユナは重い重い溜息をついた。
力が抜ける。崩れ落ち、膝を付いてしまうほどだった。
善悪で割り切れるほど単純な話でないことは重々わかっていたが……それにしたって限度がある。頭が痛い。
「ゴールマンの野郎……。ぶっ殺されて当然だ。とんでもない爆弾残していきやがって……!」
もしそれが奴らの言う、不都合な真実だとするならば。差別と戦う中で、もし連中が知ってしまったのなら。
あまりにむごい。TSGが怒りの業火を振り下ろすのも、無理はないじゃないか。
「……確かめてみるか」
まったく気は進まないが、まずは知らなくてはならない。向き合わなくてはならない。
《アクセス:リルスラッシュ》
異世界最強の合金刃を構え、それが通りかかるのをじっと待つ。
大都市であれば必ず配備されている。
超能力者を見つけ出し始末する鋼の戦車は、今は世論を受けて攻撃命令を停止し、巡回のみを行っているはずだった。
やがて無抵抗のそいつを見つけ出した彼女は、素早い身のこなしで接近し、躊躇なく頭頂部の金属を削り飛ばした。
機械に似つかわしくない、瑞々しい液体が零れてくる。
そして、剥き出しになったものを目にしたとき――。
「はは、は」
乾いた笑いが零れてくる。
「ACWの核心部――ブラックボックスとはよく言ったもんだな」
こんなもの、公開できるわけがない。見せられるはずがない。
何が人道的観点だ。くそ喰らえ。
紛れもなくそれは――人の脳だった。
『特殊生体素材の軍事利用における基礎研究』と題したレポートをタクは見つけ出し、彼女に流していた。
ああ。実に簡単でくそったれな理屈だ。
TSPの超能力を防ぐために最も有効なものは、同じTSPの力。
適切に調整されたTSPの『生体素材』だったという、まったく面白くも楽しくもないオチだ。
こんなものを一つ作るために、生きたTSPが捕らえられ、惨たらしく殺されて中身を抜き出される。
既に世界各国に輸出されたACWの数は、数千にも上る。
試作品や予備、今も製造されているものを含めれば、どれほどになるのか……。
そもそもこれが抹殺したというTSPは、その後どんな悲惨な扱いを受けていたのか――!
殺されたTSPで造った兵器がTSPを殺す。地獄絵図だ。
これを考えた奴は、とんでもなく性格が悪い。
「こいつを見るたび、散々ユウが泣いて嫌がるわけだ。謝るわけだ。やっと理解したよ。クズ野郎がッ!」
心底彼らに同情し。人間の一人として、心の内で詫びる。
それでもユナは……核を止めなくてはならない。
どうしようもない人の側に立たなくてはならなかった。




